3.言い方に関する問題

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(正)(許)(△)(誤)のしるしの基準

(正)

規範的、標準的、一般的な形   国語表記の本則

(許)

現代仮名遣い・送り仮名の付け方など、国語表記の許容

(△)

やや一般的でない形  やや適切でない形  

(誤)

表記・用法上の間違い

 

(か)

(86)(正)快哉(かいさい)を叫(さけ)ぶ /(誤)喝采(かっさい)を叫ぶ

(誤)我々が言いたくても言えずにいたことを、彼女がずばり社長に進言し、喝采を叫びたい気持ちだった。

(コメント:「快哉を叫びたい気持ちだった」が適切。「快哉を叫ぶ」は「喜びの声をあげる。痛快がる」の意。「喝采」は「感動して声を上げ、手をたたいてやんやと褒めそやすこと。また、その声や音」の意。「喝采を博(はく)する」の形でよく使われる。なお、「哉」「采」は常用漢字でない。追記―平成22年11月告示の新しい「常用漢字表」には「采 サイ」が追加された。)

 

(87)(正)かいま(垣間)見る /(誤)かいま聞く

(誤)車内で隣に座っている婦人たちの話をかいま聞いたら、子供の進学問題についてだった。

(コメント:「書店でかいま見た美しい女性」「その行動に、彼の性格の一端をかいま見る思いがした」など、「かいま(垣間)見る(=〈物の透き間からのぞき見することから〉ちらっと見る)」という言葉はあるが、「かいま聞く」はない。この場合は、「ちらっと聞く。小耳(こみみ)に挟(はさ)む」などが当たる。なお、「かいま見せる」という言い方をする人もいるが、「のぞかせる。うかがわせる」などのほうが一般的。)

 

(88)(正)かえる(蛙)の面(つら)に水 /(誤)かえるの顔に水

(誤)いつもチームワークを乱すあの方には、何を言ってもかえるの顔に水で、全く効き目がないわね。

(コメント:「かえる(蛙)の面に水」(「面に」は「面へ」、「水」は「小便」とも)は、「(かえるの顔に水をかけても平気でいるところから)どんなことを言われたりされたりしても、全く平気でいるさま。いけしゃあしゃあとしているさま」を意味する。「つら(面)」が品のない言葉だからといって、これを冒頭例のように「顔」と言い換えては誤りである。なお、「蛙」は常用漢字でない。)

 

(89)(正)顔色(かおいろ)をうかが(窺)う /(誤)顔をうかがう

(誤)彼はいつ別れ話を切り出したらよいか、相手の顔をうかがっていた。

(コメント:「顔色をうかが(窺)っていた」が適切。この場合の「顔色」は、「その人の顔にあらわれた感情の動き。表情」のこと。単に「顔をうかがう」では、そうした意味が明確に表現されない。なお、「窺」は常用漢字でない。)

 

(90)(正)顔をしか(顰)める /(△)(まゆ)をしかめる

(△)課長から「この仕事は君に頼むよ」と言われた課員は、一瞬眉をしかめた

(コメント:「顔をしか(顰)める」とも「眉をしかめる」とも言うが、現在では前者のほうが一般的。意味は、「不快・不機嫌・苦痛などのために、顔(特に顔の上部の額〈ひたい〉や目の辺り)にしわを寄せる」こと。「眉」は、「眉を寄せる」「眉を曇らす」などと使われることが多い。なお、「顰」「眉」は常用漢字でない。追記―平成22年11月告示の新しい「常用漢字表」には「眉 ビ・ミ まゆ」が追加された。)

 

(91)(正)かかずらう /(△)かかずらわる

(△)今は人様のことにばかりかかずらわっていられる状態ではないでしょう。あなた御自身の再就職はどうなさるおつもりですか。

(コメント:この語の本来の形は「かかずらう」である。意味は、「(煩わしいこと、めんどうなことなどに)かかわりを持つ。かかわり合って離れられない状態になる。関係する。また、(ささいなこと、つまらないことなどに)気持ちが引っ掛かる。こだわる。拘泥(こうでい)する」こと。最近の国語辞典の中には見出し語「かかずらう」の語義解説の後に「かかずらわる」の形を付記するものも何種かあり、冒頭例も誤りとは言えない。)

