第13章 ランバートの行方(2)

 屋敷の二階には、リリアンの父親の銃のコレクションを集めた部屋があった。中には壁一面にガラスケースがはめ込まれ、何百丁もの古いピストルやライフル銃が納められている。リリアンがシャフナーとランバートを連れて、部屋の中を案内している。磨き上げられた銃が、ガラスケース内に取り付けられた照明に反射して眩く反射している。
 武器類に関心を持つシャフナーは、ガラスケースに顔を近づけて真剣に銃を見つめた。南北戦争時代の単発銃に、ウィンチェスターライフル等、年代物の銃がズラリとケース内に並んでいる。
「凄いコレクションですね。これって可動品ですか?」
「勿論です。父は同郷のロックフェラーに傾倒していて、十九世紀や二十世紀の文化にとても関心があるんです。ここの銃だけじゃなく、車とか、カメラとか、楽器とか、そういった物をこの屋敷の中に溜め込んでいるんです。いつかどこかの博物館にでも寄付するつもりなんですって」
 リリアンがシャフナーの側に立って説明を始めた。
「車もですか」
「ええ外のガレージには二十世紀の車が三十台程納められているんですよ」
「三十台も・・・・・・」
 金持ちは何故か大抵コレクションをしたがる。羨ましいが自分とは世界が違い過ぎる、シャフナーは感嘆の溜息を落とした。しかしリリアンの内側から湧いて来るような、品性の良さは一体何だろうか? この雰囲気は、にわか仕込みの成金が身に付けられるものではない。彼女は本物の金持ちの資質を持ち得ているようだ。シャフナーはリリアンの美しい横顔を見つめながらランバートに嫉妬した。
「でもこの屋敷はお母さんの持ち物でしょう?」
 シャフナーは尋ねた。
「ええ、母はまだ父と別れたとは思ってないんです。いつかまた暮らせると信じているのです。だからこのコレクションもそのままにしてあるんですよ」
 リリアンはそう言うと、ふと寂しげな表情を見せた。
「そんなもんかなあ」
 シャフナーはそう言いながら部屋の中央に置かれたソファに座った。向かいの席にランバートが既に座っている。ランバートの隣に不安そうな顔を隠せないリリアンが腰を降ろした。
「君とストーンさんとの接点が見つからなくて探すのに随分苦労したよ」
 シャフナーがランバートを見ながら言った。
「記録に残るような僕と彼女のデータはどこにもないと思うよ」
 ランバートが当然のような言い方をした。
「でも君達は随分親しそうじゃないか。長い付き合いなのか?」
 シャフナーが裏を探るような口調で尋ねた。
「いや、まだ数日だよ」
 ランバートの言葉に、シャフナーは呆れ、若い奴は分からないと、頭を掻いた。
「運命って信じる?」
 リリアンが急に妙な事を尋ねた。
「ああ、少しはね」
 シャフナーは戸惑いながらもそう答えた。
「私達が出会ったのは運命なのよ」
 リリアンがランバートの手を取るとそっと握りしめた。
 二人の余りにも親しそうな様子を目の当たりにさせられて、シャフナーは年甲斐もなく恥ずかしがってしまった。
「ところでランバート、私と一緒にすぐにワシントンDCへ行ってもらいたいんだが」
 シャフナーが遂に本題を切り出した。リリアンがそれを聞き、心配顔でランバートの横顔を見つめた。
「悪いけれども僕は行けない」
 ランバートは首を横に振り、そう言い切った。リリアンの表情が緩む。
「困るんだ。君は今世界がどんな状態なのか知っているだろう」
「ああ」
「救えるのは君だけなんだよ」
 シャフナーは必死に説得を続けた。
「どうして僕をそんなに買い被るんだい?」
 ランバートは迷惑そうな表情をした。
「この世でHC2を持っているのはもう君だけなんだよ。他の者は皆死んだ」
「知ってるよ・・・・・・」
 悲しそうにランバートはそっとうつむいた。
「知っていたのか?」
「ああ」
「だから君に犯人を探し出してもらいたいんだよ」
「無理ですね」
 ランバートは素っ気なく言った。
「何故?」
 シャフナーはランバートのやる気なさに戸惑った。
「誰も分かっていないけれども、今世界を牛耳っている奴は誰も敵う相手じゃない」
「それはどういう意味だ?」
 ランバートの奇妙な発言にシャフナーは問い返した。
「相手は人間じゃないんだ」
「人間じゃない?」
 シャフナーはランバートが自分を馬鹿にしているのではないかと思った。
「そう人間じゃない。人間に反乱を起こしたコンピューターですよ」
「馬鹿な事を言うなよ」
