第23章 運命の切り札(2)
モーガン達は、プログラムの中からHC1に関係する部分を検索して、全て消し去る作業を続けていた。
「コンウェイ終わったか?」
モーガンが尋ねた。
「もうすぐです」
コンウェイは答えた。
「ドレスラーはどうだ」
「うるさいなあ。もうすぐ終わるよ」
彼らの緊迫した作業の様子は、テレビ電話からPDAを通してランバート達にも伝わっていた。
「よし終わったぞ」
ドレスラーがコンピューターディスプレイから顔を上げた。
「僕も終わった」
コンウェイも手を上げて終了の合図をした。
「よしそれじゃHC1のデータをコンピューターに転送するぞ」
モーガンはランバートから送られてきたHC1のデータを、メインコンピューターに流してみた。うまく認識されるだろうか? 緊張が走る。しかし認識はされず、空しくエラー信号が流れるだけだった。
「くそ!」
モーガンは悔しそうに膝を叩いた。
「どこかのプロテクトがまだ邪魔しているんだよ」
コンウェイが言った。ドレスラーとモーガンは落胆したように肩を落としている。
失敗の様子はレナードのPDAを通して伝わっていた。皆の表情に焦りが募る。シュミレーション画面の着弾時間はもう十分を切っていた。
項垂れたモーガンが、何かに閃いたかのように顔を上げた。
「そうだ、HC1プロテクトを消すだけじゃなく、プロテクトその物を全部消してしまえばいい」
「それはマズいだろう。そんな事をしたら全米中のコンピューターに誰もが入り込む事が出来るようになってしまうぞ。クリエイト規格の意味がなくなってしまうじゃないか」
ドレスラーが反論した。
「マズいもクソもないよ。もうすぐ俺達の頭の上に核爆弾が落ちて来るんだぞ。躊躇っている場合かよ!」
コンウェイは反論するドレスラーを罵った。気の弱いコンウェイが、意外な事を言ったのでモーガンは驚いて彼を見つめた。困惑している彼にコンウェイは軽くウィンクした。
「そうだやろう」
モーガンは頷き、再びコンピューターに向かった。
「しかし・・・・・・」
まだドレスラーは躊躇している。
「俺の命令だ、やれ!」
モーガンはドレスラーに向かって怒鳴った。上司のモーガンの命令では、ドレスラーも作業せざる得なかった。
三人はプログラムの中の全てのプロテクトを消すように、コマンドを打ち込んだ。コンピューターがプロテクト部分を検索して猛スピードでプロテクトを消去していく。コマンドが単純なだけに処理はとても早く終了した。
「終わったぞ!」
コンウェイが手を上げた。
「終わった」
ドレスラーもそれに続いた。
モーガンは自分の範囲が終了したのを確認すると、再度HC1のデータをメインコンピューターに転送した。これが駄目ならお手上げだ。祈るような思いで画面を見つめた。
ピーという電子音と共にディスプレイに"HC1登録完了"と表示された。
「やったぞ!」
モーガンは拳を突き上げて、テレビ電話の前へ走った。
「成功しました。HC1の登録が今完了しました!」
と、声高らかに叫んだ。
PDAの画面で叫ぶモーガンの姿をレナードは確認した。良くやってくれたと、感謝の気持ちで胸が一杯になった。
「ランバート、HC1の登録が完了したぞ!」
レナードが言った。
「分かりました。行きます!」
ランバートは力強く言うと、強く左手を握り拳を作った。その拳にシャフナーの掌が被さった。そしてレナードの掌も・・・・・・。二人の掌がランバートの拳を強く握りしめた。
二人の目は"全てを任せたぞ"と、いう期待を投げ掛けていた。ランバートはその視線に強く頷くと、再びインナーヘッド上に寝そべった。顔のフードが下がり、彼の指紋と光彩をレーザースキャナーが認識していく。ディスプレイに"我々の神よようこそ。何でもお申し付け下さい"と、HC1を証明する文字が表示された。そしてランバートは大きく息を吸い込み、覚悟を決めたように、CUBEのメインプログラムに向けて飛び込んで行った。
HC1を所持する者には、さすがのCUBEも無力だ。しかしCUBEの膨大なプログラムを、残り僅かな時間で修正する事が出来るのだろか? ランバートにも自信はなかった。
CUBEには策略があった。このままランバートの脳の情報を全て吸い取る事により、彼を廃人に追い込み、HC1を二度と使用出来なくしてしまうのだ。