 

(92)(正)陰口(かげぐち)をたたかれる /(△)陰口を言われる

(△)彼は皆から課のお荷物だと陰口を言われていることを知ってか知らずか、常に明るくマイペースでやっている。

(コメント:「陰口(=その人のいない所で、その人についての悪口を言うこと。また、その悪口)」は、冒頭例のように「陰口を言う(言われる)」の形で使われないこともないが、「陰口をたたく(たたかれる)」が一般的である。また、「陰口をきく」の形でもよく使われる。)

 

(93)(正)(かげ)の形(かたち)に添(そ)うごとく /(誤)影に形の添うように

(誤)その男の行くところ、影に形の添うように、常に一人の若い女性の姿が認められた。

(コメント:「影の形に添うように」(「影の形に添うごとく。形に影の添うように(添うごとく)」とも)が正しい。意味は、「(影が本体である形から決して離れることがないように)あるものが他のものから離れず、いつも連れ添っているようす」のこと。「影」が「形」に添うのであって、「形」が「影」に添うのではない。)

 

(94)(正)風上(かざかみ)にも置けない /(誤)風下(かざしも)にも置けない

(誤)表面はまじめな教育者を装いながら、陰であのようないかがわしい行為をしていたとは、教師の風下(かざしも)にも置けないやつだ。

(コメント:「教師の風上にも置けないやつだ」が正しい。「風上にも置けない」は、「(臭い物を風上〈風の吹いてくる方向〉に置くと、いやなにおいをまともに受けることになるのでたまらないの意から)仲間としてとうてい同列に扱えないほど卑劣である」ということ。一方、「風下」の付く言葉には、「風下に立つ(=他に後れを取る。劣位に立つ)」がある。)

 

(95)(正)かすか(幽か・微か) /(誤)かそか

(誤)どこの家で弾(ひ)いているのか、風に乗ってかそかなピアノの音が聞こえてくる。

(コメント:「かすか(幽か・微か)なピアノの音」が適切。「かそか(なり)」は昔の文献には見られるが、現代ではほとんど使われない。)

 

(96)(正)(かぞ)える程(ほど) (誤)数えられる程

(誤)六時から始まる社内英会話学習会の参加者は、数えられる程しかいなかった。

(コメント:「数える程しかいなかった」が正しい。「数える程」は、「(手の指を折って数える程度の意から)ほんの少し。ごく少数」を意味する。冒頭例は、多数の場合には「今年は柿(かき)が数え切れない程よくとれた」などという言い方をするので、少数の場合にもつい「数えられる程」と言ってしまった間違いか。)

 

(97)(正)(かたな)(お)れ矢(や)(つ)きる /(誤)矢折れ刀尽きる

(誤)源義経(みなもとのよしつね)の家来(けらい)武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)は、圧倒的に多い敵軍を相手に矢折れ刀尽きるまで戦い、壮絶な立ち往生(おうじょう)を遂げた。

(コメント:「刀折れ矢尽きる」が正しい。意味は、「(刀も折れ、矢も射尽くしてしまい、もはや戦う手段が全く無い状態になる意から)激しい戦いの末、精根(せいこん)尽き果てる。戦いに敗れてさんざんなありさまになる。転じて、物事に立ち向かう方策が完全になくなる」こと。出典は中国の「後漢書(ごかんじょ)」。「弓折れ矢尽きる」も同様の意味で用いられる。しかし、冒頭例のように「矢折れ刀尽きる」という言い方はない。)

 