 ランバートが突拍子もない事を言い出したので、シャフナーは呆れるどころか苦笑してしまった。
「ローランド博士はこの日が来る事を予期していた。だから自分以外の誰かにHC1を取得させようとしたんだ。反乱を起こしたコンピューターを止める事が出来るのはHC1を持つ者だけだからね。でも政府はHC1の危険性ばかり強調して、博士以外の者に所持させそうとはしなかった。その弊害が今出ているのさ。自業自得だよ」
 ランバートは今世界で起こっている事実に無関心であるばかりか、無視さえしている。自分にこの男を説得する事など出来るのだろうか? シャフナーは戸惑うと共に落胆した。
「僕はずっとここで彼女と過ごす。ここに来て初めて気が付いたんだ。僕は文明の最先端で暮らす事にもう疲れてしまったんだよ。もう二度とコンピューターには触れたくない」
 ランバートの言葉に安心したのか、リリアンは安堵の表情をして彼の手をさらに強く握りしめた。
「ランバート、君の希望には添えられないかも知れない。僕はアメリカ大統領の命を受けて君を連れて帰らなければならないんだ。君の肩に世界の将来が掛かっているんだ。頼む、それに気が付いてくれ」
 シャフナーは必死に懇願した。もう情に訴えるしかないようだ。
「あなたがどう言おうが、僕はどこにも行く気はない」
 ランバートの意志は強固だった。
 やはりこの男の気持ちを変えさせる事は無理なのか? こうなったら首に紐でも付けて、引っ張って行くしかないのかも知れない。シャフナーは困り果ててしまった。
「今日はここにお泊まりになったら?」
 リリアンが優しい口調でシャフナーに尋ねた。
 シャフナーは今はその有り難い申し出を受ける事にした。このままではいつまで経っても意見は平行線だ。時間を置けばランバートも考え直してくれるかも知れない。それを期待するしかなさそうだ。
「有り難う御座います。そうさせて頂きます」
 シャフナーは丁寧にお願いした。
「すぐお部屋をご用意いたしますわ」
 リリアンが席を立って部屋を出て行った。シャフナーとランバートは居間で二人きりになった。互いに視線を逸らして、何か気まずい雰囲気が流れた。
「ここの人は夜寝るのか?」
 シャフナーが流れる時を埋めるように問い掛けた。
「そう、それが本来人間の習性だろ。紫外線を避ける為に昼間寝て、夜活動するなんて異常だと思わないか」
「勿論まともに考えればそう思うが、随分長い間この生活をしているから、今となっては何とも思わないよ」
 シャフナーは感覚が麻痺して、普通の事を変に感じてしまう自分に気が付いた。
「ここにいれば人間的な生活が出来る。もうコンピューター社会には戻りたくない。彼女に出会って初めてそう思えるようになったんだ」
 ランバートは新しい生き方でも見つけたかのように目を輝かせた。やはり彼の考え方を変える事は難しいようだ。シャフナーは強制的に連行するような、荒っぽいやり方は得意だったが、人を口で説得するのは慣れていなかった。しかも犯罪者でもないランバートに無理強いをする事は出来ない。時間のなさからシャフナーの焦りは募るばかりだった。

 シャフナーはスーツ姿のままで、明かりを消した二階の来客用の部屋から一人庭を眺め、ランバートを説得する方法を模索していた。非常灯だけの暗い屋敷内で、外灯に照らされる緑の芝生や噴水を見ていると、こうやって深夜に仕事から離れて、ゆっくり体を休めるのは随分久しぶり事のように思えた。ランバートはここならば人間的な生活が出来ると言った。都会の喧噪から離れて、この自然に満ちた世界にいると、本当に本来の人間性が取り戻せるような気がする。
 一体文明って何なのだろうか? 機械が発達して一見便利なように思えるが、実際は機械に人間が使われているだけなのではないか? テレビを付ければ偽物の映像や音楽が氾濫し、何が本物なのかさえ分からない。最先端の仕事をしているランバートは、そういった生活に疲れ切ってしまったのだろう。この屋敷の電力は屋根の太陽電池パネルで賄っている。しかし狭い場所に人がひしめく都会では、それだけの電力では賄いきれずに、別の電力を必要とする。人が沢山集まる場所は、結局多くの弊害も同時に生み出している。今回の事件がコンピューターの仕業だとしたら、本当は正しい事をしているのかも知れない。シャフナーはそんな事を考えながら一人感傷に更けてしまった。
