喜三太櫓に上りて、大音あげて申しけるは、「六條殿に夜討入りたり。御内の人々は無き
か。在京の人は無きか。今夜参らぬ輩は、明日は謀叛の與党たるべし」と呼ばはりける。
爰に聞きつけ、彼処に聞きつけ、京白川一になりて騒動す。判官殿の侍どもを始めとして、
此処彼処より馳せ来る。土佐が勢を中に取籠めて散々に攻む。片岡八郎、土佐が勢の中に
駆け入りて、首二つ、生捕り三人して見参に入る。伊勢三郎、生捕り二人、首三つ取りて
参らする。亀井六郎、備前平四郎二人討ちて参る。彼等を始めとして、生捕り分捕思ひ思
ひにぞしける。その中にも軍の哀れなりしは、江田源三にて止めたり。宵には御不審にて
京極にありけるが、堀河殿に軍ありと聞きて、馳せ参り、敵二人が首取りて、「武蔵坊、
明日見参に入れて賜び候へ」と言ひて、又軍の陣に出でけるが、土佐が射る矢に首の骨箆
中責めてぞ射られける。
(中略)
昌俊は味方の討たれ、或は落ち行く見て、我は太郎、五郎を捕られて、生きて何かせんと
や思ひけん、その勢十七騎にて思ひ切って戦ひけるが、叶はじとや思ひけん。徒武者駆け
散らして、六條河原まで打って出で、十七騎が十騎は落ちて、七騎になる。賀茂河を上り
に鞍馬を指して落ち行く。別當は判官殿の御師匠、衆徒は契深くおはしければ、後は知ら
ず。判官の思召すところもあれとて、鞍馬百坊起って、追手と一つになりて尋ねけり。
(略) 土佐は腹をも切らで、武蔵坊にのさのさと捕られける。さて鞍馬へ具して行き、
東光坊より大衆五十人附けてぞ送られける。
(中略)
判官聞召して、「土佐は剛の者にてありけるや。さてこそ鎌倉殿の頼み給ふらめ。大事の
召人を切るべきやらん、斬るまじきやらん、それ武蔵計らへ」と仰せられければ、「大力
を獄屋に籠めて、獄屋踏み破られて詮なし。やがて斬れ」とて、喜三太に尻綱取らせて、
六條河原に引出し、駿河次郎が斬手にて斬らせけり。相模八郎、同太郎は十九、伊方五郎
は三十三にて斬られける。討ち漏らされたる者ども、下りて鎌倉殿に参りて、「土佐は仕
損じて、判官殿に斬られ参らせ候ひぬ」と申せば、「頼朝が代官に参らせる者を、押へ斬
るこそ遺恨なれ」と仰せられければ、侍ども「斬り給ふこそ理よ、現在の討手なれば」と
ぞ申しける。