[静吉野山に棄てらるる事]義経記
 
 
 
判官武蔵を召して仰せられけるは、「人々の心中を義経知らぬ事は無けれども、僅かの契
を捨てかねて、是まで女を具しつるこそ、身ながらも實に心得ね。これより静を都へ帰さ
ばやと思ふは如何あるべき」。武蔵坊畏まって申しけるは、「これこそゆゆしき御計らひ
候よ。弁慶もかくこそ申したく候ひつれども、畏をなし参らせてこそ候へ。斯様に思召し
立ちて、日の暮れ候はぬ先に、疾く疾く御急ぎ候へ」と申せば、何しに返さんと言ひて、
又思ひ返さじと言はん事も侍共の心中如何にぞやと思はれければ、力及ばず「静を京へ帰
さばや」と仰せられければ、侍二人雑色三人御共申す。。。。。。
(中略)

今は何と思ふ共、止まるべきにあらずとて、勢を二つに分けけり。判官思ひ切り給ふ時は、
静思ひ切らず、静思ひける時は、判官思ひ切り給はず、互に行きもやらず、帰りては行き、
行きては帰りし給ひけり。嶺に上り、谷に下り行きけり。影の見ゆるまでは、静はるばる
と見送りけり。互に姿見えぬ程に隔てば、山彦の響く程にぞ喚きける。五人の者どもやう
やうに慰めて、三四の峠までは下りけり。。。。。
(中略)

或古木の下に敷皮敷き、「これに暫く御休み候へ」とて申しけるは、「此山の麓に十一面
観音の立たせ給ひて候所あり。親しく候者の別當にて候へば、尋ねて下り候ひて、御身の
様を申合せて、苦しかるまじきに候はば、入れ参らせて暫く御身をもいたはり参らせて、
山伝ひに都へ送り参らせたくこそ候へ」と申しければ、「ともかくもよき様にをのをの計
らひ給へ」とぞの給ひける。

共したる者ども、判官の賜びたる財宝を取りて、掻消す様にぞ失せにける。静は日の暮る
るに随ひて、今や今やと待ちけれども、帰りて事問ふ人もなし。せめて思ひの余りに、泣
く泣く古木の下を立出て、足に任せてぞ迷ひける。