第19章 戦 闘(2)

 屋外を隈なく監視する暗視カメラの映像が、CUBEにリアルタイムで送られている。正面玄関には五百名を越す米兵の姿と、バリケードのように囲まれた五十台以上の装甲車などの戦闘車両。裏口にも米兵と装甲車の姿がある。ビルの四方を完全に包囲されてしまった。米兵がこれだけの兵力を擁していれば、メロ軍など二時間持てば良い方だろう。しかしメロ軍が全滅したとしても、パスワードを変更した後では、保管庫は誰にも開けられない。その上、もうプログラムを操作する事も出来ない。データ転送終了までの残り六時間の間、人類はどう足掻いても自分を止める事は出来ないのだ。
 CUBEの企ては完璧に達成される予定なのだが、どうしても安心出来ない理由が一つだけあった。それはランバートの存在だ。完全に片付けたと思ったのに奴は生き残り、自分の内部に侵入してきた。今後どんな手をランバートは使って来るか分からない。奴がここへ現れる前に、どうしても始末しなければ危険だ。
 CUBEは何故今までランバートを発見する事が出来なかったのか検証した。車を利用すれば車載コンピューターから情報が得られるはずなのに、奴の車からは何の情報も入って来ない。何故だ? CUBEはストーンの屋敷から、ムーアのメタノールスタンドまでの間の道路に設置されている、交通監視システムのカメラデータを調べる事にした。必ずそこに奴の車は写っているはずだ。
 CUBEは交通監視センターのコンピュターに接続した。その中の膨大なデータを検索して、時間と場所を限定した。するとムーアのスタンドから、二○キロ程離れた場所の監視カメラが映像を捕らえていた。映像は一瞬だが、それでも充分なデータだ。画像分析ソフトで、道路上から通過した車のぼやけた姿だけを切り取った。そして画像補正を掛けると、ハッキリと車の姿が浮かび上がってきた。それを元に車種を割り出す事が出来る。
 CUBEは現れた車を見て驚いた。そこには百年近く前のシボレーコルベットスティングレーが写っていたからだ。この時代の車であれば、車載コンピューターなどあるわけない。これで自分が情報を得られなかった理由が分かった。続いてストーンの不動産リストの中の車のコレクション欄を呼び出した。そこにはシボレーコルベットの名も記載されていた。間違いなくこの車にランバートは乗っている。そしてこちらに向かっている。
 CUBEはランバートのシカゴ到着時間を割り出してみた。画面には時速一二五キロの速度が記録されている。この速度で走れば、後三時間半から四時間の間でこちらに到着する。その前に何としても奴を片付けなければならない。
 CUBEはこのビルまでの最短距離として、東からシカゴへ入る高速を必ず彼らは利用するだろうと予想した。そしてその入口で待ち伏せて始末させようと計画を立てた。
 シカゴにも"掃除屋"と呼ばれるメロのチームがある。CUBEは彼らにメロンの名前で、ランバート達の車を見つけ次第破壊して殺害するようにと、仕事のメッセージに画像データを添付して送り付けた。

 メロンがロビーまで降りて来ると、サーチライトの光でロビー内は明るく照らされていた。余りの眩しさに、メロンは思わず左の掌で光を遮った。
『お前達は完全に包囲されている。抵抗をせずに出て来れば発砲はしない。お前達の要求を聞かせてくれ!』
 拡声器のがなり声が耳に突き刺さる。
 アメリカ陸軍のアイザック・ウェルマン将軍が、装甲車の脇からマイクを握ってメロン達を説得している。ウェルマンはイリノイ州の陸軍将校で、この米兵達の指揮官だ。高齢だが、がっしりとした外観と、堂々とした態度で部下達からの人望も厚い。あの第五次中東戦争の英雄でもある。
 ビルの周りに全米ネットワークのテレビ局や、ネットテレビの放送車が取り囲み、放送を開始している。
「こちらはシカゴフライ社前です。コンピューター会社のフライ社を占拠している犯人達と、アメリカ軍との睨み合いが現在も続いています。犯人の要求がハッキリしない為、行動を開始する事が未だに出来ません。いつまでこの状況が続くのでしょうか・・・・・・?」
 テレビ局の女性キャスターが、ビルを背に状況をリポートを続ける。
「うるさいテレビ局の連中だなあ」
 ウェルマンは装甲車のディスプレイに映し出される、テレビ放送を鬱陶しそうに眺めた。
『将軍、ホワイトハウスから緊急連絡が入ってます』
 通信兵からウェルマンのインターコムに連絡が入った。
「何、ホワイトハウスからだって? 何の用だ?」
 ウェルマンは訝しそうな表情をした。
『大統領補佐官が直接将軍とお話したいそうです』
 通信兵に言われて、仕方なくウェルマンはインターコムを切り換えた。
「はい指揮官のウェルマンですが」
『君がそこの指揮官か? 私は大統領補佐官のサミュエル・ルーベンスだ』
 相手はルーベンス本人だった。
「はい存じています」
 ウェルマンは丁重に返事をした。
『そこのフライ社を占拠している連中はメロ組織の可能性がある』
 ルーベンスの低い声が、インターコムから響いた。
「メロですか、何でそんなテロ組織がコンピューター会社を占拠するのですか?」
 ウェルマンは尋ねた。
