重盛、池殿に此よしを申されければ、池殿、仰けるは、「大弐殿の力をもて、度々の乱を
しづめ、君を守たてまつる間、一門繁盛し、源氏ことごとくほろび候ぬ。頼朝一人を助置
れて候はば、何程の事をかしいだし候べき。前世に頼朝に助られたりけるにや、余に不便
に覚えさぶらふぞや。又、それに付奉りて申も、使がらのたよりもや有とこそ、たのみ奉
らめ。大弐殿は、尼が身をわけぬばかりなり。一門を育給へば、大事にもいとおしく思奉
る事、頼盛いくたりにか思ひかへ申べき。此志をば、さり共、年来見給ひつらむ。もし、
そなたにや、腹にあらずとへだて給らんと、世にうらめしく」とて、うち泪ぐみ給ひけり。
重盛、かさねて大弐殿に申されけるは、「池殿のうらみ、以外に候。女房のをろかなる心
に思たちぬる事は、難儀、極なきならひにて候。さのみ背申させ給はん事、うたてしくや
候はんずらむ」と申されければ、大弐、聞給ひて、「大事、仰せらるる人かな」とて、事
の外にもなかりけり。
(中略)
兵衛佐が死罪の事、池殿、やうやうに申されければ、死罪ゆるされて、流罪にぞ成にける。
「是、直事にあらず。八幡大菩薩の御はからひなり」と信敬、極なし。兵衛佐は、東国伊
豆国へながさるべしと定りてけり。