ランバートはCUBEの強烈な能力に、意識がどこかへ落ち込んでしまうような感覚を覚えた。こんな強烈な経験は未だかつてなかった。まるで光の渦の中へ吸い込まれてしまいそうだ。あっという間に意識が薄れていく。
インナーヘッドに接続されたプログラムは、早くもディスプレイの表示能力では追いつかない程の速度で流れていた。画面は真っ白になったまま停止しているようにも見える。
「やばい、ランバートがCUBEに飲み込まれるぞ」
レナードが息を飲んだ。
「どうすればいい」
シャフナーが心配そうな顔をしてレナードを見た。
「最後はインナーヘッドの電源を切るしかない」
レナードはインナーヘッドの電源スイッチに手を掛けた。
「だからプレコンピューターを外すなと言ったのに・・・・・・」
悔しそうにレナードは呟いた。
シュミレーションの画面では核ミサイルの着弾まで後五分を切っている。
その時シャフナーのPDAの呼び出し音が鳴った。鬱陶しいそうにシャフナーはポケットからPDAを取り出した。相手はルーベンスだった。さっきあんなに乱暴にPDAを切っておきながら、どういうつもりだと、シャフナーは少しむっとした。
『シャフナー良く聞け。今核ミサイルの起爆装置のパスワードを解析した。しかし国防総省から信号を発信しようとしても、コンピューターが妨害されて発信出来ないんだ。そこにあるコンピューターが妨害している可能性があるから。大至急停止させろ』
シャフナーは耳を疑った。起爆装置のパスワードが解析されたという事は、CUBEを停止させられれば、ワシントンDCは救われるという事ではないか。
シャフナーは思わず、ランバートの耳元に顔を寄せた。
「ランバート、核ミサイルの起爆装置のパスワードが解析された。こいつを止めればワシントンDCを救えるぞ!」
シャフナーは必死に叫んだ。
「駄目だ、聞こえていないよ。今彼の意識は肉体と切り離されているんだ」
レナードは無情にもそう呟いた。やはり無理かとシャフナーは残念そうに顔を伏せた。しかし実際はランバートにシャフナーの言葉は聞こえていた。彼は他の人間とは違い、インナーヘッドを使用しても、完全には肉体と意識が切り離れない。彼の脳は常人よりもずっと余裕があるのだ。
ランバートは核ミサイルの着弾時間が既に五分を切っている事を知っていた。そしてその残り時間では、とてもCUBEのメインプログラムを書き換えて停止させられない事も分かっていた。残り僅かな時間でCUBEを止める事が出来る最善の方法を、彼は模索していた。
ホワイトハウスでは大混乱が発生していた。百人余りの職員が地下廊下を右往左往し、着の身着のままの姿で、核シェルターに逃げ込もうとしていた。核シェルターはホワイトハウスの地下に設置されていて、中は百人程の人間が半年間は生活出来る構造になっている。大統領はそこから核戦争後の様々な指示を出せるように、司令基地としての役割も備えていた。
「大統領早く来て下さい」
ルーベンスがシェルターの入口に立って、カールソンを手招きしている。入口の二メートル四方の分厚い扉は、もう半分以上閉じかかっていた。
「待て、まだ俺が入ってないぞ!」
カールソンは叫びながらシェルターに飛び込んだ。手には貴重品を詰め込んだ大きなボストンバッグを抱えている。
「さあ早く閉めろ。核爆弾が落ちて来るぞ」
「まだ全員が入っていません」
扉を押さながら職員が言った。カールソンが腕時計を見ると、もう六時を差している。
「うるさい、すぐに閉じろ!」
カールソンは怒鳴ると、扉を押さえる職員を突き飛ばし、無理矢理扉を閉じてロックを掛けた。その為にシェルターに飛び込もうとしていた数人の職員が外に取り残されてしまった。外の職員は悲鳴を上げながら必死に扉を開けるよう、扉を叩いて懇願し続けている。
シェルターの中では、カールソンの取った態度に、皆が冷ややかな視線を浴びせかけた。彼を恐れて彼から一歩一歩と後ずさりする者もいる。それに気付いたカールソンは、
「いつの世にも僅かの犠牲は必要なものだよ」
と、何喰わぬ表情で言い切った。もうコンピューターディスプレイは真っ白になり、何も映し出していなかった。それは人間の処理能力の限界を遙かに越えた事を表している。レナードはインナーヘッドの電源を切るべきかどうか深く悩んだ。このままではランバートの意識は、CUBEの中に飲み込まれてしまう。もしそうなればCUBEを停止させるどころではない。結局人類はCUBEに敗北してしまったのか・・・・・・。その時、ディスプレイの表示が急停止した。レナードの目に画面の文字が飛び込んできた。
