夜伽話の部屋へ
ラジオ

文:和田好弘


 それは、両親が念願のマイホームを手に入れ、引越しを終えた直後に僕に起こった話です。

 引越しもすっかり終え、ダンボールでまとめられていた荷物もすっかり解かれ、漸くこの家になじみ始めた頃に、それは起こりました。
 その家は新築ではありませんでしたが、築年数はまだ数年で、ほぼ新築といってもいいような家でした。
 引越しが終え、幸い転校などということもなかった僕は、以前の生活パターンへと戻りました。唯一の違いは、自分の部屋をもてたということ。
 二階の、階段に一番近い部屋を私室とした僕は、いつものように夕食後、受験に向けて勉強をしていました。BGM代わりに、いつも聞いているラジオ番組を掛けて。
 時間も深夜を回った頃でしょうか。
 不意に、ラジオが変なことをいったのです。
 どう考えても、そのときのDJの会話とかみ合わず、それに、声も子供のように聞こえたのです。
 僕は暫くじっとラジオに集中して聞き入っていましたが、聞き違いだろうと思って再び勉強に専念しました。

 翌日。

 学校で僕は昨日のことを友人に聞いてみました。
 そのラジオは人気番組(少なくとも僕たちの仲間内では)で、その友人達も聞いているはずだったからです。
「なぁ、昨日の○○(ラジオ番組名)聞いた?」
「聞いたよ」
「それでさ、なんか変な声聞こえなかった?」
「変な声? どんな」
「その『10段登れて嬉しいな』って」
「はぁ?」
 友人達は目をパチクリとさせて、そんな声は聞こえなかったと答えました。
 友人達のその答えを聞き、きっとあれは僕の聞き違えか、でなければ外を歩いていた誰かの声がそんな風に聞こえたのだろうと、自分なりに納得したのです。
 そしてその夜。
 夕べと同じ深夜過ぎ。
 またあの声が聞こえたのです。
 小さな女の子の声が。
 昨日と同じように。
「11段登れてうれしいな……」
 僕は寒気がしました。
 二度目。それに今回は、なんだか妙に気になっていたので、昨夜と同じこの時間に、しっかりとラジオに集中していたのです。
 聞き違いなどではありません。
 しっかりとラジオから聞こえたのです。
 そしてその翌日。また友人達に昨日と同じことを尋ねました。
 しかし、返事は昨日と同じ。
「そんな声は聞こえなかった」
 その答えに、僕は恐ろしくなってきました。
 ということは、あの女の子の声は、僕にだけ聞こえているということなのです。
 恐らくは、きっと……
 そしてその晩。
 同じく深夜過ぎ。
 その声はラジオから聞こえてきました。
「12段登れて嬉しいな……」

 次の日。
 僕は何故だか嫌な予感がして、母親に絶対に、あの声が聞こえる時間に起きているように頼みました。
 訝しがる母をどうにか説き伏せて、どうにか起きていてくれるように取り付けました。
 あの声のことは母には言っていなかったので、母は変な顔をしていましたが、父が丁度出張でいない今夜は、母に頼るしかなかったのです。
 そして、深夜を回り、ラジオから再びあの声が聞こえてきました。
「13段登れて嬉しいな」
 バタン!!
 直後、いきなり僕の部屋の扉が開きました。
 驚いて扉に目を向けると、そこには、5歳くらいの女の子がひとり、こっちをうつむき加減に見つめていました。
 誰――
 そんな言葉を出す暇もなく、女の子はいきなり僕に駆け寄ると、その小さな手で僕の首を締め出しました。
 僕は椅子から転げ落ち、その子供とは思えない力で絞められる喉から、どうにか階下の母に助けを求めて叫び声を上げました。
 直後、二階の異常に気付いた母が階段を駆け上がってきて、僕の部屋に来たときには、もう、その女の子の姿は消えていました。

 これは、その後に聞いたことですが。
 この家を新築したのは歳若い夫婦で、ふたりの間には6歳になる女の子がいたそうです。
 その女の子はこの新しい家を、とくに二階があり、階段のあるこの家をとても気に入っていたそうです。
 そして階段を一段登るごとに、嬉しそうにこういっていたそうです。
「○段上れて嬉しいな」
 そして、13段目に差し掛かったとき、女の子は足を滑らせて、階段から転げ落ちてしまったというのです。
 首の骨を折り、即死だったそうです。
 あの夜、僕の見たあの女の子は、きっとその女の子なのでしょう。
 階段で遊んでいて、死んでしまった女の子。
 ただ、あの夜以降、その女の子の姿も、声も聞かなくなりました。
 あの女の子は、どこかへ行ってしまったのでしょうか?

 ――それとも。



「10段登れて嬉しいな」
 くすくすくすくす――

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