 シャフナーは部屋の正面に見える正門に、一台のミニバンが止まるのを見逃さなかった。腕時計を見ると深夜二時を過ぎている。車から降りて来る人影。こんな夜中に何をしているのだろうか? シャフナーは疑問に思うと同時に、悪い胸騒ぎを感じた。
 正門の前ではミニバンから降りて屋敷を観察しているバナナの姿があった。
「間違いない。ここがストーンの屋敷だ」
「でっかい家だなあ」
 オレンジが車中で口をあんぐりと開いたまま驚いている。
「おいお前らマシンガンを準備しろ。早く済ませてしまうぞ」
 バナナがミニバンのリアドアを開けると、荷室の毛布を剥がした。小型のロケットランチャーがその下に隠されていた。バナナはそれを取り出すと肩に載せて構えた。
「おいおい何するんだよ」
 オレンジが慌てて車から飛び出してきた。
「下がってろ、頭が焼けるぞ!」
 バナナは怒鳴ると、門扉へ向けてロケットランチャーを発射した。ロケット弾が門扉の真ん中に命中して大音響と火柱が上がった。門扉が門柱から外れて吹き飛び、同時に静寂を破るように警報音が屋敷内に響き渡った。
「行くぞ!」
 バナナは空になったランチャーを無造作に投げ捨てると叫んだ。
 ミニバンが屋敷に向けて突き進んで行く間に、バナナが荷室からM20Lレーザーサイトマシンガンを取り出した。弾倉をセットして発砲の準備をしている。M20LはM16マシンガンの進化型で、形はM16に似ているが、銃身の下にレーザーサイトを備えているのが特徴だ。今では軍、警察を含めて広く利用されていて、現在最も高性能なマシンガンと言われている。
 シャフナーは二階の窓から事の一部始終を見て震撼した。慌てて客間へ戻ると、ベッドの上のホルスターからベレッタを抜き取った。そして一目散にランバート達が眠る寝室へ向けて走り出した。
 ミニバンは玄関前で停止した。バナナが真っ先に降り、続いてグレープがリアドアを開けて悠々とM1000重機関銃を取り出した。M1000はガトリング式のマシンガンで、一秒間に一○発以上の弾丸を発射する事が出来る。弾倉は銃とは別に弾薬ボックスをリュックサックのように背負うようになっている。
 ボックスには千発の弾丸が入り、それだけで三○キロもの重量になる。機銃を入れると総重量は五○キロを越える。M1000を操るには、強靱な筋力が必要なのだ。そのM1000をいとも簡単にグレープは片手で取り上げた。
 バナナがM20Lを手に玄関の扉まで悠々と歩いてきて扉の錠前に向けて発砲した。ノブがあっという間に吹き飛ぶ。
 シャフナーが寝室へ飛び込むと、ランバートとリリアンがベッドで身震いしたまま体を抱き合っていた。
「そこを動くんじゃないぞ」
 シャフナーの言葉に二人は頷いた。
 玄関の扉を蹴飛ばしてバナナがロビー内へ押し入ってきた。シャフナーは踊り場からベレッタを発射したが、弾は外れてバナナの脇の壁に穴を開けた。振り返ったバナナは、すかさずシャフナーに向けてM20Lを発射した。弾は床に伏せたシャフナーの頭上の手摺に命中して、木片が細かく飛び散った。
「ランバート、ここにいるのは分かっているんだ。悪くはしないからすぐに出て来い!」
 バナナが屋敷に響き渡るような大声で叫んだ。
 シャフナーが立ち上がり拳銃を再び発砲した。しかし今度も床に穴を開けただけで弾は外れた。反対にシャフナーに向けてバナナとオレンジのM20Lの弾が雨のように降り注いだ。必死に逃げるシャフナーの後を付けるように壁に弾痕が残っていく。
「先客がいたようだな」
 オレンジはシャフナーの姿を見て渋い顔をした。
 グレープがM1000を手に、ゆっくりと歩きながらロビーへ入ってきた。彼が動く度に、ガチャガチャと弾倉の中の弾が当たる音がする。二階へ続くロビーの階段を三人は注意深く登って行った。暗闇の中を銃身に取り付けられた、レーザーサイトから発せられる三本の赤い光線が、部屋の中を無気味に照らしている。
 シャフナーは再び寝室へ戻って、ベッドの上のランバートとリリアンをベッドの下へ隠れさせた。
「もうすぐ警備員が駆けつけるから、ベッドの下で静かにしているように」
 シャフナーは声を潜めて囁いた。
「奴らは僕を殺しにきたんだ」
 ランバートが言った。
「多分な、でも俺が守るよ」
 シャフナーは緊張して、掠れたような声しか出て来なかった。
 二人をベッドの下へ隠すと、シャフナーは寝室を飛び出した。
「隠れても無駄だぜ」