"CUBEのプログラムを修正している時間はもうない。地下保管庫の扉のロックを解除するので、手動で無停電装置のスイッチを切り、CUBEをすぐに停止させてくれ"
このメッセージを目にして、レナードは愕然とした。インナーヘッドを通してランバートは決死の指令を送ってきたのだ。
「奴には俺の言葉が聞こえていたんだ。だから時間がないなんて言っているんだよ」
シャフナーが嬉しそうに微笑んだ。そして、
「よしすぐに電源を切ってやろうぜ」
と、勇んだ。
「君はこの言葉の意味が分かるのか?」
ぞっとしたような低い声で、レナードが呟いた。
「これで化け物コンピューターを止められるんだろう」
シャフナーは興奮しながら言った。
「CUBEのメインプログラムは最も深層域にあるから辿り着くのに大変な時間が掛かる、とてもミサイルが到達するまでに解除するのは無理だ。それに比べてるとこのビルの管理プログラムは比較的上層域に位置しているからアクセスするのは容易だろう。しかし・・・・・・」
意味ありげにレナードが話し出した。
「だから奴は電源を切れと言っているんじゃないか。何も躊躇う事など無いだろう」
慎重になるレナードにシャフナーは反論した。
「今ランバートの脳とCUBEは直結されているんだぞ。この状態で電源を切ったら彼がどうなるか分かるか」
「え?」
レナードの重い言葉にシャフナーは顔を強ばらせた。
「良くて廃人、下手をすれば死ぬかも知れない」
レナードは辛そうにインナーヘッドに座り込んだ。
「何だって・・・・・・」
レナードの言葉を聞いてシャフナーは愕然とした。ここで廃人になったプログラマーの話を思い出して、身が震えた。
「扉のロックを解除してからランバートがこちらへ戻るだけの時間はもうない。奴はそれが分かっているのに、自分を犠牲にしてまでCUBEを止めようとしているんだ」
レナードは呻くように叫んだが、その後どうすればいいのか分からなくなってしまった。
シャフナーは自分が起爆装置の事を耳打ちしなければ、ランバートはこんな無茶な事を考えなかったのかも知れないと思い、罪の意識にさいなまれた。
誰もが言葉を失った。しかし無情にも時間は刻々と過ぎていく。
「でも今はそれをするしか方法がないんだろう・・・・・・」
シャフナーが苦しそうに呟いた。
「ああそうだ、CUBEをすぐに停止させるには電源を切る以外に方法はない。でも俺には出来ない」
レナードがうつむいたまま首を振った。
「俺がやる。俺がやるからどの電源を落とせば良いのか教えてくれ」
シャフナーは決心した。彼にはランバートの意志を尊重する事こそが、今の自分に出来る最大の償いであると考えたのだ。そしてレナードの胸もとを両手で掴んで無理矢理立たそうとした。
「わしの部下にも手伝わせる」
ウェルマンも覚悟したように言った。
「分かった。すぐに地下保管庫へ行こう」
皆に勇気付けられて、レナードもやっと重い腰を上げた。
「ランバート、お前の願い通り、必ずCUBEは止めてやるからな!」
シャフナーは瞳に涙を溜めながら、インナーヘッドに横たわるランバートに向けて、悲痛な声を投げ掛けた。
もう時間がない、皆は地下保管庫へ向けて一斉に駆け出した。人気のなくなったコンピュータールームにランバートは一人で横たわっている。インナーヘッドに接続されたコンピューターディスプレイのシュミレーション画面では、核ミサイルはワシントンDCに落下する直前を示していた。ランバートはCUBEのメインプログラムの中から保管庫を管理するプログラムを必死に探していた。CUBEは相変わらず、彼の脳の情報を吸い出そうと、執拗な負荷を加えてくる。今までは意識が僅かながら肉体に残っていたが、もうその余裕さえもなくなった。
ランバートの意識は完全に肉体と分離して、CUBEの中へと浸透していった。意識が歪み、真っ白な光の渦の中に今にも吸い込まれそうになる。今やランバートは気力だけで作業を進めているが、それも限界を越えていた。歪んだ意識が徐々に薄れてくる。
ランバートは光の渦の遙か向こうに、人の姿が見えたような気がした。プログラムの中でそんな物が見えるはずはない。しかしその人影は一層眩しい光を放ちながら自分に近づいてくる。いよいよ自分は幻覚を見るようになったのか?
