*終 結
暗黒の宇宙に漂う惑星地球。その表面上に、次々と無数の光の点が灯っていく。こんなにも明
るい人口的な光を発し続ける星が、他にこの大宇宙にあるのだろうか?その宇宙の彼方にも届くような、カールソン大統領の誇らしい声明が、全米のメディアを通し
て流されていた。『皆さん、ここ数日間私達を苦しめてきた敵は遂に滅びました。よって戒厳令は今を持って解除
いたします。私は死力を尽くして世界の為に戦って来ました。人類史上例をみない大惨事を、私
は未然に阻止する事が出来たのです・・・・・・』自信満々に胸を張り、誇り高くカールソンは演説を続けている。
フライ社のビルは無惨に破壊された外観を人々に曝していた。この状態では元の機能を回復す
るのは、もはや不可能なように思える。そのビルの前は軍隊に警察、救急車や報道関係の車で今
も大混雑していた。テレビのリポーターは今も必死にマイクに向かって叫び続け、物見遊山な野
次馬はどこからともなく現れ、今も人数を増殖させている。大勢の人の間を縫うように半透明の袋に包まれた死体が、ストレッチャーに載せられてビルの
玄関先から外へ運び出されてきた。野次馬達にとって死体は気味悪いものでしかなく、誰もが目
を背けて無関心を装っていた。「それは?」
警備をする一人の若い警官が救命士を制止した。
「死体ですよ」
ストレッチャーを押す手を止めて、救命士が言った。
「死体に紛れてメロの連中が逃げるといけないから調べさせてもらうよ」
「どうぞ」
警官が気味悪そうな表情を浮かべて、死体袋のチャックをそっと開けた。そこには安らかな笑
みを浮かべて永遠の眠りに就くランバートの顔があった。「民間人か・・・・・・」
警官は自分とさほど歳の変わらない、民間人のランバートが被害に巻き込まれた事を知り、気
の毒そうに表情を曇らせた。「でも本当に死んでるのか?」
血色も良く、ただ眠っているようにさえ思えるランバートの表情を見て、警官は救命士に問い
掛けた。「ええ、でもこの人は何故か凄く満足そうな死に顔なんですよね。苦しんだ様子は微塵も感じら
れない」救命士は首を振り、不思議そうな顔をして答えた。
「本当に何て幸せそうな顔をしているんだ」
警官はランバートの顔をじっと覗いて呟くと頭を垂れ、そしてゆっくりと死体袋のチャックを
閉じた。「行っていいよ」
警官は救命士に言った。
救命士は再びストレッチャーを押して、ビルの脇に停車されている救急車の後ろまでやってき
た。そしてそのままストレッチャーごと、ランバートの遺体を救急車の後部に載せた。リアの観
音扉が閉じられると、ランバートを載せた救急車は、この喧噪から逃れるかのようにゆっくりと
走り出した。サイレンを鳴らし、救急車の屋根の赤いパトライトが見えなくなるのに、さほど時
間は掛からなかった。
シャフナーはフライ社の屋上から転落防止柵に両肘を掛けたままで、シカゴの街を感慨深く眺
めていた。冬の冷たい風が彼の顔を吹き抜けていく。一人物思いに耽るシャフナーを見つけたレ
ナードが彼に近づいてきた。「こんな所にいたのか?」
声を聞き、シャフナーはレナードの方を振り返った。
「ああ・・・・・・」
東の空が白々と明け始めている。それにつられるようにシカゴの街に明かりが戻ってきた。ビ
ルに、道路に、人々の家庭に・・・・・・。まるで星空のように眼下に広がる光の洪水を見ながらシャ
フナーの気持ちは複雑だった。「俺達のした事は本当に正しかったのかな?」
シャフナーはぼんやりと呟いた。
「何を突然馬鹿な事を言い出すんだよ」
シャフナーの意外な言葉にレナードは戸惑ったような表情をした。
「こんなにエネルギーの無駄使いをしていると、間もなく人類は滅びるんだろう」
「そりゃ生き物はいつかは滅びるさ」
「こうやって見ていると、俺にはあのコンピューターがした事が本当は正しかったんじゃないか
と思えるんだ」シャフナーはそう言うとまた遠くをぼんやりと見つめた。街の光の渦が増して来るように感じ
れる。「悩むなよ。俺達は人類を救ったんだぞ、誇っていいさ」
レナードはシャフナーを宥めるように彼の肩を軽く叩いた。
「それを言えるのはランバート一人だけだろう・・・・・・」
シャフナーは遠くを眺めながらぽつりと呟いた。
「そうだな、俺達にその資格はないな・・・・・・」
レナードも同感だった。人類を救ったなどと誇れるのはランバート一人だけだ。自分は何もし
てはいない。レナードもシカゴの街並みに目をやった。「あいつをまた動かすのか?」
シャフナーは尋ねた。
「CUBEか」
「ああ」
「分からない。動かすかも知れないし、二度と動かさないかも知れない」
レナードにはまだ先の事は何も考えられなかった。
「そうか・・・・・・」
シャフナーはしばらく遠くを眺めるとレナードと向き合った。そしてそっと右手を差し出し
た。「俺はそろそろいくよ」
レナードはシャフナーを見つめると、彼の差し出した手を両手でしっかりと握りしめた。
「また会う事があるかも知れないな」
レナードはシャフナーに言った。
「ああ・・・・・・」
シャフナーは小さく頷いた。そしてレナードに背を向けると、振り返る事なくゆっくりと歩き
出した。シャフナーはもう二度とここに来る事はないだろうと思っていた。彼はこの事件を最後にシー
クレットサービスを辞任しようと決意していたのだ。それ程この事件は彼の心の中を蝕んでしま
っていた。シャフナーが立ち去り、一人だけ屋上に残ったレナードは、再び眼下にどこまでも広がる光の
海をじっと眺めた。その彼方に目をやると、地平線の間から新しい一日の始まりを告げるかよ
うに、朝日がゆっくりと射し込んできた。ご愛読どうもありがとうございました。