2.読み方に関する問題

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(正)(許)(△)(誤)のしるしの基準

(正)

規範的、標準的、一般的な形   国語表記の本則

(許)

現代仮名遣い・送り仮名の付け方など、国語表記の許容

(△)

やや一般的でない形  やや適切でない形 

(誤)

表記・用法上の間違い

 

(た)

(104)(正)たいあんきちにち(大安吉日) /(誤)だいあんきちじつ

(誤)その日はだいあんきちじつ(大安吉日)の日曜日とあって、どこの結婚式場も満杯のありさまだった。

(コメント:「大安吉日(=万事によいとする日。特に、婚礼に好んで選ばれる慣習のある日)」は、「たいあんきちにち」と読む。最近は「たいあんきちじつ」「たいあんきつじつ」と読まれることもある。しかし、この場合の「大安」を「だいあん」とは読まない。「大安」単独では「たいあん」「だいあん」二様の読みを掲げる国語辞典もある。)

 

(105)(正)だいかん(大寒) /(誤)たいかん

(誤)店のすべてを息子(むすこ)夫婦に任せきった老夫婦は、たいかん(大寒)を温泉での雪見酒で過ごそうと、越後(えちご)湯沢行きの列車に乗り込んだ。

(コメント:「大寒」は、二十四節気(にじゅうしせっき)(=太陰太陽暦<わが国の旧暦>で季節を正しく示すために、太陽年を太陽の黄経(こうけい)に従って二四等分して設けた暦上の点)の一つで、太陽の黄経が三00度に達した時をいい、現行の太陽暦で一月二0日ごろに当たる。一年で最も寒い時である。これを冒頭例のように「たいかん」と読むのは誤り。「だいかん」が正しい。なお、同じ二十四節気中の「大暑(太陽暦で七月二三日ごろ)」「大雪(太陽暦で一二月七日ごろ)」は、「たいしょ」「たいせつ」と「大」を清音で読む。)

 

(106)(正)だいし(大師) /(誤)たいし

(誤)こうぼうたいし(弘法大師)空海(くうかい)は、八0四年でんぎょうたいし(伝教大師)最澄(さいちょう)らと共に入唐(にっとう)し、わが国に新しい仏教をもたらした。

(コメント:「大師」は、朝廷から徳の高い僧に与えられる称号、諡(おくりな)として使われるが、読みは「だいし」が正しい。「大」は呉音「ダイ」、漢音「タイ」。仏教用語には呉音読みのものが多い。)

 

(107)(正)だい(大)それた /(誤)おお(大)それた

(誤)日ごろまじめな彼が、なぜ会社の金を横領するというおお(大)それた罪を犯したのだろう。

(コメント:「大それた(=とんでもない。度外れた。不届きな)」は、「だいそれた」と読む。国語辞典の中には「おおそれた」の読みを示すものも見られるが、一般的でない。)

 

(108)(正)だいたい(代替) /(正)だいがえ

(正)市は閉鎖(へいさ)されることになったごみの処理場のだいがえ(代替)地を用意した。

(コメント:「代替(=ほかの<同等の>物でそれに代えること)」は、「だいたい」が本来の読み。例、「代替エネルギー」。しかし、現在では「だいがえ」(上が音、下が訓で読む重箱読(じゅうばこよ)み)も広く行われている。例、「代替バス」。この場合、「代替え」と「え」を送ってもよい。)

 

(109)(正)たいとう(台頭) /(誤)だいとう

(誤)そのチームは若手がだいとう(台頭)してきて活気があった。

(コメント:「台頭」の「台」は代用字で、本来は「擡頭」と書いた。意味は「頭を擡(もた)げること」をいい、「たいとう」と読む。「擡」が常用漢字でないため、現在は広く「台頭」が用いられるが、読みは「たいとう」である。)

 

(110)(正)たいもう(大望) /(△)たいぼう

(△)彼は、やがては政治家になりたいというたいぼう(大望)を抱いて勉学にいそしんだ。

(コメント:「大望(=大きな望み)」は「たいもう」とも「たいぼう」とも読む。しかし、「たいもう」と読むほうが「待望」との紛れもなく、分かりやすい。)

 

(111)(正)たおる(手折る) /(誤)ておる

(誤)みごとに咲いている桜を見ると、酒の勢いもあってか、つい出来心で枝をておる(手折る)人もいるようだ。

(コメント:「手折る」は「たおる」と読み、「ておる」とは読まない。「手」を「た」と読む語の例。「手弱女(たおやめ)」「手繰(たぐ)る」「手綱(たづな)」「手挟(たばさ)む」「手向(たむ)ける」)