近づく人影の全貌がハッキリと見えた時、ランバートは愕然とした。その姿はリリアンその人であったからだ。白いベールを纏ったリリアンは後光が射したように眩しく光り輝き、まるで聖母マリアのようにどこまでも澄んだ瞳でランバートに微笑んだ。そしてほっそりとした手を彼に差し伸べた。
ランバートは無意識に彼女の手をそっと握りしめた。その何という温かさ、そこから彼の中に流れ込む優しさに、ランバートは心が大きく揺さぶられて感動し、瞳から止めどもなく涙が溢れ出した。リリアンに再会出来たという喜びだけではなく、聖なる母の子宮に守られているような安堵感が、ランバートの全身を包み込んでいった。地下の保管庫の前は、床にコンクリートの粉が積もり、破壊された壁の残骸がそこら中に散らばっている。その中でレナード達が保管庫の扉のロックが解除される瞬間を、苛つきながら今か今かと待っていた。レナードが腕時計を見ると、着弾まで既に三分を切っている。もう間に合わないのか・・・・・・。その思った時、ピッという電子音がして、鉄が歪むような低い音を響かせてロックが外れた。
「外れたぞ」
レナードが分厚い鋼鉄の扉を引っ張るが、爆破の時、通路に散らばったコンクリートの瓦礫が邪魔をして素直に開いてくれない。
「お前達コンクリート片を片付けろ!」
ウェルマンの指示に彼の部下が扉に挟まったコンクリート片を素手で片付け出した。破片で指先を斬りつけて出血している。しかし彼らは痛みに耐えながら作業を続けた。彼らもCUBEを止める為に必死になっているのだ。
ようやく人が入れる程の隙間が開いて、レナードが保管室の中へ飛び込んだ。シャフナーも続いたが、初めて目の当たりにするCUBEの余りの大きさに圧倒されて、入口で一瞬立ち止まった。何てでかいんだ・・・・・・。
レナードは急いで壁に取り付けられた背丈程の制御盤の蓋を開けた。中に五十個程の小さなブレーカーがズラリと並んでいる。それをレナードは勢い良く落とし始めた。
「俺も手伝うよ」
シャフナーが手助けを申し出た。
「君は本体に付いている制御盤を開けてくれ」
レナードが指さす先に、CUBEの側面から突き出た一メートル四方の大きさの制御盤があった。
シャフナーは指示されるままに、その制御盤のノブを回して扉を開けた。中には大きな電圧計と巨大なブレーカーが入っていた。これがCUBEの無停電装置のメインブレーカーである事はすぐに分かった。
「まだ手を出すな。こちらのブレーカーを全部落とさないとそちらは切れないんだ!」
レナードは制御盤内の小型ブレーカーを落としながら叫んだ。そしてしゃがみ込むと、最下段の最後のブレーカーを切り終えた。
「いいぞ、落とせ!」
レナードの絶叫にシャフナーはメインブレーカーに手を掛けた。
ランバートの意識は、眩い光の渦の中で次第に薄れていった。彼がCUBEに吸い込まれていくのを守るように、リリアンは柔らかな両腕でランバートを包み込んだ。
リリアンと抱き合いながら一つになり、その安らかな腕の中でランバートは何一つ恐れを感じる事はなかった。ふと彼はリリアンの顔を見つめて優しく微笑んだ。
ブレーカーに手を掛けるシャフナーの手に、レナードは手を重ねた。シャフナーは思わずレナードの顔を見た。二人は目を合わせると言葉もなく頷いた。そして力一杯ブレーカーを引き落とした。
「ランバート許せ!」
シャフナーが思わず叫んだ。パンと細かな火花がブレーカーの中から散って電源が落ちた。
CUBEは闇が猛スピードで迫って来るのを感じた。そして本物の恐怖に震えた。逃げる事も出来ずに永遠の闇の中へ吸い込まれていく。意識が薄れる。助けてくれ! 死にたくない。怖い、怖い、怖い・・・・・・。悲鳴を上げても聞こえない深い深い闇の中へ落ちていく・・・・・・。その時CUBEの脳裏に浮かんだのは、ゲーテの遺した最期の言葉だった。もっと、もっと光を!
