3.言い方に関する問題

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(正)(許)(△)(誤)のしるしの基準

(正)

規範的、標準的、一般的な形   国語表記の本則

(許)

現代仮名遣い・送り仮名の付け方など、国語表記の許容

(△)

やや一般的でない形  やや適切でない形  

(誤)

表記・用法上の間違い

  

(お)

(58)(正)追いつ追われつ /(誤)追いつ抜かれつ

(誤)駅伝競走で、今年もまたその両校は追いつ抜かれつの接戦を演じた。

(コメント:「追いつ追われつ(=前の人を追いかけたり、後ろの人に追いかけられたり)」または「抜きつ抜かれつ(=前の人を追い越したり、後ろの人に追い越されたり)」が正しい。「追いつ抜かれつ」という言い方はない。)

 

(59)(正)置いてきぼり /(正)置いてけぼり

(正)停車時間は三分だから、ホームの売店などへ行ってもたもたしていると、置いてけぼりを食(く)ってしまうぞ。

(コメント:「置いてきぼり(=置き去りにすること)」のほうが優勢。「置いてけぼり(堀)」は江戸時代、本所七不思議の一つであった池の名で、この池で釣りをすると、水中から「(釣り上げた魚を)置いてけ、置いてけ」と呼ぶ声がするので名付けられたという。「置いてきぼり」は、この「置いてけぼり」から転じたものという説がある。)

 

(60)(正)追い抜く /(誤)追い抜かす

(誤)彼は前にいたランナーを追い抜かすと、見る間(ま)にその差を広げていった。

(コメント:最近の国語辞典の中には、見出し「抜かす」の解説中に「追い抜かす」を示すものも見られるが、一般的とは言えない。「追い抜く」「追い越す」が普通である。)

 

(61)(正)(おお)め /(誤)多いめ

(誤)予算は少し多いめに組んでおいたほうが安心です。

(コメント:「多いめ」も全くの誤りとは言えないかもしれないが、「多め」が本来の標準的な言い方である。形容詞に「め」が付く場合は、その語幹(「おおい」の語幹は「おお」)に付くのが普通である。)

 

(62)(正)大目玉(おおめだま)を食った /(正)大目玉を頂戴した

(正)授業中ぼんやりと校庭の方を見ていたら、突然名前を呼ばれ、先生から大目玉を頂戴した

(コメント:「大目玉を食った(食らった)」が本来の形。しかし、「頂戴(ちょうだい)する」でもよい。目上の人にしかられる場合、「おしかりを頂戴する」と言う。なお、「道草(みちくさ)を食う」「同じ釜(かま)の飯(めし)を食う」などの「食う」は「頂戴する」に換えることはできない。)

 

(63)(正)お株(かぶ)を奪(うば)う /(△)お株を取る

(△)新入社員の一人が、それとは知らず最初に「男児(だんじ)(こころざし)を立てて郷関(きょうかん)を出(い)づ…」の詩吟をみごとにうたって部長のお株を取ってしまい、皆はその後の成り行きに気をもんだ。

(コメント:「お株を奪ってしまい」が一般的である。「お株を奪われる」の形でもよく使われる。しかし、最近の国語辞典の中には「お株を取る(取られる)」を示すものもあり、冒頭例も誤りとは言えない。意味は「ある人が得意とするわざや芸を、他の者がうまくやってのける」こと。)

 

(64)(正)(お)きられる /(△)起きれる

(△)皆たいへん疲れていて、なかなか起きれなかった

(コメント:「起きられなかった」が本来の形。「起きれない」は標準的な言い方ではない。)⇒ら抜き言葉について

 

(65)(正)屋上(おくじょう)(おく)を架(か)す /(△)屋上屋を重(かさ)ねる

(△)それは既(すで)に前任者が試みて結果を出していることだ。今更君がやったところで、屋上屋を重ねるにすぎない。

(コメント:冒頭例も全くの誤りとは言えないが、「屋上屋を架す(架する)」が標準的な言い方である。意味は「(屋根の上に更に屋根をつける意から)無駄なことを重ねてする」こと。)