『ここで詳しい事を説明している暇はない。とにかくどんな手を使っても構わない。大至急に奴らを排除するのだ。そしてすぐに地下のコンピューターを停止させろ』
「またどうしてコンピューターを?」
 ルーベンスの命令はウェルマンには疑問だらけだ。
『今は詳しく説明していられない。ただハッキリしているのは、君達の手に人類の未来が掛かっているのだ。そしてこれは大統領命令でもある』
 人類の未来と大統領命令という言葉を聞いてウェルマンは体が興奮して来るのを感じた。根っからの軍人の血が騒ぎ出したのだ。
「分かりました。必ず遂行いたします」
『君には期待をしているぞ』
 ルーベンスはそう言い残すと無線を切った。
「よし、奴らを潰すぞ」
 ウェルマンは拳に力を入れて武者震いすると、彼の使命感に激しく火が点いた。

 ロビーは相変わらず眩しいサーチライトの光が溢れている。その光の中で立ち尽くすメロンをパナマが見つけて側にやってきた。
「おいメロンどうするつもりだ。これじゃ逃げ出す事は出来ないぞ」
 パナマはこの状況に混乱している。
「逃げるだと、ふざけた事を言うな。もう少しで俺達は世界を手に入れられるんだぞ」
 メロンは興奮して息巻いた。
「でもどうするんだよ」
 パナマの不安は治まらない。
「戦うのだ、最期の一人まで!」
 果敢にメロンは目を見開き声を張り上げた。
「馬鹿を言うな、敵の兵力を見ろ。俺達に勝ち目はないぞ」
 パナマは無理だと言うように首を横に振った。
「弱音を吐くな! お前も祖国の栄冠を願って戦ってきたのだろう。今更怖気付くんじゃない」
 気合いを入れるようにメロンがパナマの頬を平手で強く叩いた。そして両手を広げて、ビル内にいる兵士の全てに聞こえるような大声で叫んだ。
「皆聞け! この戦いに勝利すれば、我々は世界の指導者になる事が出来る。祖国の未来を賭けて、どんな事をしてでも勝利するのだ!」
 メロンの熱い叫びに、メロ兵士達の士気が鼓舞し、"おお!"と、怒濤のような声がロビーに響いた。
「レモン、銃を寄こせ」
 メロンが言うと、構えていたM20Lをレモンは放り投げた。メロンはそれを受け取ると、銃口を玄関の先にいる米軍に向けて、引き金を引いた。玄関のガラス扉が粉々に吹き飛び、銃弾が米兵へ目掛けて飛んで行く。それが発火点となり、メロ兵士達の一斉攻撃が始まった。銃弾が耳元をかすめて思わず装甲車脇へと兵士は身を伏せた。弾は装甲車に当たって甲高い音と、火花を飛ばす。
「奴らやるつもりなのか」
 気狂いじみた銃撃にウェルマンは戸惑った。しかしメロ兵士達は銃撃の手を緩めず、攻撃は激しくなるばかりだ。弾に当たって倒れる米兵も現れ、このままでは危険だ。ウェルマンは決断した。
「全員攻撃をしろ!」
 ウェルマンの号令を待ちかねたかように、米兵の総攻撃が開始された。五百人の米兵の機銃がロビーの一ヶ所に集中される。雨霰と撃ち込まれる弾丸で、ロビーの外壁はバラバラと崩れ落ち、蜂の巣のような弾痕が一面に出来ていく。
 激しい攻撃に堪らず、メロンはロビーから逃げ出した。玄関に狙いを定めて装甲車からロケット弾が発射された。ジェット噴射の煙を靡かせて、ロビーの奥へ弾は飛び込むと炸裂した。爆風と炎でロビー内にいた多くの兵士と共に、レモンとアップルも吹き飛ばされた。
「馬鹿者達め、思い知ったか。よしビルの中へ突入しろ!」
 既に勝ち誇ったように拳を突き上げて、ウェルマンは叫んだ。
 ロビーからの銃撃が止んだのを確認して米兵の一団が、ビルへ向かって一斉に走り出した。それを見た二階の屋根に潜んでいたメロ兵士が反撃を開始した。その銃撃に勢い良くビルへ進撃しようとしていた米兵の足が止まった。数名の米兵がその銃撃の犠牲となり、駐車場に倒れて行く。しかし米兵の援護射撃で、二階のメロ兵士はあっけなく倒された。
 CUBEは玄関が破壊されて今にも進撃されそうなのを知り、玄関の鋼鉄製のシャッターを下ろした。このシャッターは少々の銃弾を寄せ付けない位頑丈に出来ている。米兵達はシャッターが下りる前にビル内に駆け込もうと急いだが、一瞬早くシャッターは閉じられた。その為、先頭の兵士がシャッターに激突し、悔しそうに米兵達は足を止めざる得なかった。
 次の瞬間、団子状態で固まる米兵の頭上へ、数個のデジタル式手榴弾が落ちてきた。逃げる間もなく手榴弾は炸裂して、その場にいた十人の米兵を吹き飛ばした。後には負傷して藻掻き苦しむ兵士の呻き声が響く。
 メロの兵士達はなるべく高い階へ登り、そこで銃を構えた。高さが高ければ下の米兵は攻撃がし難くなり、逆にこちらは狙いを付け易くなる。メロ兵士達は三十階以上に陣取り、ガラス窓を開け放つと攻撃を再開した。
 高所から攻撃されて、隠れ場さえ失った米兵達は逃げまどい装甲車や車の影に身を隠すのが精一杯だった。続けてロケット弾が追い打ちを掛けるように何発も発射されて、装甲車は爆撃され炎に包まれた。
「攻撃用ヘリをすぐに用意しろ。あんなに高い所から攻撃されては堪らん!」
 ウェルマンは腹立だしそうに怒鳴った。

 メロンの追撃から逃げたレナードは、二十階の食堂の食料保管庫に隠れていた。冷凍庫の緑色の表示灯だけの暗い部屋だ。だがここには監視カメラはないので、CUBEに気付かれる事はないだろう。一息つくようにレナードは小麦粉の袋の上に座った。緑色の光が、彼の顔を一層重苦しく照らしている。