 バナナの凄んだ低い声が響き、階段を登って来る三本のレーザー光線が見えた。シャフナーは慌てて壁に張り付いた。
 屋敷の隣にある使用人の離れでは、ジェームスが銃声に目を覚ましていた。隣で眠る妻のサリーも気が付いたようだ。
「何事?」
 ジェームスがベッドから飛び起き、窓際へ行くと玄関に乱暴に乗り付けられたミニバンが見えた。時折聞こえるマシンガンの音。これはただ事ではない。ジェームスは事の次第をすぐに察した。
「大変だ!」
 ジェームスは部屋の隅に立て掛けてある護身用のライフル銃を手にすると、弾倉を引き抜いて装弾を確認した。
「あなた止めてちょうだい。もうすぐ警備の人が来ますわ」
 サリーが必死に制止しようとするが、ジェームスは聞こうとしない。ガウンを羽織うとスリッパのまま離れを飛び出した。慌ててサリーも夫の後を追った。
「あなた馬鹿な真似はよしてちょうだい」
 ガウンの裾を引っ張りながら、サリーは尚もジェームスの行動を止めようとした。右足を引きずりながらジェームスは歩いて行く。
「このワシだって第五次中東戦争の英雄だぞ。戦わなくってどうする!」
 勇ましくジェームスは怒鳴った。
「その戦争で足を悪くしたんでしょう」
「狙撃兵として鳴らした腕を見せてやるわい」
 ジェームスは玄関が見渡せる場所に伏せると、ライフルのスコープを覗いた。レーザーサイトも付いてない旧式のライフル銃だが、暗闇の中ではレーザー光線が見えない為、こちらの位置を知られずに済むので都合がいい。
「どんな奴がいやがるんだ」
 スコープを覗くと、開け放しの玄関から中央階段を登って行くオレンジの姿が捕らえられた。ジェームスは撃鉄を起こして狙いを慎重に定めると、ゆっくり引き金を引いた。
 一発の銃声と共に、階段を登っていたオレンジが転げ落ちた。背中を撃たれて、ロビーで大文字になったまま呻き声を上げている。バナナとグレープは銃声に驚き、反射的に扉の影に隠れた。
「やったぞ!」
 オレンジに弾が命中したのを確認して、ジェームスは興奮した。
「見えるか?」
 扉の影に隠れながらバナナが銃弾が飛んできた方向を伺っている。が、暗くて何も見えず、悔しそうに舌を鳴らした。
「くそ、やられた」
 苦しそうにオレンジは呻き声を上げている。
「オレンジこちらへ来い」バナナが手招きする。
「馬鹿言うなよ。こちらは撃たれたんだぞ、動けるわけないだろ」
 背中の傷口を押さえながらオレンジは文句を言った。
「這ってでも来い!」
 バナナに怒鳴られ、オレンジは痛みを堪えながらバナナの方へゆっくりと這ってきた。
「来てやったぜ。早く片付けて医者へ連れてってくれ」
 オレンジは痛みから顔を顰めている。
「分かったよ」
 バナナはオレンジの脇に両手を入れて立たせると、玄関口から表へ放り出した。
「おい、何をするんだ。止めろ!」
 オレンジはバナナの企みを察して怯え喚いた。
 玄関から「撃つな」と叫び、両手を上げたオレンジの胸をジェームスは一発で撃ち抜いた。その場にオレンジは膝を着いて前向きにバッタリ倒れると、動かなくなった。
 オレンジを撃った瞬間の銃口の僅かな瞬きを、バナナとグレープは見逃さなかった。互いに確認すると、目で合図を送った。グレープが玄関ドアの間から、M1000を暗闇の中のジェームス向けて乱射した。その破壊力は凄まじく、あっという間にジェームスとその傍らにいたサリーを吹き飛ばした。
「馬鹿野郎、俺達に勝てると思っているのか!」
 バナナが絶命したジェームスに向かって叫んだ。
 隙を見てシャフナーがベレッタを中二階のバルコニーから発砲した。思わずバナナが床に伏せたが、弾は扉の端に当たっただけだった。
「まだネズミがいやがったな。グレープぶっ殺してしまえ!」
 グレープが指示通り、M1000の銃口をシャフナーに向けた。危険を感じたシャフナーが床に伏せると同時に、嵐のような銃弾が発射された。凄まじい轟音と共に発射された弾丸がバルコニーを派手に破壊していく。空薬莢が濁流のように吐き出されては、床にぶち蒔かれている。M20Lとは比較にならない破壊力にシャフナーはたじろぎ、その場から動く事が出来ない。階段を一歩ずつグレープがM1000を撃ちながら登ってくる。無数の空薬莢が、バラバラと階段を跳ねながらロビーの床まで落ちて行く。
