1.書き方に関する問題

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(正)(許)(△)(誤)のしるしの基準

(正)

規範的、標準的、一般的な形   国語表記の本則

(許)

現代仮名遣い・送り仮名の付け方など、国語表記の許容

(△)

やや一般的でない形  やや適切でない形  

(誤)

表記・用法上の間違い

 

(こ)

(135)(正)幸運(こううん)(正)好運

(正)彼は好運に恵まれ、司法試験に一回でパスした。

(コメント:「こううん」は、「幸運(=幸しあわせな巡り合わせ)」とも「好運(=よい巡り合わせ)」とも書くが、前者のほうが一般的。)

 

(136)(正)剛球(ごうきゅう)(△)豪球

(△)味方のバッターは相手ピッチャーの豪球の前に、三振や凡打を繰り返した。

(コメント:野球で、ピッチャーが投げる、スピードがあって球質が重く威力のある球を意味する「ごうきゅう」は、「剛球」とも「豪球」とも書くが、前者のほうが一般的。)

 

(137)(正)後車(こうしゃ)の戒(いまし)め /(誤)後者の戒め

(誤)あのスーパーの海外進出の失敗を後者の戒めとして、わが社は慎重に事を運んでいかなければならない。

(コメント:「こうしゃの戒め」は「前車(ぜんしゃ)の覆(くつがえ)るは後車の戒め」の略。意味は、前を進む車がひっくり返るのを見たら、後の車は同じわだちの跡を行かないようにせよということ。転じて、前の人の失敗は後の人の教訓となるというたとえ。例、「優勝候補ナンバーワンのあのシード校の緒戦敗退を後車の戒めとして、わがチームは最初から気を引き締めて立ち向かっていかなければならんぞ」。したがって、「こうしゃ」を「後者」と書いては誤り。)

 

(138)(正)後生(こうせい)(おそ)るべし /(誤)後世(こうせい)畏るべし

(誤)若い諸君は、人生のゴールを目前にした私どもと異なり、後世畏るべしの可能性を秘めています。どうか各自の目標に向かって奮起してほしい。

(コメント:この語の出典である「論語(ろんご)」に、「後生畏るべし」とある。意味は、わたしの後輩たち(後生)は、年も若いし、精力・気力もあるから、まことにおそれ敬わなければならないということ。したがって、「こうせい」は「後生」が正しい。なお、「畏」が常用漢字表にないため、「恐るべし」と書かれることもある。「後生畏るべし」は、多く、将来のある若い人に対するほめ言葉、激励の言葉として用いられる。したがって、「うちの娘は後生畏るべしでね、中学一年にして哲学書を読んでいるんだ」とは、冗談以外には使えない。時に、「あの子はうそつきの天才で、後生畏るべしだ」など、悪い意味で用いられることもある。)

 

(139)(正)交代(こうたい)(正)交替

(正)五回の裏、ツーランホーマーを打たれたところで、ピッチャーの交替が告げられた。

(コメント:「こうたい」は、「交代」でも「交替」でもよい。厳密には、前者は「前の人が行っていた役目や仕事を、別の人が代わって受け継いで行うこと」(「議長が交代する」「選手交代」)、後者は「同一の仕事を、別の人が時間を分けて入れ替わって行うこと」(「工場は八時間交替で操業している」「昼夜交替制」)をいう。)

 

(140)(正)豪胆(ごうたん)(△)剛胆

(△)探検家のみならず物事をなさんとする者には、剛胆さとともに注意深さも必要である。

(コメント:「極めて大胆で、危険なことにも平気で立ち向かうさま。肝っ玉が太く、物事に動じないさま」を意味する「ごうたん」は、「豪胆」とも「剛胆」とも書く。(「豪」は、すぐれている、つよい、の意。「剛」は、かたい、つよい、の意。)しかし、「豪胆」のほうが一般的である。なお、「強胆」とは書かない。)

 

(141)(正)広範(こうはん) (△)広汎

(△)彼の企画は社内で広汎な支持を得、その実現へ向けてのプロジェクトチームが結成された。

(コメント:「あることの及ぶ範囲が広いこと。広く行き渡ること」を意味する「こうはん」は、「広汎」が本来の表記である。しかし、「汎」が常用漢字表にないため、現在では「広範」が一般的である。もともとは、「広汎」は「ひろく・あまねくゆきわたること」、「広範」は「ひろい・一定の区切り」の意。追記―平成22年11月告示の新しい「常用漢字表」には「汎」が追加された。しかし、「広汎性発達障害」などの病名を別として、「広範」が一般的。)