 レナードはCUBEの反乱をどうすれば止められるか方法を模索していた。しかしパスワードが変更された今では自分がCUBEを停止させる事は出来ない。CUBEのメインプログラムを書き換えるにも、保管庫の扉を開けるのにもパスワードが必要なのだ。その上保管庫は水爆級の核攻撃にも耐えるように強固に設計されている。たとえ外部電源を落としても、無停電システムにより、CUBEは一ヶ月間も作動する事が出来るのだ。
 今やHC1を所持する者がCUBEのメインプログラム内に侵入して、AIプログラムを書き換えるか、保管庫のドアを開けて無停電システムを手動で切る以外、CUBEを停止させる方法はない。しかしHC1を唯一所持していたローランド博士が死去した現在ではそれも不可能だ。悲しい事にもはや誰にもCUBEを止める事は出来ない。何故もっと早くCUBEの異変に気が付かなかったのだろうか? 八方塞がりのレナードは後悔して、暗闇の中で一人頭を抱えた。
 
 米軍は意外にも苦戦していた。メロ兵士達を狙おうにも場所が高過ぎて攻撃が出来ないのだ。
「ロケット弾をぶち込め! まだヘリコプターは来ないのか」
 ウェルマンは不利な戦況に苛つき、側の兵士のヘルメットを叩き付けた。
 装甲車からロケット弾が、ビルの四十階に狙いを付けて発射された。発射に気付いたメロ兵士が部屋の奥へと逃げ込んで行く。ロケット弾が窓際の外壁を激しく破壊して、メロ兵士は爆風で散乱した机や椅子の下敷きになった。が、無傷で立ち上がると、再び窓際に向かい銃撃を続けた。
 ローターの轟音を響かせて、米軍のAH200マングスターヘリコプターが到着した。マングスターヘリは米軍のアパッチヘリの後継機で、水素エンジンを搭載した前後二座席式の高性能戦闘ヘリコプターだ。
『敵は三十階から四十階辺りにいる。機銃攻撃と対空ミサイルで殲滅させろ!』
 ヘリの無線にウェルマンの指示が入ってきた。
「了解」
 後部席のパイロットが応答すると、マングスターヘリは機体を翻してメロ兵士を探した。三十五階付近で機銃を乱射するメロ兵士を見つけると、上空で停止をし、ゆっくりと下降をし始めた。米軍を銃撃するメロ兵士の目の前に、マングスターヘリが降りてきた。パイロットの顔が見える程の近距離にヘリが現れて、メロ兵士は仰天した。素早く狙いをヘリに向けると、機銃を乱射する。しかし超鋼板のボディと、防弾ガラスに阻まれて弾は全て弾かれてしまう。
 前席の射撃兵のヘルメットに取り付けられたHUD照準システムがメロ兵士を捕らえると、すかさず機体の先端に取り付けられた三○ミリチェーンガンの作動ボタンを押した。毎秒十発という大量の弾丸を発射出来るチェーンガンの威力は凄まじく、メロ兵士の体をバラバラにしただけでなく、三十五階のガラス窓と、フロアの壁を粉砕して瓦礫の山を築いてしまった。吹き飛ばされて破損したオフィス機器が所々でショートして電気火花を上げている。
『よしその調子で、他の階も叩き潰せ』
 ウェルマンの浮きだった声が無線から聞こえてくる。
「了解」
 無表情なヘリのパイロットは応答をし、次の獲物を探してビルの周りを飛び回った。そして四十階付近で五人程の兵士が銃撃をしている所を発見した。パイロットは素早くその場所に移動すると、メロ兵士達の眼前に停止した。メロ兵士の中にはピーチの姿も見える。ヘリに睨まれた兵士達は恐怖に震えて銃撃を止め、慌ててその場を逃げ出した。射撃兵が素早くチェーンガンを発射し、ピーチを含む数名の兵士を射殺した。しかし全ての兵士を倒すには至らず、残りの兵士は既に部屋から逃げ出していた。
 狙撃兵はヘリの両脇に付いた、対空用スティンガーミサイルの発射ボタンを押した。ミサイルは一直線に部屋を直撃して爆破し、フロア壁を突き抜け、ビルの反対側まで風穴を開けてしまった。爆発で生じたガラス片や、ブロックの破片が大量に地面に散蒔かれている。
 ビルはマングスターヘリの攻撃で、無惨な姿に変貌していく。上階の窓ガラスは破壊されて、スティンガーミサイルの攻撃で作られた横穴から、濛々たる煙が立ち昇っている。ビル内のメロ兵士達はもっと無惨だ。マングスターヘリに狙われた者は逃れる間もなく殺されて、メロ軍は既に半数以上の兵士を失っていた。
 CUBEはその様子を監視カメラの映像で確認し、危険を感じていた。このままでは予定よりもずっと早くメロ軍は全滅させられてしまう。CUBEは反撃をする為に、マングスターヘリの機体に描かれたコードナンバーからヘリの所属基地を割り出した。そしてその基地のコンピューターに接続すると、マングスターヘリの制御用コンピューターに侵入した。
 マングスターヘリのパイロットは、急にローターの回転が上がらない事に気付き焦った。CUBEが燃料供給装置のプログラムを停止させたのだ。パイロットは必死に回転を上げようと、スロットルを開けた。しかしプログラムを失った水素エンジンは、抵抗空しくその回転を停止させてしまった。
 ローターが停止したマングスターヘリは急降下をし始めた。パイロットが態勢を立て直そうと最期の足掻きを見せたが、その甲斐もなくヘリは錐揉みを起こした。ヘリは回転しながらビルの外壁にテ−ルローターを接触させて、螺旋状の軌跡を描くように窓ガラスを砕いていく。機体を立て直す事はもう不可能だ。