 

(112)(正)たしせいせい(多士済済) /(△)たしさいさい

(△)その日、会場に集まった人々の中には、政治家あり実業家あり有名なスポーツマンあり、まことにたしさいさい(多士済済)の顔ぶれであった。

(コメント:「すぐれた人物が多く集まっているさま」の意の「多士済済」は、「たしせいせい」が本来の読み方である。しかし、現在では、「たしさいさい」も広く使われている。なお、常用漢字表の「済」には「サイ、すむ すます」とあり、「セイ」の音は掲げられていない。)

 

(113)(正)たじろがす /(誤)たじろかす

(誤)生徒の鋭い質問が一瞬新任の先生をたじろかした

(コメント:「たじろがす」は、自動詞「たじろぐ(=しりごみする。圧倒されて、ひるむ。たじたじとなる)」の他動詞形であり、「そのピッチャーの高校生ばなれした剛球が、相手チームの打者をたじろがした」などと使われる。「たじろぐ」は室町時代ごろまでは「たぢろく」であったが、現在では「たじろぐ」であり、濁音で言うのが普通。冒頭例の「たじろかした」は一般的でない。しかし、「たじろく」「たじろかす」も全くの誤りとは言えないであろう。)

 

(114)(正)たづな(手綱) /(誤)てづな

(誤)あの亭主が、十年足らずのうちに、あれだけの店舗を構えることができたのは、女房のてづな(手綱)さばきに負うところが大きいらしいよ。

(コメント:「手綱(=馬を操るために、轡(くつわ)に付けた綱。比喩(ひゆ)的に、人を制御すること)」は、「たづな」と読み、「てづな」とは読まない。「手折る」「手繰る」なども、「たおる」「たぐる」であり、「ておる」「てぐる」ではない。)

 

(115)(正)たとえ雨が降っても /(正)たとい雨が降っても

(正)来月の史跡巡りは、たとい雨が降っても行います。

(コメント:副詞「たとえ」(仮令・縦・縦令。歴史的仮名遣い「たとへ」)は、江戸時代になってから盛んに用いられるようになった語で、それ以前は「たとい」(歴史的仮名遣い「たとひ」)と言った。「たとい」が本来の形であるが、現在では「たとえ」が優勢である。なお、「ものの例え」「例えに引く」などの名詞「例え」と混同して、「彼女のためなら、例えどんな目に遭っても構わない」などと書く人がいるが、「例え」は「たとえ」が正しい。)

 

(116)(正)たわいない /(正)たあいない

(正)ひいき力士のたあいない負け方にがっかりした。

(コメント:「正体(しょうたい)がない。手ごたえがない。しっかりしたところがない。取るに足りない」などの意を表す「たわいない」は、「たあいない」とも言う。(「他愛ない」と書くのは当て字。)国語辞典では、「たわいない」を本見出し、「たあいない」を参照見出しとしているものが多い。)

 

(117)(正)たんしょ(端緒) /(正)たんちょ

(正)新しい目撃者の証言がたんちょ(端緒)となり、その事件は一気に解決に向かった。

(コメント:「物事のはじまり。糸口。手がかり」の意を表す「端緒」は、「たんしょ」とも「たんちょ」(慣用読み)とも読むが、国語辞典では、前者を本見出し、後者を参照見出しとするものが多い。しかし、NHKでは、「短所」との紛れを避けて「たんちょ」を用いている。なお、「端緒」は「端初」と書かれることもある。)

 

(118)(正)たんのう(堪能) /(正)かんのう

(正)彼はドイツ語にかんのう(堪能)な人です。

(コメント:「堪能」は、本来、「たんのう」と読めば「じゅうぶん満足すること」(例、「本場のフランス料理にたんのうした」)、「かんのう」と読めば「深くその道に通じていて巧みであること」(例、「書にかんのうな人」)を意味した。「たんのう」は、「足(た)りぬ」の音便形「足んぬ」がなまって変化した語で、初めは仮名書きであったが、やがて「かんのう」の意でも「たんのう」と言うのが一般的になり、漢字表記「堪能」が当てられるようになったもの。なお、常用漢字表の「堪」には「カン、たえる」とあり、「タン」の音は示されていない。)