 僅かの隙を見ながらシャフナーはベレッタを撃つが、とても太刀打ち出来る相手ではない。逃げるシャフナーを、グレーブのM1000が追っていく。壁をバラバラに破壊しながら、天井から吊された丸いシャンデリアに被弾した。高価なクリスタルガラスをロビーの床に散蒔き、真下にいたバナナの頭にガラスの破片を浴びせかけた。
「おいグレープ止めろ! 俺がガラスまみれになるだろう」
 バナナはガラスを払いながら激怒した。
 警報を鳴らして警備員の乗った車が敷地内へ走り込んできた。シャフナーは腕時計を見て、さっきより遅いじゃないかと、少々憤慨したが、やっと来てくれた援軍に胸を撫で下ろした。
「馬鹿がまた来やがった。おいグレープ、ネズミは後だ。軍隊仕込みの腕を見せてやれ」
 バナナはミニバンに戻ると、荷室からロケットランチャーを取り出してグレープに放り投げた。それを受け取ったグレープは手慣れた手付きで、二段に引き込まれたランチャーを素早く引き出して組立てた。そして向かって来る車に標準を合わせて引き金を引いた。
 グレープが発射したロケット弾は、一直線に警備員を乗せた車へ飛んで行き、フロントに命中した。ボンネットを吹き飛ばされて火だるまになった車は、慣性でしばらく走り、力尽きたように停止した。濛々とした炎と煙が立ち昇っている。これでは中の警備員の命はないだろう。シャフナーは折角加勢に来てくれた警備員がいとも簡単にやられてしまって深く落胆した。もう自分が一人で戦うしかない。
「良くやった」
 バナナは激励するようにグレープの肩を叩いた。
「ついでにネズミ達を炙り出してやろう」
 バナナはそう言うと、ミニバンからグレネードランチャ付きのM20Lを取り出した。
 丸い迫撃弾は弾丸の力で四○○メートル先まで飛ばす事が出来る。バナナは二階の窓を狙って迫撃弾を発射した。端の部屋の窓を突き破って、迫撃弾は室内で爆発した。中に入っている油が飛び散って、あっという間に部屋は火に包まれた。
「もう一発喰らえ」
 バナナは続けて隣の部屋の窓へ向けて迫撃弾を発射した。火に包まれる寝室。続いてバナナはランバート達が隠れる寝室へ狙いを定めた。窓から様子を伺っているランバートとバナナの目が合った。一瞬バナナが薄ら笑いをしたように思えて、ランバートの全身が震えた。
「リリアン、外へ飛び出せ!」
 ランバートはリリアンの体を抱きかかえるようにして、寝室のドアを突き破って外へ飛び出した。その瞬間、迫撃弾が寝室を直撃して爆発し、激しい炎が扉から吹き出してきた。リリアンをかばうように彼女に追い被さったままランバートは顔を上げた。目の前の部屋は真っ赤な炎に包まれている。寸前の所で二人は丸焦げにならずに済んだ。
 シャフナーがランバート達の所へ息堰切って駆けてきた。
「ここはもう燃え落ちるぞ! 早く逃げるんだ」
 シャフナーが叫ぶと二人は起き上がった。煙が充満する寝室を横切ってバルコニーへ飛び出して行く。
 先頭を走るシャフナーが目の前のレーザー光線の赤い線に気付き、身を屈めて部屋を飛び出して行こうとする二人を制止した。銃声が響きドアに命中した。シャフナーは寝室のドアから通路を覗くようにして応戦した。火の回りはとても早く、既に寝室から炎が吹き上げている。すぐにここを出なければ焼け焦げてしまう。シャフナーは焦った。
「もうお前らに逃げる場所はないぞ!」
 勝ち誇ったようにバナナは叫んで、通路から狂ったようにM20Lをぶっ放した。
 バナナのM20LとグレープのM1000で壁は蜂の巣になり、砕けた破片がバラバラと床にこぼれ落ちていく。まるで削岩機で壁を削っているようだ。
「おい止めろ!」
 バナナがM1000を撃ちまくるグレープの肩を叩いた。
「ここにいちゃ俺達までバーベキューになっちまう。下で奴らが出て来るのを待とう」
 バナナの言葉通り既に二階は通路まで火に包まれている。
 ここはもう限界だ。しかし出口には奴らが銃口を向けて待ち構えている。熱風が吹き上げる中、シャフナーの焦りは募った。どうする・・・・・・。自分が玉砕覚悟で突っ込んで行けば何とかなるかも知れない。しかしそれでもし自分がやられてしまったら、その後ランバートは捜査に協力してくれるのだろうか? あくまでも自分の任務はランバートを連れて帰る事なのだ。だがこのままでは自分も彼もここで終わりだ。火の手が迫る中シャフナーは戦う決心をした。そして突っ込む前にベレッタから弾倉を引き抜いて残りの弾を数えてみた。
「三発!」