 

(142)(正)降伏(こうふく)(△)降服

(△)昭和二十年、日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し、無条件降服をした。

(コメント:「(戦争などで)自ら敗れたことを認め、相手の命令や要求のままになること」を意味する「こうふく」は、「降伏(=降(くだ)って伏する)」とも「降服(=降って服従する)」とも書く。しかし、「降伏」のほうが優勢である。なお、「降覆」とは書かない。)

 

(143)(正)(こう)を奏(そう)する /(正)効を奏する

(正)思い切ったリストラが効を奏して、会社の経営状態はようやく危機を脱した。

(コメント:「事がうまくいく。成功する。効果を表す」の意の「コウを奏する」は、「功を奏する」とも「効を奏する」とも書く。しかし、一般的には「功を奏する」が優勢である。「薬の投与がコウを奏する」などの場合は「効」のほうがぴったりする。)

 

(144)(正)(こお)る /(誤)氷る

(誤)今年の冬は暖かい日が続き、十二月になっても湖(みずうみ)氷らない

(コメント:「凍らない」が正しい。「氷(こおり)」は名詞として使われる字。例、「湖に氷が張る」。なお、「今年は湖の凍りが遅い」の「凍り」は、動詞「凍る」の連用形名詞。)

 

(145)(正)古稀(こき) (正)古希

(正)昔と違って平均寿命の大幅に延びた現代では、古希の祝いといっても、それほどの感慨は起こらない。

(コメント:「古稀」(七十歳のこと)は、中国、唐(とう)の詩人杜甫(とほ)の「人生七十古来(こらい)(まれ)なり」を出典とする。「稀」は常用漢字表にない字であるが、「希」は「稀」に通じるので、「古希」という表記が生じた。(中国では「希」を「まれ」の意で用いることもある。)しかし、我が国では、「希」は「こいねがう。ねがう」の意、「稀」は「まれ」の意と分けて考える人が多いせいか、「こき」の表記は「古稀」が優勢である。)

 

(146)(正)ごく /(△)

(△)約二千種の細菌の中には、一マイクロメートル以下の微細なものもいる。

(コメント:「程度が甚だしいようす。この上なく。きわめて」の意の副詞「ごく」は、「極上(ごくじょう)」の「上」または「至極(しごく)」の「至」が略されて生じた語と言われ、漢字で書けば「極」である。しかし、実際には「ごく」と仮名で書くのが一般的である。)

 

(147)(正)午後(ごご)(△)午后

(△)日曜の午后はテニスをしています。

(コメント:「午後」が一般的。中国では「后」が「後(のち)」の意で使われてきたが、我が国ではふつう、「後」は「のち」、「后」は「きさき」(例、皇后。皇太后)を指す。)

 

(148) 呼称(こしょう) / 呼唱

(誤)「三水会(さんすいかい)」というこの会の呼唱は、毎月第三水曜日に開くところから付けられた。

(コメント:「こしょう」は、「呼称」と書くと「事物につけられる名前。体操をするときなどに、動作に合わせてかける一、二、三などの掛け声」の意、「呼唱」と書くと「体操のときの掛け声(号令)のように、声に出して唱えること」の意を表す。冒頭例の場合は「呼称」が正しい。)

 

(149)(正)後生大事(ごしょうだいじ) (誤)御生大事

(誤)「そんなペン先のさび付いた万年筆を御生大事に取っておいてなんになるの」「おやじの形見の品なんだ」。

(コメント:「ごしょうだいじ(=非常に大切なものとすること)」は、「後生大事」と書く。例、「古い手紙を後生大事に持っている」。もと仏教語で、来世(らいせ)の安楽を重視し、それを願い、修行に励み信心を深めていくことを意味する。冒頭例の「御生」は誤り。)

 

(150)(正)御存(ごぞん)じ /(△)御存知

(△)アメリカには御存知の方がそんなにもたくさんいらっしゃるのですか。それでよくあちらへの御旅行をなさるのですね。

(コメント:「ごぞんじ(=相手の方が知っていらっしゃること。御承知。世間周知のこと。また、知り合い。知人)」は、「御存じ。ご存じ」が本来の表記である。(「存じ」はサ変動詞「存ず(る)」の連用形名詞。) しかし、「御存知」も商業文や広告、手紙などによく用いられている。)

 

