製作者自己紹介

【憧れの李光先生と制作者】(2002.3.16)


 こんにちは、水歌ななこです。この度は、当ホームページにアクセスありがとうございます!。このページでは、製作者の自己紹介と、ホームページ開設に至る動機、制作過程や問題点等を語らさせて頂きたいと思います。


 もちろん「水歌ななこ(minauta nanako)」は本名とは何のかかわりも無いペンネーム兼ハンドルネームです。


 私が初めて那咤と出会ったのは、当ホームページでも紹介している中国のアニメ映画「ナージャ海を騒がす」です。しかし、正確にいえば、中学(高校?)時代に出会った、西遊記の同人誌が初めてです。私はその中に登場していた「那咤(ナージャ)」という名の、可愛い&カッコイイ少年神に惚れました。でも、当時はミーハーな気持ちだけで、那咤は記憶の中に埋もれてゆきました。


 その熱に再び目覚めたのは、大学に進学してからです。某大学の史学科に進学した私は、そこで、三国志等の趣味の深い、大切な友人達と出会いました。特に研究対象も定めず進学した私は、各時代を対象に、話を咲かせる彼女達がとても眩しく見え、そんな彼女達に追い付こうと、背伸びして手を延ばした対象が、中、高校時代好きだった那咤でした。


 現在では某漫画で那咤は大変メジャーになってしまいましたが、当時、那咤の一般的な認知度、先行の研究は皆無に近く、はたして何を切り口にしたら、歴史を学ぶ者として那咤を調べる事が出来るのか、まったくわかりませんでした。ただ一つ知っていた那咤にかかわるキーワードの「西遊記」。これを辞書で引く所から、私の探究は始まったのです。


 幸いにも、西遊記は成立史等の研究が大変進んでおり、那咤を調べる為の次のキーワードは、すぐに見つかりました。「毘沙門天」です。西遊記形成論考類によると、那咤の父親「托塔天王李靖」は、七福神の一人として日本でも馴染み深い毘沙門天が、中国で俗化した姿だというのです。一つキーワードを見つければ、次のキーワードへ。この様な方法で、私は大学生活を通じ、那咤を調べる為のキーワード探しと、資料収集に勤め、歴史の探訪を楽しんで過ごしました。やがて、その日々の結晶は卒論にまとめました。那咤を通じて、歴史を学ぶ面白さと、学問への扉をほんのちょっと覗き見た所で、卒業を迎えました。「学問の扉のスタート地点に立てた所で、皆卒業してゆく...」亡き恩師の言葉が思い出されます。


 現在私は社会人です。しかも、歴史とはまったく縁の無い就職先に勤めました。そこでの最大の収穫は、Macintoshとの出会いです。機械音痴の私は、仕事で使わなかったら、きっと一生縁のないものだったでしょう。過去に絵をかじっていた私は、Macintoshが、巨大な可能性を秘めた「画材&ワープロ」に見えました。そして、そのまま「画材&ワープロ」として夢中になりました。やがて、自宅に導入するまでに到りましたが、元々機械音痴だったため、一からMacの環境を整えるのが面倒で、家のMacは埃が積もる....という状態が続きました。やがて、可哀相なMacをみかねた弟の手によって、ウチのMacは進化してゆきました。そして、インターネットの導入まで質然的に到ったのです。


 ある日、私にとっての一大事件が起こります。少年ジャンプにて「封神演義」の連載がはじまったのです。最初は傍観を決め込んでいましたが、やはり天下の少年ジャンプ。その影響力の絶大さを思いしらされました。私が傍観を決め込んでいた間に、那咤は私の理想とまったく違った形で、物凄くメジャーになっていたのです。そして、やり場の無い思いが、胸の中でふつふつと膨らんでゆきました。


 やがて、弟の誘いで私もインターネットを始めました。無論初めて検索エンジンで検索したのは、「那咤」、「西遊記」、「封神演義」。そこで思いもかけず、自分と同じ様な思いを動機に、開設されているホームページを見つけたのです。衝撃と、感動と、喜びと、嫉妬と、様々な感情が心の中ではじけました。「これだっ!。私もホームページをつくろうっ!。」97年秋。世間の流れからは、大変遅ればせながら、私もホームページ制作に真剣に取り組みはじめました。


 ホームページの制作は、私にとって、当初の予想より、とても有益なものとなりました。何故なら、私は、大学卒業後も、趣味の一環として、那咤の資料収集を続けていましたが、時折つたない小論を書いて、恩師の指導を仰いではいたものの、卒論の様な緊迫&充実した論文をまとめ上げる気概もなく、大切なはずの資料も、山積みで、宝の持ち腐れだったのです。それら資料の内容把握、整理に私のホームページは無くてはならない存在となりました。また、98年2月恩師が他界し、先生にお見せ出来ない分は、このホームページにぶつけるしかないと、腹をくくったからです。


 本来なら、個人のデーターバンクで終わるはずのページでしたが、現在私を取り巻く環境は、封神演義ブームの影響で、ある程度「那咤」の予備知識のある方が、大勢います。即ち那咤「那咤とは何なのか?」、他人にゼロから説明せずとも、意思疎通がはかれるのです。それに、無名の私が抱えている情報でも、公開すれば、閲覧に耐えうる、必要とされる情報かもしれないのです。これはマイナー街道を突っ走ってきた私にとってもの凄い事実でした。


 ホームページの制作過程上、始めのうちは、私が所持する写真データを公開しました。しかし、次に文字情報の公開に踏み込もうとした時、正直悩みました。文字情報のコピーの容易さという問題です。専門に勉強された方からみれば、一笑にふされる内容かもしれませんが、私にとってここで公開している情報は、大学生活、社会人になってから現在まで、限りある時間の中で、図書館、書店、アジア各地を歩き、雲をつかむような地道な作業で収集した、愛と気力と体力と時間の結晶なのです。この点に関しては、閲覧者の皆様の良識に頼るしかありません。どうぞよろしくお願い致します。(※現在は自費出版本に文字データをまとめた関係上、暫く文字データは閉鎖させて頂いております)


 また、ホームページの制作方法は、ホームページ制作ソフト等は使わず、HTMLを入力して制作しています。何故かというと、年を経て、その道のプロになってしまった弟の方針だからです。しかし、私は情報発信欲が先走り、HTMLの勉強もしないまま、制作に突っ走っております。この点は、今後勉強してゆきますので、ソースのお見苦しい点等、どうぞ御了承下さい。


 最後に、私が制作しているホームページの最大の野望は、封神演義、西遊記等、那咤を取り巻くの情報の活性化に一役買いたいからです。それと、漫画、アニメの那咤しか知らない方に、是非、原作を読んで欲しいのです。そして、もっと欲をいえば、是非、原作周辺の研究書等も読んで欲しいのです。中国、台湾等の探訪も素敵です。もし、そんな方が一人でも増えたら、そして、その需要に応じて、書籍類の刊行や、研究が発展していったら、これに勝る喜びはありません。


 長々と最後まで読んで頂き、ありがとうございました。今後の更新もがんばりますので、どうぞよろしくお願い致します。またの御訪問を心よりお待ち申し上げます。


1998.4.17 nanako之記

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