 シャフナーは愕然とした。急いでホルスターからベレッタを抜いてきたので、予備の弾倉を持って来ていなかった。奴らがあのままこちらに向かって来ていたら確実にやられていた。そう考えると、今度は冷や汗が溢れて頬を濡らした。寝室は火の海で今更弾倉を取りに戻る事は出来ない。困ったシャフナーはふとコレクションホールで、リリアンが父親の銃のコレクションを見せてくれた事を思い出した。大量の銃器があの部屋にはある。
 シャフナーは二階のコレクションホールへ向かって走った。敵は外で見張っている様子で攻撃しては来ない。コレクションルームの扉を開けると、熱風が中から巻き上がってきた。部屋の中は濛々とした火に包まれている。
「うわ!」
 顔が焼かれそうな熱風にシャフナーは思わず後ずさりし、悲鳴を上げた。しかし躊躇している暇はない。火の手は瞬間毎に強くなってきているのだ。意を決してシャフナーは火の中へ飛び込んだ。炎の間を抜けながら、ガラスケースに近づき、ベレッタのグリップでガラスを叩き割った。目に付いたウィンチェスター銃を取り出すが、旧式過ぎて操作方法が分からない。
「何だこれは?」
 シャフナーはそれを床に放り投げて、次の銃を手にした。しかしそれはもっと古い単発銃だった。結局操作出来ずにまた床に放り投げる事になった。
「何でこんな骨董品しかないんだ」
 シャフナーは悲痛な声を出すと、必死に使えそうな銃を探した。そして隣のガラスケースにM16マシンガンがあるのに気が付いた。あれなら警察学校で見た事がある。シャフナーは思い出すと、ベレッタのグリップでガラスを叩き割って、M16を鷲掴みにして取り出した。しかし撃鉄を起こして引き金を引いても弾は発射されない。弾丸が入ってないのだ。
「弾はどこだ!」
 シャフナーは辺りを探すが、それらしい物は見当たらない。
「くそ!」
 諦めて床に投げ捨てようとした時、ストックの部分に予備弾倉ケースが取り付けられているのに気が付いた。ケースを開けると二個の弾倉があり、弾が装填されている。それをM16にセットし引き金を引くと、反動を伴って勢い良く弾丸が発射されガラスケースを砕いた。
「よっしゃ!」
 シャフナーは確認を済ませると、ベレッタを腰のベルトに差し込みM16を構えた。そして燃え落ちそうなコレクションルームを飛び出した。
「ふう、死ぬかと思った」
 掌で額を拭うと、煤で真っ黒になった。
 コレクションルームから飛び出してきたシャフナーを、玄関脇で見張っていたバナナが見つけた。すかさずロビーへ進みM20Lを発射した。しかしM16を手に入れたシャフナーも今度は負けてはいない。予期せぬ機銃攻撃にバナナはたじろぎ後ずさりをした。隙を見せたバナナの胸をシャフナーは撃ち抜いた。
「うわあ!」
 悲鳴を上げながらバナナは体を海老反らせて玄関先に倒れた。
 バナナが撃たれたのを見たグレープが、M1000を手にロビーに飛び込んできた。銃口が向けられてシャフナーは思わずバルコニーの床に伏せた。発射されたM1000の弾丸が、バルコニーの床を粉々に吹き飛ばしていく。グレープは無気味な雄叫びを上げながら奥へ踏み入ると、M1000を撃ち続けた。その度にバルコニーが砕かれていく。
 シャフナーは床が破壊されていない場所を探して転げ回るが、見る間に床は大きな穴が開いて、隠れる場所も少なくなっていく。しかも下から攻撃されている為に顔を出す事が出来ない。シャフナーはただ床に伏せている以外に手がなかった。
 その時シャフナーの目に、玄関の天井から吊り下がる巨大な丸いシャンデリアが目に入った。これを落として敵が怯んだ隙を狙おう。シャフナーは腰のベレッタを抜くと、寝転がりながらシャンデリアを吊っているワイヤーに狙いを定めた。
 M1000を撃ちながら前進するグレープが、床に散らばるクリスタルガラスの破片を踏んだ。パキッという音がした瞬間、シャフナーは引き金を引いた。弾はワイヤーに命中すると、ワイヤーを切断した。
 真っ逆さまに落下するシャンデリアを避ける間もなく、グレープは五○○キロの重量物の下敷きになった。無惨に飛び散ったガラスの破片の中に埋もれ、グレープは悲鳴すら上げる事が出来なかった。予想だにしない効果にシャフナーは興奮したが、喜んでいる暇はない。屋敷は今にも焼け落ちそうなのだ。
「ランバート早く来い。崩れるぞ!」
 シャフナーは起き上がると叫んだ。壁の影に隠れていたランバートとリリアンが階段を駆け下りて行く。ロビーを駆け抜けようとしたランバートの目の前に、突然M20Lを持ったバナナが立ち塞がった。"しまった、まだ奴は生きていたのか"、シャフナーの心臓は凍り付いた。既に銃口はランバートに真っ直ぐ向けられている。