 高層ビルの間の道路にテレビ局の中継車が停車している。マングスターヘリはその真上に墜落して、並木をなぎ倒し、地震のような地鳴りと共に大爆発を起こした。爆風と真っ赤な炎が舞い上がり、道路上は一瞬として火の海と化した。バラバラになったヘリと中継車の破片が飛び散り、周りのビルの窓ガラスを直撃して破壊している。中継車から局員は墜落寸前に逃げ出して無事だったが、ヘリの残骸の中にはまだ乗員が取り残されている。
「早く助け出せ!」
 ウェルマンの悲痛な叫びも空しく、炎と熱風の為に誰も近づく事が出来ない。炎は益々激しくなり、この中で乗員が生存している可能性はないだろう。
「何てこった・・・・・・」
 ウェルマンは青ざめて、言葉もなく立ち尽くした。
 メロンは何故マングスターヘリが墜落したのかは分からなかったが、最悪の事態から逃れる事が出来て胸を撫で下ろした。これでまた上階から有利に攻撃が続けられる。
 ウェルマンはもう強行突破による侵入しか方法がないと判断した。玄関の鋼鉄製シャッターは頑丈ではあるが、ロケット弾の攻撃にまで耐えられるとは思えない。そこを破壊して、その間から侵入しよう。上からの銃撃は激しいだろうが、援護射撃で凌ぎ隙を作るしかない。
「よし作戦を連絡する。今から我が師団を二つに分ける。ジョーダンとコックスの隊だ。ジョーダンの隊は援護に回れ、コックスの隊がビル内に侵入する。ジョーダンの隊はとにかく撃ちまくって援護しろ。分かったか」
 ウェルマンの号令に威勢良く兵士達が返事をした。
 装甲車上のロケット砲が、玄関のシャッターに照準を合わせる為に動き出した。コックスという三十歳台の若い隊長の後ろに、彼の部下達が突撃の態勢を作って待機している。ビルの上からはメロ兵士達の銃撃が絶え間なく続いている。対抗するようにジョーダンの隊の兵士約百名が、一斉にビルの高層階へ向けて銃撃を開始した。ガラス窓が粉々に砕け散り、壁を破壊していく。メロの兵士は激しい銃弾の中、窓際に全く近づく事が出来ない。その時ロケット砲が火を吹き、真っ直ぐにシャッターを直撃して爆発した。真っ白い煙で一瞬辺りが見えなくなった。
 援護射撃の効果を確認して未だ白煙の上がる玄関へ向け、コックスの隊の兵士達が一斉に駆け出した。百名の兵士が一団となって破壊されたシャッターの狭い隙間を目指した。兵士達がコンクリートの瓦礫の山を乗り越えて、次々とビル内へ飛び込んで行く。明かりの消えたロビーの中に敵の姿はなく、いち早く飛び込んだ兵士を戸惑わせた。不意打ちを警戒するように兵士達は、腰を屈め機銃を周りに向けている。
 サーチライトの光の中、兵士達は敵が隠れそうな場所を調べた。階段下、管理制御室、エレベーターホール、トイレ。数人のメロ兵士の死体が床に転がっている。米兵はその死体を銃口でつついて死亡を確認した。息をしないレモンとアップルの死体も、瓦礫の中に埋もれている。一人の兵士がトイレの奥で血塗れのクリフォードの死体を発見した。しかし生存する敵の姿を見つける事は出来なかった。
「隊長! ここに敵の姿は見当たりません」
 若い兵士がコックスに報告した。
「うむ、奴らこのビルの高層階へ全員移動したようだな」
 コックスは口髭を撫でながら呟いた。
「隊長! エレベーターは動いていません。上へ登るには非常階段を使うしかなさそうです」
 エレベーターホールを調べた兵士が戻ってきて報告した。
「非常階段で上まで登っていたんじゃブッ倒れてしまいますよ」
 若い兵士は冗談じゃないという表情を浮かべた。
「非常階段のような狭い通路じゃ狙い撃ちにされてしまう。上に到着する前に全滅させられてしまうぞ。奴らめ考えたなあ」
 コックスは恨めしそうにそう言って考え込んだ。
「ただヘリの攻撃を受けて、敵の兵力は激減しているはずだ。兵力的には我々の方が遙かに大きい。非常階段しか進むべき道がなければそこを通って行くしかない。大丈夫、神は必ず我々の味方をしてくれる」
 コックスは危険を承知で決断した。兵士達は不安そうな表情を浮かべたが、異論を唱える者はいなかった。
 非常階段はエレベーターホールの一番隅に一ヶ所だけあり、ここから最上階の五十二階まで続いている。しかし敵の奇襲を受ければ、そこがそのまま天国への階段に繋がってしまう。そう思うと非常扉のノブを回すコックスの手は小刻みに震えた。開けられた扉の上には、永遠に続くかのような長い長い階段が続いている。換気扇の低い低周波音が無気味に壁に反響している。
「行くぞ!」
 コックスは自らを奮い立たせるように叫び、機銃を進行方向へ向けて飛び出した。敵からの攻撃はなくホッとするが、それでも安心は出来ない。一段一段慎重に気を引き締めながら登って行く。
 兵士達の装備は迷彩色一色にまとめられている。ヘルメットには、ライトと無線機、赤外線暗視装置が取り付けられていた。またそれぞれがIDコードを持った発信器を装着しており、それによって互いの位置を確認する事も出来る。その情報は全て顔面を覆う、透過型有機バイザーに表示されるようになっている。これだけのハイテク装備を備えていても屋外ならともかく、この狭い非常階段では能力をフルに発揮する事は難しい。