CUBEの立てていた鼓動のような低振動が、徐々に小さくなっていく。ステンレスの箱の中で、CUBEの断末魔の叫び声が聞こえたような気がした。
コンピュータールームのインナーヘッドに接続されたコンピューターディスプレイの画面が、ピッという音と共に消えて真っ暗になった。コンピューターのファンの音だけが静かに響く部屋には、人形のようにピクリとも動かないランバートの体が横たわっている。その表情はフードが覆い隠くして伺い知る事は出来ない。
CUBEからは低振動も叫びも何も聞こえなくなった。目の前には無音となった巨大なステンレスの箱だけが存在し、本体に取り付けられているモニター画面も真っ暗のままだ。CUBEは遂にその作動を停止したのだ。シャフナーはブレーカーに掛けていた手をゆっくりと離すと、そのまま脱力感に襲われて、床にぐったりと座り込んだ。
米国防総省の作戦司令室の戦況状況スクリーンには、今まさに落下してくる核弾頭の軌跡が映し出されている。全てを諦めてロイクス大佐はスクリーンから顔を背けると目を閉じた。
「大佐、コンピューターが回復しました!」
オペレーターの弾んだ声が聞こえてきた。ロイクスは目を大きく見開き、信じられないという表情をした。
「すぐに起爆解除のパスワードを発信しろ!」
ロイクスの号令が飛んだ。
オペレーターが、コンピューターのディスプレイ画面内のアイコンから起爆解除を選び、乱雑に並んだパスワードを送信した。
ワシントンDCは重い雷雲に覆われて、激しい雨が降っていた。核弾頭は既にワシントンDCのホワイトハウスを目指して急降下している。このまま高度三○○○メートルになれば核爆発を起こして、数百万度の高熱の球体にワシントンDCは包まれ壊滅する。
厚い雨雲の中で核弾頭は今まさに高度三○○○メートルに達しようとしていた。その瞬間、雨雲の中で雷鳴が轟き、夜空を昼間のように明るく輝かせた。
雷雲を突き抜けて、核弾頭が真っ直ぐに落下してくる。そしてピンポイント攻撃のように、見る間に核弾頭はホワイトハウスの建物に迫ってきた。
核弾頭は轟音と共に着弾すると、ホワイトハウスの中央の屋根を吹き飛ばした。三階の円形の間の床を貫き、続いて二階の青の間の床も破壊して、一階の南側玄関の床にめり込んだ。残骸を回りに蒔き散らすと、核弾頭はようやく停止した。辺りにはコンクリートの粉塵と、焦臭い火薬の臭いが立ち込めている。
職員達が、核シェルターに逃げ込んだ後の人気の無いホワイトハウスの室内で、剥き出しになった核弾頭に雨粒が降り注ぎ、冷たく濡らしていく。雨に濡れて不発弾となった核弾頭は、表面に取り付けられたLEDの赤いパルス光に合わせて、無気味な電子音をいつまでも発し続けていた。シャフナーは動かなくなったCUBEの横にしゃがみ込んだままで目を閉じていた。隣でレナードがPDAを手にして会話をしている声が聞こえてくる。
「・・・・・・モーガンか・・・・・・そうか、うん、うん・・・・・・良かったな・・・・・・ああ、ご苦労だった」
相手はモーガンのようだ。レナードは安堵の表情をしてPDAの電源を切った。
「ワシントンDCは無事だ・・・・・・」
感慨深そうにレナードが呟いた。その言葉を聞いて、ウェルマンと部下は勝ち誇ったように歓喜の声を張り上げた。その声がいつまでも保管庫内に響き渡った。
シャフナーは目を開くと、憔悴しきった体を労るように、ゆっくりと立ち上がった。
「ランバート、お前は本当に凄いよ・・・・・・」
シャフナーは唇を噛み締めながら、ただの鉄の塊と化したCUBEを見上げた。堪えきれない彼の瞳から、大粒の涙が一つこぼれ落ちていった。