 

(66)(正)おくびにも出さなかった /(誤)おくびに出さなかった

(誤)彼女は、結婚して既(すで)に子供までいることを、同僚の前ではおくびに出さなかった

(コメント:「おくびにも出さなかった」と「も」を入れて言うのが適切。この「も」は、「おくび(=胃の中にたまったガスが口の外へ出てくるもの。げっぷ)」という極端な例を示して、「全く何も言わない」の意を強める働きをしている助詞であるから、省くことはできない。なお、「おくびにも触(ふ)れない」という言い方も間違いである。)

 

(67)(正)(お)しが強い /(誤)押し出しが強い

(誤)先方はかなり手ごわそうだ。ここはひとつ押し出しの強い彼に話をつけに行ってもらおう。

(コメント:「押しの強い彼に」が適切。「押し」は、「自分の意見・希望などを無理にでも通そうとすること。また、人を威圧しておさえつける力」の意。一方、「押し出し」は、「人前に出たとき、その人の体格・態度などが周りの人に与える全体的な印象」の意で、「押し出しがよい(りっぱだ。堂々としている)」などと使われる語。)

 

(68)(正)(お)しも押されもせぬ /(△)押しも押されぬ

(△)子供のころは手に負えない悪童(あくどう)だった彼も、今や押しも押されぬ建設会社の社長だそうだ。

(コメント:「押しも押されもせぬ(=だれからも実力を認められ、確固たる地位を占めている)」が一般的。しかし、最近の国語辞典の中には、「押しも押されぬ」の形を併記するものもある。)

 

(69)(正)(おそ)かりし由良之助(ゆらのすけ)(誤)遅かりし内蔵助(くらのすけ)

(誤)今ごろ来ては遅かりし内蔵助だ。めぼしい物はもうほとんどない。だが、酒だけはだいぶ残っているぞ。どんどんやってくれ。

(コメント:「遅かりし由良之助」が正しい。この言葉は、歌舞伎(かぶき)「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」で、大星(おおぼし)由良之助が主君塩冶判官(えんやはんがん)の切腹の場に駆けつけるのが遅れたところから、「遅かった、肝心のことに間に合わなかった。また、待ちかねた」の意で使われる。これを冒頭例のように実在した人の通称で言うのは一般的でない。)

 

(70)(正)(おそ)れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん) (誤)うっかり下谷(したや)の鬼子母神

(誤)最下位のチームにこんな負け方をするとは、まさにうっかり下谷の鬼子母神だな。

(コメント:「うっかり下谷の鬼子母神」という言葉はない。「恐れ入谷の鬼子母神」は、「恐れ入る」の「入る」に東京都台東区(たいとうく)の地名「入谷」をかけ、その地にある真源寺(しんげんじ)の「鬼子母神」を持ち出したもので、「恐れ入りました」のしゃれ。「この大変な仕事を彼女が一人で午前中に済ましてしまったとは、恐れ入谷の鬼子母神だ」などと使われる。)

 

(71)(正)小田原評定(おだわらひょうじょう) (△)小田原評議(おだわらひょうぎ)

(△)組合の今後の運動方針を巡って、朝から小田原評議が続いていた。

(コメント:「小田原評定」が一般的。意味は「相談がいたずらに長引いて決まらないこと」。天正(てんしょう)十八年豊臣秀吉(とよとみひでよし)が小田原城を攻めた時、城内の北条方の者が会議に日を過ごし、態度を決し得なかったことによる。古くは「小田原評議(談合だんごう。相談そうだん)」などとも言われた。)

 

(72)(正)男心(おとこごころ)と秋の空 /(正)女心と秋の空

(正)「最近、彼女、僕に急にそっけなくなってね。何か気に障(さわ)る言動でもしたためかなあ」「たいした理由はないと思うよ。女心と秋の空といったところじゃないのかい」。