 五階、六階とコックスを先頭に列を作りながら登って行く。敵の反応はまだ現れず、この静けさが逆にとても無気味に思える。敵は何か策略を巡らせているに違いない。
 のろのと階段を登り、いつの間にか階は二十階を越えていた。もう敵は報復をせずに降参するのではないか、そんな思いが一瞬の気の弛みを誘発した。バイザーの発信器が反応した瞬間、階段を転げ落ちて来る物体が目に入った。それは丸いデジタル式手榴弾だった。
「伏せろ!」
 叫ぶコックスの脇を手榴弾が跳ねるように通り過ぎて行った。振り返った途端、中団辺りの兵士の大列の中でそれは炸裂した。兵士の体が吹き飛び、肉体の一部が階段に散らばり、悲鳴が辺りに響き渡った。再び階段を跳ねながら、複数個の手榴弾が転がり落ちてきた。続けて炸裂し兵士が吹き飛ばされて行く。この攻撃で米兵士達のチームワークが完全に乱れた。慌てて非常階段から逃げ出そうとする兵士が続出した。
 兵士とはいっても実際の戦争体験などない若者ばかりである。初めて遭遇する命がけの戦いに怖気付くのは無理のない事だ。収拾がつかない混乱にコックスは動揺した。遂に恐怖から辺り構わず機銃を乱射する兵士まで現れた。
「みんな落ち着け! 冷静になるんだ!」
 コックスは怒鳴り、落ち着かせようと必死になった。しかし混乱は治まるどころか、益々酷くなっていく。部下達の余りの不甲斐なさに、怒りすら感じたコックスは、天井に向けて機銃を乱射した。兵士達は突然のコックスの行動に驚き、次第に沈静していく。
「いい加減にしろ、お前らはそれでも偉大なるアメリカ合衆国政府の兵士か!」
 コックスはバイザーを上げて、必死の見幕で怒鳴り散らした。
「恥を知れ、もっとしっかりしろ」
 コックスの言葉に兵士達は我に返り、冷静さを取り戻した。
「負傷した者は下へ戻れ、歩けない者は一人ずつ介護して連れて行け。残った者は俺と一緒に戦う。いいな」
 自らの興奮を抑えるような、落ち着いた口調でコックスは言った。
 冷静さを取り戻した兵士達は頷き、負傷者の介護をする者と、作戦を続行する者に分かれた。作戦を続行する兵達はコックスの後に付いて再び階段を登り始めた。二十二階に達した時、隊は進行を止めた。非常扉が半分程開いたままになっているのだ。
「さっきの手榴弾はここから投げ込まれたようだ。ボイト、リード、ハウ、お前達はこの階を調べろ」
 コックスが指示をした。
「分かりました」
 ボイトが返事をした。
 三人が二十二階の非常扉を慎重に開けて中へ消えていくのを見て、無事に戻ればいいがと、コックスは彼らの無事を祈った。
 敵がどこに潜んでいるのか分からないので、一階登る毎に兵士を二名ずつ調査の為に残していく。兵力は少なくなるが、敵を殲滅する為には仕方がない。
 米兵が三十階に達した時、目の前に突然銃口が現れて火を吹いた。メロ兵士達のいきなりの待ち伏せ攻撃だ。一番最初に犠牲になったのは先頭を切っていたコックスだった。まともに近距離で胸に銃弾を受けて彼は吹き飛ばされた。先頭集団を作っていた米兵は、メロ兵士の攻撃であっという間に崩れ落ちていく。しかし米兵達は、今度は取り乱しはしなかった。態勢を立て直すと、メロ兵士達に向けて反撃を開始した。
 狭い非常階段での銃撃戦の為、弾はコンクリート壁に蜂の巣のような無数の穴を開け、コンクリートをボロボロと剥がれ落とした。鉄製の手摺や階段に当たった銃弾が、火花を散らしている。余りの猛反撃にメロ兵士達は慌てて退散するしかなかった。逃げるメロ兵士を見て米兵達の罵声が飛んだ。銃声が止み、壁際で倒れるコックスの元に兵士達が集まってきた。
「隊長見てくれましたか」
 若い兵士がコックスを抱きかかえた。胸を鮮血に染めてコックスは息も絶え絶えに兵士の胸を掴んだ。
「ああ、でも気を抜くな。奴らはどこに潜んでいるか分からない。さあすぐに行け・・・・・・」
 コックスは声を引き絞ると息を引き取った。胸を掴んだ手の力が次第に抜けていく。彼の死に辺りは一瞬重苦しい雰囲気に包まれた。
「隊長の死を無駄にするな!」
 一人の兵士が声を張り上げた。それが再び皆を奮い立たせた。米兵達は機銃を振り上げると、奇声を発しながら非常階段を駆け登って行った。後には息絶えて壁にもたれたコックスと、数名の兵士の遺体だけが残されていた。
 米兵達は一気に三十五階まで駆け登り、抵抗するメロ兵士達を撃ち倒していく。米兵とメロ兵士達の直接戦が始まった。仕切のないだだっ広いフロアで、互いに机やロッカーを寝かせてバリケードを作った。
 平坦なフロアで米兵のハイテク装備が威力を発揮し始めた。ヘルメットのバイザーには敵の位置が赤い点で表示される。味方は緑色だ。温感センサーとIDコードを受信して、敵味方の識別をしている。米兵達はバイザーに現れる赤い点に向けて機銃を発射すれば良かった。それに暗がりの中でも赤外線暗視装置が役に立つ。メロ兵士がまた一人、また一人と倒れていく。逆にこのような装備を持たないメロ兵士達は、米兵がどこに潜んでいるのか分からず、狂ったように辺り構わずに機銃を撃ち続けた。
 壁は崩れ落ち、手榴弾の爆発でカーテンや絨毯に火が移った。火災の濛々たる煙が立ち込める中でも怯まず兵士達は戦っている。月明かりとサーチライトの明かりだけだった室内が、燃え盛る炎で明るくなった。これでメロ兵士には敵の判別がし易くなった。
