[佐藤継信、屋島に死す]平家物語(長門本)
 
 
 
(前略)
能登守、口惜しきものかな、運の盡るとてなになるらん、あれ程の無下の小勢を、大勢と
見て城を捨てて、御所内裏を焼せられぬこそ安からね、いざや一矢射ん、船軍はやうある
物ぞとて、唐巻染の小袖にうさぎかきて、唐綾をどしの鎧を着て、渚に飛下りて、内裏の
前のしばついじにかいそひて、寄する敵をまち給ふ。判官の乳母子に、奥州の佐藤三郎次
信とてかかりけるを、能登殿よくひきて放たりければ、弓手の脇をめてへつと射させて、
真逆様にぞ落ちける。のとの守童菊王丸とて太刀の剛のもの、長刀とりて三郎兵衛が首を
取らんと寄せ合するを、弟の四郎兵衛忠信が放つ矢に、菊王丸が浅ぎ糸威しの腹巻の引合
を、のぶかにこそ射通したれ。菊王丸犬居に伏す。四郎兵衛菊王丸が首をとらんと落合け
るを、能登守指越して、太刀を抜きて片手うちに禦ぎて、片手にては我童の左の脇をつか
んで、乗たる船にこそ投入れ給ひたれ。敵に首をば取られねども、痛手負たる者を強く投
られて、なじかはたすかるべき、やがて船の底にて死ににけり。

判官頼みたりつる乳母子討れて、陣の後の松原に引過ぎており居給ひつつ、三郎兵衛が首
を膝の上にかきのせて、次信いかが覚ゆるとのたまへば、いきをつき出して申けるは、源
平両家の御あらそひのはじめに、屋島の浦にてかばねをさらしたりし次信といはれんこそ、
後代の面目なれ、但君の御戦未だ終らぬを、見置参らせて失せ候ぬるこそ、憂世に思ひ置
事とては候へと、申もあえずきえ入ければ、判官涙を流して、此あたりに僧や有との給へ
ば、あるもの僧一人尋ね出して参らせたり、奥の秀衡入道が参らせたりしするすみとて、
黒馬の六寸にはづんで太くたくましかりけるが、鎌倉に早打にも、此馬一疋にて陸奥より
通りたりければ、奉公の馬也とて、我五位尉になり給ける時、五位になして、大夫黒と名
付けて秘蔵の馬に、黄覆輪の鞍置て、件の僧にひけとて、是は殊に思ふ様ありて引なり。
相かまへて彼等が孝養よくよくせよとてひかれければ、兵共是を見て、此君のために誰か
命をすてざらんとて、涙を流しける。