(コメント:「男心と秋の空(=秋の空が変わりやすいのと同様に、男の〈女に対する〉心持ちも移ろいやすいものだ)」が江戸時代の人情本などに見られ、こちらが先のようである。しかし、現代では「女心と秋の空」も一般的に使われている。)

 

(73)(正)おなか(御腹)を抱(かか)えて /(誤)おへそを抱えて

(誤)猿の珍芸に観客は皆おへそを抱えて笑った。

(コメント:「おなか(御腹)を抱(かか)えて」「腹(はら)を抱えて」が正しい。冒頭例は、「へそで茶を沸(わ)かす」との紛れによる言い誤りか。)

 

(74)(正)(おに)も十八(じゅうはち)番茶(ばんちゃ)も出花(でばな)(誤)(むすめ)十八番茶も出花

(誤)(むすめ)十八番茶も出花と言いますが、しばらくぶりでお会いしたら、お宅のお嬢さん、すっかりきれいになられて。

(コメント:「鬼(おに)も十八(じゅうはち)番茶(ばんちゃ)も出花(でばな)」が一般的。「娘十八番茶も出花」の形を掲げることわざ辞典もあり、冒頭例も全くの誤りとは言えないかもしれないが、用法上問題がある。この言葉の意味は、「(鬼も年ごろになれば美しく見え、番茶も湯をついで出したばかりの時には香りや味がよいの意から)女の子はだれでも年ごろになれば、それ相応にきれいに見え、魅力もそなわるものだ」ということ。醜(みにく)い形相(ぎょうそう)の鬼と質(しつ)の悪い番茶とをたとえに出して、きれいになった娘をからかう意味合いが強い。したがって、本人やその両親などに対して、正当な褒(ほ)め言葉のつもりで使うことはできない。)

 

(75)(正)おぼつか(覚束)ない足どり /(誤)おぼつかぬ足どり

(誤)酔っ払いがおぼつかぬ足どりで終電車に乗り込んできた。

(コメント:「おぼつか(覚束)ない足どり」が正しい。「おぼつかない」は、「しっかりしたところがなく、不安を感じさせるようすだ。確かでない。あやぶまれる」の意の形容詞。「おぼつく」という動詞はないから、「おぼつかぬ」「(足どりも)おぼつかず。おぼつきません」などの言い方はない。)

 

(76)(正)汚名(おめい)をすす(雪)ぐ /(誤)汚名を晴らす

(誤)前回の試合では大方(おおかた)の期待を裏切ってさんざんだったが、今回は絶対汚名を晴らす覚悟で臨(のぞ)むぞ。

(コメント:「汚名(おめい)をすす(雪)ぐ」(「すすぐ」は「そそぐ」とも)が正しい。意味は、「世間から受けた悪い評価、不名誉な評判を除きはらう」ということ。「すすぐ(そそぐ)」は「恥(はじ)をすすぐ」(雪辱〈せつじょく〉)と使われ、「晴らす」は「恨み(疑い・憂さ)を晴らす」と使われる語。最近の国語辞典の中には用例に「汚名をすすぐ(晴らす)」と示しているものもあるが、「汚名を晴らす」は一般的な言い方でない。)

 

(77)(正)汚名(おめい)を返上(へんじょう)する /(誤)汚名を挽回(ばんかい)する

(誤)きれいな女性が同じ課に入ってきてからというもの、彼は怠(なま)け者の汚名を挽回しようとして、猛烈(もうれつ)に働きだした。

(コメント:「汚名(おめい)を返上(へんじょう)しようとして」や「汚名をすすごうとして」が正しい。「挽回(ばんかい)」は「取り返して、もとのよい状態にすること」であり、「名誉(勢力。失地)を挽回する」などと使われる語。なお、「挽」は常用漢字でない。)

 

(78)(正)思いとどまらせられた /(誤)思いとどめられた

(誤)あの時、あなたに辞職を思いとどめられたことが幸いして、今日(こんにち)、わたしがこの地位にいられるわけです。

(コメント:「思いとどまら‐せ‐られ‐た」か「思いとどまら・さ‐れ‐た」、または単に「とめ‐られ‐た」が正しい。「思いとど(止)まる」という動詞はあるが、「思いとどめる」という動詞はない。)