(151)(正)御多分(ごたぶん)に漏(も)れず /(誤)御多聞に漏れず

(誤)御多聞に漏れずわが社も一時(いっとき)は不況の波をもろにかぶりました。

(コメント:「御多分(ごたぶん)に漏(も)れず(=他の大部分の人と同様に)」が正しい。「多分」は、「数や分量の多いこと。また、ある集団の中の大多数。ある物事の中の大部分」の意。「漏れず」は、かつては「洩れず」が多かったが、「洩」が常用漢字でないため、最近では常用漢字の「漏」が多く使われる。「もれず」と仮名で書く例も多い。)

 

(152)(正)こぢんまり /(誤)こじんまり

(誤)こじんまりとしたいいお住まいですね。わたしたちも年を取ったらこうした家に住みたいものです。

(コメント:仮名遣いについて。「こぢんまり」が正しい。この語は、「こ(小)」と「ちんまり(=小さくまとまっているさま)」の二語の連合から成っている。二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」はもとのままで書く。)

 

(153)(正)子供(こども)(誤)小供

(誤)小供の非行化には、性格や家庭・学校・社会などの複雑な要因が絡(から)んでいる。

(コメント:「子供」が正しい。昔のものには「小供」の表記も見られる。なお、「子供」は「子」に複数を表す接尾語「ども」が付いた語であるから、もともとの意味は「(自分の、又は他人の)子ら。こどもたち」である。しかし、現在では複数の意識は薄い。)

 

(154)(正)(ことわ)る /(許)断わる

(許)(かね)の無心(むしん)に行ったが断わられた

(コメント:送り仮名について。「断(ことわ)られた」は本則による表記。「断(こと)わられた」は許容による表記。)

 

(155)(正)御名算(ごめいさん) (正)御明算

(正)「237掛ける55は」「13,035です」「はい、御明算」。

(コメント:主にそろばんで、他人の出した計算の答えが正しい場合にいう丁寧語「ごめいさん」の漢字表記は、「御名算」とも「御明算」とも書く。(「名」には「すぐれた」、「明」には「はっきりしている。かしこい」の意がある。) しかし、前者のほうが優勢である。)

 

(156)(正)五里霧中(ごりむちゅう)(誤)五里夢中

(誤)この商売を始めてはみたものの、不慣れでよく分からぬ事が多く、全く五里夢中の状態です。

(コメント:「ごりむちゅう」は、「五里霧中(=五里霧の中なかつまり、五里四方にわたる深い霧の中で、方角を見失うこと。転じて、物事の事情が全く分からず、どうしたらよいか迷うこと)」が正しい。なお、「五里霧の中」という語構成であるから、「五里、霧中」と区切って言うのはよくない。)

 

(157)(正)言語道断(ごんごどうだん)(誤)言語同断

(誤)年老いて病(やまい)にかかっている母親をほったらかしにするとは言語同断だ。

(コメント:「ごんごどうだん」は「言語道断」が正しい。もと仏教語で、仏教の真理は「言語の道<言葉で言う方法>を断(た)つ」、つまり、言葉では説明できないほど奥深くすばらしいものであるということ。のち、世間一般の事柄に関するひどさにも使うようになった。なお、「げんごどうだん」とは読まない。)

 

(158)(正)こんにちは /(誤)こんにちわ

(誤)こんにちわ」と、垣根越(かきねご)しに隣家の奥さんに声を掛けた。

(コメント:現代仮名遣いについて。「こんにちは」が正しい。発音「コンニチワ」は、「こんにちは、良いお日和(ひより)ですね」「こんにちは、御機嫌(ごきげん)いかがですか」などと続く言葉の省略されたもので、「ワ」を助詞「は」として扱う。しかし、くだけた言い方「コンチワ」は、「こんちは」「こんちわ」の両方とも認められよう。)

 

(159)(正)金輪際(こんりんざい) (誤)根輪際

(誤)いっしょに仕事をすれば肝心(かんじん)なところはすべてこっちに押し付ける、約束はいつも反故(ほご)にするではたまったものではない。根輪際、君との付き合いは御免こうむりたい。

(コメント:「こんりんざい」は「金輪際」が正しい。もと仏教の世界観に基づく語。世界の最下は「虚空(こくう)」であり、その上に「風輪(ふうりん)」「水輪(すいりん)」「金輪(こんりん」と重なっている。山や海や島は金輪の上にあるという。この金輪の最下端が「金輪際」である。一般語としては、「あくまでも。断じて。絶対に。とことん」の意で使われる。)