[長兵衛の尉信連]平家物語(長門本)
 
 

宮は今十余町ものびさせ給ひぬと覚しきほどに、けいびゐし三人、その勢三百余騎にてお
し寄せたり、源大夫判官は、存ずる者ありと見えて、はるかに門外に扣へたり、博士の判
官、出羽の判官、乗りながら門の内へうち入て申けるは、.....
(中略)

かねても聞置きたるらん宮の侍の中に、右兵衛の尉長谷部の信連といふものなり、いまだ
知らぬかとて、かり衣のおび引きりなげて、はかまのそば高くはさむ、草ずりのすそ見え
たり、衛府の太刀をぬきてとんでかヽるまヽに、事もあたらしく使廰の下べら是をからめ
んとてよる所を、さんざんに切りはらひ、七八人は切りふせたり.....(略)

御所へ乱れ入んとしたりける官兵五十余人が中へはしり入て、さんざんに切りまはりけれ
ば、木の葉の風に吹れてちるやうに庭へさっとぞちりにける、信つら御所の案内は知たり、
今は限りと思ひければ、あそこにおいつめ丁ときり、ここに追い詰め、はたと切る、信つ
ら、もとよりさるものにてゑふの太刀なれども、身をば少し心得て作らせたれども、あま
りに打れてゆがみければ、ひざにあてておしなほしおしなほしして、また二十余人切り伏
せたり、手負は数をしらず、うちとるかたき三十余人とぞ聞えし、信連あまりに戦ひつか
れて柱に立添ひてあるを、かねなりが郎等近藤四郎行なりといふ者、長刀をもちてねらひ
よりて、長刀のえをかけず、すんと切りてければ、長刀の柄を捨てて逃るを追ひざまにう
しろをたてざまに切られてうつぶしにふしにけり、.......
(中略)

小門より走り出で、東をさして高倉をのぼりに名乗けるは、長兵衛の尉信連大事の手おひ
たり、留めんと思はんものはとどめよやののしりて、しづしづと行けるを、かねなりが下
部にたけみつといふ者ねらいよりて、長刀をくきみじかに取て、さっとなぎけるを、信連
長刀の柄にのらんとしけるほどに、いかがしたりけんのりはづして、生けどられにけり、
則信連をからめて六波羅へゐて参る。