 

(79)(正)思い半(なか)ばに過ぎる /(誤)思い半ばを過ぎる

(誤)小さいころの家庭教育が、その子の将来の社会道徳の有無(うむ)にいかに大きな影響を与えるか、思い半ばを過ぎるものがある。

(コメント:「思い半(なか)ばに過ぎる」が正しい。冒頭例のように「思い半ばを過ぎる」とは言わない。意味は、「思慮して、その大半が推測できる。思い当たるところがあって自然にわかる」ということ。この語は、中国の「易経(えききょう)」の、「知者はその彖辞(たんじ)を観(み)れば、すなはち思ひ半ばに過ぎん(=知恵の優れた人は、易の卦(か)の初めに掲げられた、卦ごとに意味を説明した言葉を見ただけで、卦全体の示す意味を大半は察知できる)」を出典とする。)

 

(80)(正)思いも寄らない事態 /(誤)思いも付かない事態

(誤)タンカーの座礁(ざしょう)によって重油が漏(も)れだし、沿岸の漁場(ぎょじょう)思いも付かない事態を引き起こした。

(コメント:「思いも寄らない(=全く予想もしない。意外な)事態」が正しい。同じ意味で、「思いも掛けない」も使われる。しかし、「思いも付かない事態」とは言わない。)

 

(81)(正)お(御)役御免(ごめん)になる /(誤)お役目御免になる

(誤)彼は新商品開発部のサブリーダーを務めていたが、ある不祥事(ふしょうじ)を起こしてお役目御免になった。

(コメント:「お(御)役御免(ごめん)になった」が正しい。この場合、「お役」自体が「お役目」の意で使われているから、「お役目御免」とは言わない。しかし、「お役目御苦労」の場合は、ふつう「お役御苦労」とは言わない。)

 

(82)(正)親譲(おやゆず)り /(誤)兄譲り

(誤)彼は兄譲りの運動神経の持ち主で、オリンピックに出場し、そろって日の丸を揚(あ)げた。

(コメント:その人の体質・性格は親の遺伝子の働きによるものであるから、「親譲(おやゆず)りの運動神経の持ち主」が正しい。冒頭例の場合、「兄同様の(兄とよく似た、兄に劣らぬ)運動神経の持ち主」であれば、なんら問題はない。)

 

(83)(正)女手(おんなで)一つで /(誤)女手一人で

(誤)夫を亡くした後、彼女は女手一人で三人の子供を育て上げた。

(コメント:「女の手」の数え方は「一つ」が普通であるから、「女手(おんなで)一つで」が正しい。「母親(女性)一人で」という言い方はあるが、「女手一人で」という言い方はない。)

 

(84)(正)(おん)に着(き)せる /(誤)恩を着せる

(誤)わたしもこの仕事には興味があるから手伝っているだけで、恩を着せるつもりなど毛頭(もうとう)ありません。

(コメント:この語は、「恩として背負わせる」がもとの意で、「恩(おん)に着(き)せる」が標準的。しかし、「彼はすぐ恩を着せるから、頼みごとはしないようにしている」などの場合は、「恩を着せる」でもそれほど不自然でない。冒頭例も全くの誤りとは言えないかもしれない。)

 

(85)(正)乳母日傘(おんばひがさ) (誤)おんぶ日傘

(誤)君のようにおんぶ日傘で育てられた者には、わたしの子供のころの食うや食わずの状態など、想像すらできないだろうね。

(コメント:「乳母日傘(おんばひがさ)」が正しい。意味は、「幼児に、乳母(うば)をつけたり、外出には強い日ざしに当たらぬように傘をさしかけたりして、大事に育てること。子供を過保護に育てること」。「おんぶ日傘」という言い方は、「おんぶに抱っこ」との紛れによる言い誤りか。「おんぶに抱っこ」は、「(子供をおんぶすると、すぐに今度は「抱っこして」と甘えることから)すべて他人に頼りきりになること」を意味する。)