(98)(正)(かなえ)の軽重(けいちょう)が問われる /(誤)鼎が問われる

(誤)いよいよ新雑誌の発刊となったが、もしも売れない場合には、これを企画した編集長は、鼎が問われることになろう。

(コメント:「鼎の軽重が問われることになろう」が正しい。中国、春秋時代、楚(そ)の荘王(そうおう)が周(しゅう)へと軍を進め、夏(か)王朝から伝わる帝位の証(あかし)である鼎の大小軽重を問うたということから、「統治者(とうちしゃ)の権威を軽(かろ)んじ、これにとってかわろうとする。人の実力を疑って、その地位をくつがえそうとする。その人の能力を疑う」ことを「鼎の軽重を問う」と言うようになった。実際には、「…が問われる」の形で用いられることが多い。「要(かなめ)の軽重が問われる」という言い間違いもしばしば見られる。なお、「鼎」は常用漢字でない。)

 

(99)(正)かねて(予て) /(正)かねてから

(正)六十歳が定年だとかねてから承知していたが、それが現実のものになると、言いようのない寂(さび)しさに襲(おそ)われた。

(コメント:「かねて(予て)」だけでも「かねてから」の意になる。しかし、「かねてから(かねてより)」も避けなければならない重ね言葉とは言えない。例、「かねて御案内申し上げましたように…」「かねてからの約束を果たす」。)⇒「重言のいろいろ」

 

(100)(正)かぶと(兜)を脱(ぬ)ぐ /(誤)かぶとを取る

(誤)今度こそはの意気込みで立ち向かったが、前半戦で早くも大差がつき、あっさりかぶとを取った格好(かっこう)になった。

(コメント:「かぶと(兜)を脱ぐ」は、「(昔、戦いの時、兜〈=頭部を防御するためにかぶった武具〉を取り外すことから)とてもかなわないと相手の力を認めて、降参する」ことを意味する。例、「月月火水木金金でセールスに駆けずり回るあの男の猛烈なファイトにはかぶとを脱ぐよ」。冒頭例の場合も「かぶとを脱いだ格好になった」が正しい。類義語に「シャッポを脱ぐ」があるが、これも「シャッポを取る」とは言わない。なお、「兜」は常用漢字でない。)

 

(101)(正)(かれ)を知り己(おのれ)を知れば百戦(ひゃくせん)(あや)うからず /(誤)(てき)を知り己を知れば百戦危うからず

(誤)敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。まず相手チームの戦力を徹底的に調べる必要がある。

(コメント:この言葉の出典、中国、春秋時代の兵法書「孫子(そんし)」に、「彼を知り己を知れば百戦(ひゃくせん)(して)危(あや)うからず」とある。意味は、「敵情を十分に知り、味方のことも十分にわきまえていれば、何度戦っても身の危険に陥ることはない」ということ。冒頭例の「敵を知り…」は、本来の言い方から外れている。もっとも、これを言い換えた言葉「敵と己を知る者は勝つ」などであれば、「敵」であっても当然誤りではない。)

 

(102)(正)感じる(ところ) /(正)感ずる(ところ)

(正)感ずるところがあってか、彼は突然独り旅に出た。

(コメント:「感じる(ところ)」とあれば上一段活用の連体形、「感ずる(ところ)」とあればサ変動詞の連体形。前者が優勢だが、特に改まった文章中などでは後者も用いられる。また、「感ぜ(られる)」より「感じ(られる)」のほうが一般的。なお、ふつう「感じ(ない)」とは言うが「感ぜ(ない)」とは言わない。)

 

(103)(正)感に堪(た)えないような /(△)感に堪えたような

(△)「あの年で、あんなによく母親の看護ができる子はめったにいないわよ」と、彼女は感に堪えたような言い方をした。

(コメント:現在では、「感に堪えないような言い方をした」が一般的である。例、「三十年ぶりに会った二人は、感に堪えないといった面持ちで、しばらく言葉もなく見つめあった」。しかし、「感に堪えたような…」と「ない」を付けない言い方も古くからある。例、「人々は美しい笛の音を感に堪えて聞いていた」。)