夜伽話の部屋へ
黄色いスカーフのババァ
文:和田好弘
〜この話は、ほぼ私が聞いた通りに再現してあります〜
これは、僕が中学生のときの話です。
当時、僕にはKという友人がいました。Kは人を笑わせることが大好きな、クラスでも人気者的存在でした。
ですがその日のKはいつもと様子が違ったのです。
いつも騒がしいハズのKは、どことなく人を寄せ付けないよな雰囲気で、静かに、暗く、休み時間も自分の席についたままでした。
気になった僕は、学校帰り、Kに声をかけました。
「おい、K! どうしたんだよ。風邪でもひいたのか?」
するとKは、なにか恐ろしいものでも見たような顔で振り向き、肩をたたいたのが僕だと分かると安心したように息をつくのです。
その様子に、Kがなにかただならぬ状態にあることがわかりました。
帰り道、色々と話していると(ほとんど喋っていたのは僕ですが)、やっとKがその口を重く開きました。
「……笑ったりしないか?」
思いつめたような顔でそういうKに、僕は茶化すようなことなどまるで出来ず、ただ、まじめな顔で頷くことしかできませんでした。
「夕べ、変な夢をみたんだ」
そう云ってKはポツリポツリを話はじめました。そしてやがて怯え、興奮し、まくし立てるように、彼の気持ちを押しつぶしていた夢についてを。
Kはこの夢のことでやや混乱しているらしく、話が飛び勝ちではあったのですが、要約するとこういう夢だったようです。
暗い、暗い、真っ暗な場所。そのどこなのかも分からない場所に、Kは立っていました。やがて、そこにひとりのおばあさんが現れます。いや、おばあさんというよりは、その顔つきはババァと言った方がしっくりとするような、嫌味な顔つきで、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、身なりには無頓着なのか、薄汚れたくたびれた服に前掛けをし、そして黄色いスカーフを頭に巻いたババァ。
その黄色いスカーフのババァはKのところにやってくると、こういったのだそうです。
「こんなところにいたのかい。見つけたよ、ムルク!」
む、ムルク!? ムルクってなんだ? 俺はKだ。
恐ろし気な表情で腕をつかまれたKは、逃げようともがきますが、ババァの力は異常に強く、逃げることができません。
「さぁ、あの時の約束は忘れていないだろうね。約束を果たしてもらうよ、ムルク」
「俺はムルクなんて名前じゃない! Kだ!!」
Kはババァに向かって叫びます。でもババァはそんな言葉など聞こえないのか、訳のわからぬことをKに云ってくるのです。
Kは渾身力でどうにかババァの手から逃れると、一目散に逃げ出しました。
背後からは、あのババァの声が聞こえてきます。
「ひひひひ。やっと見つけたんだ。もう逃がしゃしないよ。ムルク。逃がしゃしないよ……」
そこで、目がさめたそうです。
ただその夢が、あまりにもリアルであったために、夢の出来事とはとても思えないとKは云い、その黄色いスカーフのババァに怯えていました。
「ただの夢だよ。そんなに気にすることじゃないさ」
僕には、ただそういうしかなかったのです。
やがて駅につき、Kはそこから電車に乗って帰っていきました。
僕が家に帰り着くと、ちょうどKから電話が掛かってきていたところでした。
「なんだかひどく慌ててるわよ」
不思議そうな顔で云う母から受話器を受け取ると、Kの怯えたような声が聞こえていました。
「ば……ババァが、黄色いスカーフのババァが……」
「なんだって!?」
思わず僕は聞き返しました。
Kが改札口をでると、そこに夢にでてきた黄色いスカーフのババァがいたというのです。
そこでババァはKの前に立ちふさがると、こういったのだそうです。
「約束どおり、迎えにきたよ」
Kはぞっとし、慌ててそこから家に逃げ帰ったのだそうです。
でも何故か、背後からババァの声だけがはっきりと聞こえてきたというのです
「明日ね。ムルク、明日ね」
ババァはそう、連呼していたそうです。
このことを聞いた僕は、ぞっとしました。
Kは嘘をつくような奴じゃないし、ましてや一日や二日で妄想や幻覚にいきなりとらわれるような事は無いと、当時の僕でも想像がついたからです。それになにより、電話でのKの怯えようは尋常じゃなかったのです。
「と、とにかくあした朝一番に学校で会おう」
僕はそういうと、明日、会って、これからどうするかを一緒に考えることを決め、電話を切りました。
その夜。僕はなかなか寝付けませんでした。Kが心配でたまらなかったのです。
そして翌日、僕は朝6時に家をで、学校に向かいました。
教室に入ると、まだKは来ていませんでした。
どことなく不安な気持ちでKを待ち、やがてクラスメイトがひとり、ふたりと登校し、遂にHRが始まりました。
Kは、来ませんでした。
もしかしたら、家をでることも怖くて、学校を休んだんじゃないかと思った僕は、休み時間、Kの家に電話をしました。
「今日はなんだか、すごく早く家を出ちゃったわよ」
Kのお母さんの答え。
そう、Kは忽然と消えてしまったのです。
このあと、Kは捜索願を出され、僕は黄色いスカーフのババァのことを話しました。でも、誰も耳を貸してはくれません。
考えればそうです。Kの夢の話でしかありませんし、たとえ夢でなかったとしても、Kが行方不明になったこととの関わりはまるでわからないのですから。
そして僕は、黄色いスカーフのババァのことは話さなくなりました。
それから数年。
僕は大学生になりました。Kはいまだ行方不明のまま。
そしてあるとき、僕は友人Tに、黄色いスカーフのババァの話をしました。なんで話そうと思ったのかは、いまでもわかりません。ですが、その話を聞いたTは、たちまち顔を真っ青にすると、こういったのです。
「そのおばあさん、俺の夢にもでてきたぜ」
Tの夢にその黄色いスカーフのババァがでてきたのは、小学生の時だったそうです。ババァは彼にこういったそうです。
「わたしの可愛いチックや。はやく大きくなっておくれ。大きくなったら迎えにいくからね。迎えにいくからね」
と。
その夢は異様に生々しく、ババァに握られた掌の感触までもが、目がさめてからも残っているほどで、いまでもはっきりと覚えているのだそうです。
僕はぞっとしました。
まさか、また黄色いスカーフのババァの話に突き当たるなんて。
いま、僕はTが心配でなりません。
彼もまた、Kのように突然いなくなってしまうのではないかと。
心配でなりません。
……あなたの夢には、黄色いスカーフのババァは出てきませんでしたか?
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