「撃たないで!」
 まるでスローモーションでも見ているようだった。バナナとランバートの間にリリアンが楯になるかのように割って入った。その時、銃口が火を吹いた。真っ赤な血がリリアンの胸から吹き上がり、彼女はランバートに凭れかかるように、その場に音もなく崩れ落ちた。次の瞬間、シャフナーのベレッタがバナナの頭を打ち抜いた。飛び散る脳漿と血飛沫、バナナの体は玄関外まで吹き飛ばされた。
 リリアンの白いガウンが見る間に鮮血に染まっていく。息も絶え絶えの彼女をランバートはその腕にしっかりと抱きしめた。
「リリアン死ぬな! 死ぬなよ」
 ランバートの悲痛な叫び声がロビーに木霊する。
「ランバート、あなたが助かって本当に良かったわ。あなたの使命は世界を救わなければならないのよ。お願い皆を助けてあげて・・・・・・」
 口から血を流し言葉にならないようなか弱い声で、リリアンは言葉を絞り出した。そしてゆっくりと瞳を閉じた。
「リリアン! 俺を残して行くな。どこへも行くな!」
 ランバートが叫んでも、リリアンの瞳が二度と開く事はなかった。
「ランバート早くしないとここは焼け落ちるぞ!」
 急かすようにシャフナーが怒鳴った。
「僕は行かない。このまま彼女と一緒にいる」
 大粒の涙をボロボロと流しながら、ランバートはリリアンの亡骸を強く抱きしめた。
「馬鹿野郎! 彼女の意志を無視するのか。彼女はお前に世界を救ってくれと言い残したんだぞ」
 シャフナーはランバートを叱るように怒鳴った。シャフナーの言葉に我に返ったランバートはゆっくりとシャフナーを見上げた。
「分かった。分かったよ。絶対に僕は許さない。あいつを必ず倒してやる!」 
 流れる涙を拭く事もせず、握り拳を震わせたランバートの表情には怒りが満ち溢れていた。ランバートはリリアンを抱き上げると、その唇にそっと別れのキスをした。
「ここは君の大好きな場所だったね・・・・・・」
 ランバートはそう言うと、リリアンの亡骸をロビーの床に優しく寝かせた。彼女の顔に苦しみの表情はなく、微笑むように穏やかだった。シャフナーがランバートの手を引き、慌てて玄関を出て行ったまさにその時、屋敷が轟音を立てて崩れ落ちた。ランバートは立ち止まって振り返った。炎の向こうにリリアンの亡骸が見える。
「リリアン・・・・・・」
 熱風と火の粉が舞い散る中、彼女との思いを断ち切るかのようにランバートは呟いた。
 シャフナーは玄関先に倒れているバナナの姿を見た。
「こいつ一体何者なんだ?」
 シャフナーはバナナの死体を物色してHDカードを見つけるとそれをポケットにしまい込んだ。

 怒りと悲しみに暮れるランバートを引き連れて、シャフナーは屋敷脇に停車させてあった自分の車に戻った。彼が車に乗り込もうとした時、
「乗っちゃ駄目だ!」と、ランバートが制止した。
 その声が余りにも大きいので、シャフナーはそのままの態勢で硬直してしまった。
「この車を使ってはいけない」
 ランバートは言った。意味の分からないシャフナーは、怪訝な面持ちをして立ち尽くすしかなかった。
「何を言っているんだ?」
「この車は指紋認識をした時点でコンピューターに接続される。敵に僕達の位置を探し当てられてしまうぞ」
「どう言う意味だ?」
「前にも言ったように、敵は反乱したコンピューターなんだ。ネットを使って交通センターのコンピューターに侵入して、僕達のいる場所を見つけてしまう。その上、この車のコンピューターを乗っ取って僕達を事故に巻き込む事も出来るんだ」
 シャフナーはランバートの言う事が信じられなかったが、思い当たるふしがあった。自分がここを訪れてからすぐに追っ手が来たのも、敵がこの車のコンピューターの位置情報を盗み出したからに違いない。ひょっとするとPDAの会話内容も、聞かれてしまったかも知れない。その事をシャフナーは後悔したが、今更後の祭りだ。
「でも車を使わずにどうやってここから出るつもりだ?」
 シャフナーは尋ねた。
「良い考えがある」
 ランバートは空を真っ赤に染めて燃える屋敷の方を見た。
 二人は燃え盛る屋敷の敷地に舞い戻った。
「おい、またここに残るなんて言い出さないだろうな?」
 シャフナーは心配した。
「大丈夫、敵を倒すまでは、ここには戻らないよ」