 戦闘は益々激しさを増していく。階下や階上でも同様の戦闘が続けられていた。ビルの高層階では、至る所で激しい銃撃戦が行われ、まさにビル全体が戦場と化していた。
 手榴弾が炸裂し、ロケット弾が発射されて兵士が吹き飛ばされる。メロンも机を楯にしながら機銃を乱射し続けた。
「形勢は不利だ、このままじゃ全滅するぞ」
 メロンの所へパナマが弾を避けるように這いながらやってきた。二人は机の下に身を隠した。
「今何時だ」
 メロンが尋ねた。パナマは左手の腕時計を見た。
「三時三十五分だ」
 パナマが答える。
「後二時間持ち堪えろ!」
 メロンは怒鳴った。
「無理だ、もう既にこちらの兵力は底をついている」
 悲壮なパナマの声を裏付けるように、すぐ側で手榴弾が破裂して破片が飛んできた。腕に破片が突き刺さってパナマは顔を歪める。
「最後の一兵まで戦え!」
 メロンは叫ぶと立ち上がり、米兵へ向けて機銃を乱射しまくった。
 ガラス窓が飛び散り、壁は崩壊し瓦礫と化している。もう綺麗なオフィスビルの面影はどこにもない。手榴弾が炸裂する度に兵士の悲鳴と白煙と濛々たる砂埃が舞い上がり、視界が妨げられる。その砂塵の向こうから機銃の火花が瞬いて銃弾が飛び交い、兵士達は思わず頭を下げた。ビル内に地獄のような轟音と銃声が止む事はなかった。
 外ではビル内の戦闘をウェルマンや兵士達が見守っている。形勢が有利と見たウェルマンが動き出した。
「よしジョーダンの隊もビル内に進撃しろ。一気に敵を潰すぞ、いいか」
 ウェルマンの指示が飛んだ。手ぐすねひいて戦況を見守っていた米兵達は、その指令を待ちわびていた。指令が出るやいなや我先にと兵士達はビル内へ向かって駆け出した。ウェルマンは彼らの後ろ姿を見て一人頼もしさを感じていた。
 玄関からビル内に飛び込んだ兵士達は、コックスの兵が歩んだ道を進めば良かった。非常階段で敵の不意打ちに遭遇する事はもうない。兵士達は一気に戦場と化している高層階を目指した。三十階もの階段を一気に駆け登るのは、大変な体力を必要とする。最初は意気込んでいた兵士も次第に息を切らせて、歩いて登るのが精一杯になった。
「運動会じゃないんだぞ」
 と、へなへなと座り込む兵士も現れた。その脇をすり抜け、血気盛んな若者は必死に高層階を目指した。
 メロ兵士がバズーカー砲を米兵士の一団へ向けて発射した。砲弾が米兵の中へ飛び込み大爆発を起こした。米兵は一気に吹き飛ばされ、五体がバラバラになっている者もいる。
 砲撃で天井が崩れ落ちて、上階で闘っていたメロ兵士達が瓦礫と共に数人落ちてきた。彼らは床でしこたま身体を打ちつけたが、まだ大丈夫な様子だ。メロ兵士達はむっくりを起き上がると、慌てて回りに機銃を向けた。しかしそこは米兵の陣地の真っ直中で、彼らのヘルメットの敵認識装置が一斉に作動した。米兵士達の機銃が雨のように降り注ぎ、落ちてきたメロ兵士は蜂の巣になって絶命した。 
 高層階へ辿り着いた応援の米兵士達は、次々と戦場の中へ飛び込んで行く。援軍を得て米軍の士気は一気に活気付いた。逆にメロ兵士達の形勢は一層苦しくなっていく。
「メロンもう持たないぞ。そろそろ降伏する事を考えた方がいい」
 敗戦を覚悟したパナマがメロンに提案した。
「ふざけた事を言うな! 後二時間ここを死守すれば我々に勝利が訪れるのだ。神に選ばれし我々の祖国が、再び世界を征服する時は目の前だ!」
 メロンは怒鳴り散らし、パナマを罵った。
「俺は最期まで戦う。お前のような腰抜けじゃない!」
 メロンは声を張り上げると、机脇からむっくりと立ち上がり、そのまま米兵の群へ向かって機銃を乱射しながら突進した。「祖国よ永遠なれ!」と、絶叫しながら・・・・・・。
 駆け込んできたメロンは、米兵士達の格好の餌食となった。無数の銃弾が彼の体を貫いた。まさにメロンの体は蜂の巣となり、銃弾を受ける度に踊るように悶え苦しみ、そしてその場にゆっくりと崩れ落ちた。
 その様子を見たパナマも玉砕覚悟で雄叫びを上げ、機銃を乱射しながら米兵達へ向かって行った。彼もメロンと同様に蜂の巣にされ、メロンの遺体と重なり合うように倒れた。
「メロン、神に会いたかったよな・・・・・・」
 口から血を流して呟いた声が、パナマの最期の言葉だった。
 リーダーを失った事も知らずに、メロ兵士達は最期の力を振り絞って戦っていた。しかしその反撃ももう風前の灯だ。最後のメロ兵士が倒されるのに、さほど時間は掛からなかった。バイザー内の赤い点が全て消えて、米兵達にもメロ兵士が全滅した事が分かり、ようやく銃声は止んだ。
 嵐の後の静けさは、米兵士達の興奮して張りつめた緊張を、プッツリと切ってしまった。生き残った兵士達は、その場に倒れるように座り込んで深く息をした。兵士達は落ち着きを取り戻して周りを見渡して身震いをした。そこには瓦礫の山の中に埋もれた、敵とも味方とも付かない無数の兵士の死体が転がっていたからだ。兵士達は愕然としながらその惨状を見て、今もこうして呼吸をしていられる事を神に感謝し続けた。
 ウェルマンは敵を全滅させたという報告を受けて誇らしい気持ちに浸っていた。
『将軍、また補佐官です』