 ランバートは敷地の端に建つ、大きな平屋のガレージのシャッター扉を開けようとした。しかし鍵が掛かって開かない。
「任せろ」
 シャフナーがベレッタのグリップで扉にはめ込まれているガラスを叩いた。これを割って中の鍵を外そうとしたのだ。しかし防弾ガラスになっていて、叩いても跳ね飛ばされるだけでびくともしない。
「何てこった」
 シャフナーは渋い顔をした。
「役に立たない奴だなあ」
 ランバートは馬鹿にしたように言い、シャッター脇の扉の暗証鍵のボタンを幾つか押した。ガチャという音がしてロックは簡単に解除された。
「あれ、どうやったの」
 シャフナーは呆気に取られた。
「これでも一応HC2を持ってますので」
 ランバートは皮肉を言うと扉を開けた。
 人間の体温を感知して、天井に設置された照明が点灯した。真っ暗な中から二十世紀を代表する名車達が姿を現した。
 T型フォードのような黎明期の車から、フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、ロータス、コルベット、ムスタング、F1やCARTといったレーシングカーなど三十数台がガレージには納められていた。見事なコレクションだ。
「凄い、壮観だなあ」
 磨き上げられて光り輝く名車達を前にシャフナーは唖然とした。
「昔の自動車雑誌で見た物ばかりだ」
 興味ありげにシャフナーは車内を覗いた。
「リリアンが言ってたけれども、どれもメタノールで動くように改造されているらしいんだ」
 ランバートが説明した。
「内燃機関だからな。昔はガソリンを使っていたらしい。酷い排気ガスが出たそうだ」
「それが温暖化の大きな要因だったって小学校で習ったよ」
「しかし困ったなあ。俺は昔のギアチェンジをするタイプの車は動かした事はないんだよ。オートマチックとかは警察学校で少し動かした事はあるけれども・・・・・・」
 シャフナーは旧車を前に腕組みをしてどうしたものかと迷っている。
「あるんじゃないか。そのオートマチックって車」
 ランバートは赤色のフェラーリ・テスタロッサのドアを開けた。シャフナーが覗き込んだ。
「この真ん中のレバーみたいなのがチェンジレバーって奴だな。これは駄目だ」
 諦めてシャフナーがドアを閉めた。
「駄目? これ格好いいのに」
 フェラーリを前にランバートは残念そうな表情をした。
 シャフナーは次々と車のドアを開けて中を覗いてみた。
「お、これなら使えるんじゃないか?」
 シャフナーが黒いコルベットスティングレーの前で立ち止まった。車に乗り込むとキーを回した。クンクンとセルモーターが回る音がしてエンジンに火が入った。腹を揺らすような凄まじい重低音がガレージ内に響き渡る。
「何て音だ、壊れているんじゃないのか?」
 初めて内燃機関の音を聞いたランバートは、余りの轟音に両手で耳を押さえた。
「これじゃ内燃機関が絶滅するのも無理ないなあ」
 シャフナーも呆れたように呟いた。
「ところでどうやったらこれ動くの?」
 ランバートは問い掛けた。
「これを"D"って所へ入れるんだよ」
 シャフナーがオートマチックのレバーをDレンジに入れた。そしてアクセルを踏み込むと、凄まじい加速でコルベットは走り出した。
「うわあ!」
 シャフナーの悲鳴も空しく、コルベットは目の前のガレージの電動シャッターに突っ込んで、扉を吹き飛ばした。
 芝生に飛び出し、車はスピンを繰り返しながらようやく停止した。ランバートが慌てて車に駆けつけると、車内には顔面蒼白のシャフナーの姿があった。
「この車はやめよう・・・・・・」
 シャフナーはそう言うのが精一杯だった。
「駄目だ。これしか走らせれる車はないから頑張ってよ」
 ランバートが頼んだ。
 シャフナーはランバートを連れて帰る使命を思い出して、コルベットを走らす決意をした。
「命の保証はしないぞ」
 シャフナーは警告した。
「それは望むところだ」
 ランバートにはもう覚悟は出来ていた。
「分かった、乗れ!」
 シャフナーは助手席のシートを叩いて彼を招いた。ランバートは頷きドアを開けると低いシートに座った。
「行くぞ」
 シャフナーがアクセルを踏み込むと、芝生の上でタイヤが空回りしてまともに前へ進まない。アクセルの踏み過ぎに気が付いて、アクセルを緩めた。トラクションを取り戻したコルベットは真っ直ぐに走り始めた。敷地を抜けて通りへ飛び出すと、轟音を響かせながコルベットは走り抜けて行った。