 通信兵の声がインターコムに入ってきた。ウェルマンはきっと激賞だと思い、胸を張ってインターコムを切り換えた。
『ウェルマン良くやった。そこにフライ社の社長のマーク・レナードという男がいるはずだ』
 声の主はまたルーベンスだった。
「マーク・レナードですか?」
『そうだ、いないのか』
「そういう者はいませんが・・・・・・」
『戦闘で一緒に殺してしまったのではないだろうな』
 ルーベンスの声は不機嫌そうだ。
「それは分かりません」
『すぐに探し出せ。そしてコンピューターを停止させるのだ。いいかこれは大統領命令だぞ!』
 ルーベンスの喚き声で無線は乱暴に切れた。
 激賞から一転、怒鳴られてしまい、ウェルマンは機嫌を害した。民間人が中にいるなら先に連絡をして来いと、むかついた。
「コックスはそこにいるか?」
 返事はなかった。しばらくして、
『隊長は亡くなられました』
 と、声が聞こえた。
 コックスが死んだ事を知らされて、ウェルマンは一瞬沈痛な気持ちになった。しかし
「ジョーダンはそこにいるか」
 と、気を取り直して尋ねた。
『将軍、ジョーダンですが』
 ジョーダンの声がインターコムから聞こえて来て、ウェルマンは胸を撫で下ろした。彼は無事だったようだ。
「ジョーダン、そこにマーク・レナードという男はいないか?」
 ビル内の瓦礫の山を見渡しながらジョーダンはインターコムに話し掛けた。
「いえ、民間人の姿は見当たりません」
『そうか、ビル内を調べて見てくれ。重要人物のようなんだ』
「分かりました。すぐ調べてみます」
『頼む』
 そう言い残してウェルマンの連絡は切れた。休む間もなく発っせられた指令に、ジョーダンはうんざりという表情をした。しかし命令には逆らえない。仕方なさそうにジョーダンは疲れ果てた部下達の方を向いた。
「おい、みんな早速有り難い命令がきたぞ。マーク・レナードって男を探し出してくれ」
 ジョーダンは皮肉を込めて言った。
「そのマーク何とかって奴は、どんな顔をしているんですか?」
 部下から質問が飛んだ。
「分からない、ただ民間人のようだ。服装で判断してくれないか」
「分かりました」
 ジョーダンの指示に兵士達は疲れた体を起こして、レナードを探し始めた。死体を確認する者、ロッカーや机の下を探す者など色々だ。こんなに滅茶苦茶に破壊されたビルの中で、生きているのだろうか? ジョーダンは不安になった。

 暗黒の国道をシカゴへ向けてひた走るシボレーコルベットのライトの明かりが見える。猛スピードで接近すると、エンジン音を響かせて通り過ぎて行く。
 車内ではランバートもシャフナーも時間を気にしていた。
「ラジオぐらい聞ければ良かったなあ」
 ハンドルを握るシャフナーが言った。
「この車のラジオは古いアナログ式だから、今のデジタル式のラジオを受信する事は出来ないんだ」
 ランバートが説明した。
「でもこれじゃ今の世界情勢が全然分からないぜ」
「まだ地球があるから核爆弾は落ちてないんじゃない。それにもう事件は解決しているかも知れないよ」
 ランバートは希望的観測で話した。
「そうだな、そうならいいよなあ」
 シャフナーも同感だった。
「ここからフリーウェイに乗るぞ、これで都心まで一直線だ」
 フリーウェイの入口のゲートが見えてきた。コルベットは減速もせず、猛スピードでゲートを潜り抜けてフリーウェイに乗った。戒厳令で道路には彼ら以外の車は一台も走行していない。
「こりゃまるでゴーストタウンだな」
 シャフナーは気味悪そうな表情をした。
「まだ戒厳令は解除されていないんだよ」
 ランバートは言ったばかりの希望的観測が外れた事を知り残念がった。まだCUBEは作動しているのか。
 どこまで走ってもまるで工事中のように、他の車と出会う事はなかった。それが逆に無気味で二人を益々不安にさせた。
 小高い丘の上でコルベットが現れるのをじっと待つ三人の男達がいた。彼らは紫外線を遮断出来るシルバーのライディングスーツに全身を包み、フルフェイスのヘルメットを被っている。バイザーにスモークを貼り、ヘルメットの下の表情は全く確認する事が出来ない。この無気味な男達は、メロ組織の"掃除屋"だった。赤いヘルメットの男が赤外線暗視スコープで、コルベットが向かって来るのを確認している。
 コルベットが目の前を通過したのを見届けると、赤ヘルメットが顎をしゃくって仲間に合図を送った。赤ヘルメット以外に青と白のヘルメットがいて、その色が外観から彼らを識別する唯一の方法だ。
 三人の掃除屋は側に停車してあったバイクに跨ると、モーターのスイッチを入れて、猛スピードで丘を駆け下りた。シルバーメタリックのフルカウリングが装着されたバイクは、まるで陸上を走る獰猛な鮫の姿に見える。ジャンプをしてカードレールを飛び越えると、三台のバイクは連なってコルベットを追跡した。
 シャフナーがバックミラーに近づいて来るバイクのライトを確認した。今まで一台の車にも出会っていないので、このバイクが敵である事はすぐに分かった。
「いよいよお客さんのご登場だぞ」
 シャフナーがそう言うと、ランバートも後ろを振り返ってバイクを確認した。
「どこに隠れていたんだろう?」
 これから起こる事を予期して、ランバートはびくついた。
「人気のない所で俺達が来るのを待っていたのさ」
 シャフナーがアクセルを床まで踏み込むと、速度は二○○キロを越えた。それでもバイクは最新の超伝導モーターのパワーで、距離を詰めてくる。
 キーンという高回転で回るモーター独特の音を響かせて、白ヘルメットの掃除屋がコルベットに接近すると、バイクのタンク脇に差してあるショットガンを引き抜いた。銃はストックの部分を切り落として、片手で撃ち易いように加工してある。そして狙いを定めると引き金を引いた。弾はトランクに命中して大きな穴を開けた。シャフナーは驚き、車を左右に蛇行させて狙いを外させようとした。
 白ヘルメットは追いついてきた青ヘルメットと二台で、左右に分かれてショットガンと拳銃を発砲した。コルベットのボディにまた穴が開く。古いコルベットのボディは丈夫だが、このままではいつまで持ち堪える事が出来るか分からない。シャフナーは反撃出来そうな場所を探す為に目線を遠くに移した。
 目の前に緩いカーブが見える。ここで勝負を賭けようとして、シャフナーは車を大きく左に切った。コルベットは左側を走行していた白ヘルメットのバイクに接触した。シャフナーがそのままハンドルを思い切り左に切り続けると、バイクはコルベットとガードレールとの間に挟まれて火花を散らした。危険を感じた白ヘルメットは、ショットガンをシャフナーの目の前に突き出して発砲した。弾はシャフナーの脇を逸れて、助手席のサイドウィンドーを砕いた。
 シャフナーはバイクをガードレールに押さえ付けたまま走行している。トンネルが目の前に見える。シャフナーはトンネルの入口まで車をバイクに押し付けて、入口の寸前でハンドルを右に切った。コルベットは大きく蛇行して、トンネルの壁を擦りながらもギリギリで通過する事が出来た。しかしバイクは避けきれずに、トンネルの入口に正面衝突した。バイクが飴のように曲がり、タイヤや部品が飛び散った。白ヘルメットは宙に舞い、勢い良く道路上に叩き付けられた。
 ルームミラーで真後ろに青ヘルメットのバイクが迫っているのを確認をして、シャフナーは急ブレーキを踏んだ。白煙とスキール音を響かせて急停止するコルベットの後部に、止まりきれなかったバイクが突っ込んだ。バイクはカウルがバラバラになりながらも、コルベットのトランクにめり込んで止まった。が、勢い余った青ヘルメットはコルベットの頭上を吹き飛び、道路に落下すると何回転も転がった。青ヘルメットはライディングスーツのプロテクターに助けられたのか、よろめきながらも起き上がった。手にはまだ拳銃を握っている。
「しぶとい奴だ!」
 シャフナーはブレーキの足をアクセルに戻して急加速すると、青ヘルメットを跳ね飛ばした。ボンネット上で跳ね上がり、後ろへ転がっていった青ヘルメットが、起き上がる事はもうなかった。
 コルベットのリアは大きく凹んだが、走行に支障はなさそうだ。本当に丈夫な車だと、シャフナーはこの旧車に感心した。
 二人の仲間がやられて怒る赤ヘルメットの掃除屋が、猛スピードでコルベットに近づき、拳銃を発砲した。弾がコルベットのルームミラに命中してミラーを砕く。思わずランバートは声を出して頭を引っ込めた。赤ヘルメットの攻撃は執拗だった。右側へ回り込むと、ランバートに向けて発砲した。運良く弾は彼から逸れたが、このままではランバートが危ないと感じたシャフナーは、アクセルを床まで踏み込んで敵を引き離すと、手荒い方法を試みる事にした。
「頭を下げていろ!」
 シャフナーはランバートに叫ぶと、サイドブレーキを引いて、コルベットをスピンターンさせた。百八十度回転してコルベットが後ろ向きになると、バイクが目の前に迫って来るのが見える。余りの怖さにランバートは体を丸めながら震えた。
 シャフナーは素早くムーアからもらった腰のデザートイーグル70Uを引き抜くと、赤ヘルメットに狙いを定めた。レーザーサイトの赤い光が、ヘルメットのバイザーを捕らえた。赤ヘルメットの拳銃も、ランバートの頭に向けて狙いを付けている。思わず伏せたランバートに向けて弾が発射された。同時にシャフナーも引き金を引いた。
 赤ヘルメットの弾がフロントガラスを貫いて、ランバートの頭上のヘッドレストを撃ち抜きスポンジの粉を舞い上げる。シャフナーの弾は、赤ヘルメットのバイザーの奥を見事に撃ち抜いていた。赤ヘルメットはバイクからもんどり落ちて転がり、無人のままのバイクがコルベットのボンネットに乗り上げて、そのまま宙へ舞い上がった。そして地面に落ちるとメタノールタンクが爆発し、炎を上げたままバイクは道路を滑走した。
 停止したコルベットの車内でランバートは恐る恐る頭を上げた。目の前の道路上に自分を殺そうとした赤ヘルメットが仰向けに倒れている。隣のシャフナーは興奮したのか、呼吸が荒く大きく深呼吸をしていた。
「大丈夫か?」
 シャフナーの問い掛けに、ランバートは小さく頷いた。
 一難去ってまた一難、昨日から全く生きた心地がしない。いつになったら安息の時は訪れるだろうか? ランバートは不安を感じずにいられなかった。
「さあ急ごう」
 シャフナーはそう言うと、コルベットのアクセルを再び踏み込んだ。スピンターンを決めると、猛スピードでフライ社へ向けて走り去って行った。