誓い
 
 
 世界はしんと静まりかえり、耳に届くのは微かにさざめく波の音のみ。その単調で穏やかな音色のせいで、世界は更に静けさが増しているような気がした。
 見上げる空は重く濃厚な闇に包まれ、星1つ見ることが出来ない。唯一浮かぶ銀色の丸い月が、ぼんやりと頼りない微かな光で天空をを照らしている。
 その闇と静けさの中、舳先に近い甲板に腰を下ろし、シーヴァスはじっと船の行く手を見つめていた。甲板には彼以外の人気がなく、この濃厚な闇と静けさに包まれていると、まるでこの広い世界に自分一人しか存在しないような錯覚を覚える。
「シーヴァス?」
 不意に背後より聞こえた自分の名を呼ぶ柔らかな声。その声にシーヴァスは振り返ると、端正な口元に淡い笑みを浮かべた。
「やあ、君か……」
 彼の視線の先に艶やかな金色の髪と紫碧の瞳の美しい少女−−ルシフェルが立ち、じっと自分を見つめていた。その背では大きな翼がこの濃厚な闇の中でも白く清らかに輝き、清らかな光を放っている。
 その翼を見つめ、眩しげに双眸細める彼を心配そう見つめ、彼女はゆっくりとした歩調で歩み寄った
「眠れないのですか?」
「ああ・・・・・・おかしいかな? 私が眠れないなどと言うとは・・・・・・」
 苦笑を浮かべ自嘲するように言った彼の言葉に対し、天使はふるふると首を振る。
「いいえ・・・・・・当然だと思います」
「そうか、君にそう言ってもらえると安心するな」
 言って、最近の彼が彼女だけに見せる柔らかな笑みでシーヴァスは笑いかけた。
「良かったら座ったらどうか?」
 隣を示され、彼女はおとなしく彼の隣に腰を下ろす。その姿をシーヴァスは愛おしむような優しい眼差しで見つめていたが、ふとその視線を転じ先ほどまで眺めていた海の彼方を見つめる。
 この船の進む方向の海の彼方。そこは闇がさらに凝り、暗く淀んでいるように見える。その闇の中から感じられる邪悪さを感じさせる波動に、無意識の内に傍らに置いた剣を強く握りしめる。
「すごいな・・・・・・こんなに離れていても大気の歪みと障気を感じる・・・・・・あそこに・・・・・・あの闇の中に魔王、堕天使ガープがいるのだな」
「ええ・・・・・・そうです・・・・・・」
「長い戦いだったが・・・・・・いよいよ明日、全てが終わる・・・・・・」
「・・・・・・ええ・・・・・・」
 彼女は同じように闇の彼方を見つめ小さく頷く。
 シーヴァスは言葉少なげに答える彼女の体が微かに震えていることに気付いた。その震える白く華奢な手をとり優しく握る。
「震えている・・・・・・怖いのか・・・・・・?」
「ええ・・・・・・あなたは?」
 心配そうにシーヴァスの顔を見つめる。それに対してシーヴァスは微かな苦笑を浮かべた。
「私は・・・・・・そうだな、こういった時、おびえる女性に対して心配させないよう強がってみせるのが、騎士としての心得なのだろうが・・・・・・だが・・・・・・正直に言うと怖い」
 言葉を切り、まっすぐに天使の瞳を見つめる。
「だが、私が怖いのは堕天使などではない。もし、私が倒れてしまったら、君との約束が果たせなくなる・・・・・・それが怖い」
「シーヴァス・・・・・・」
 そのまっすぐな視線にルシフェル嬉しそうな笑みを浮かべたが、その笑みは瞬く間に消えた。辛そうにシーヴァスから目を逸らし俯く。
「・・・・・・私は・・・・・・私は後悔しています。あなたを勇者に選んだことを・・・・・・」
 細く華奢な体が震える。
「私は、あなたが居なくなってしまったらと考えるのが怖いです。あなたは勇者として、騎士として堕天使に負けない強さを持っていることを知っています。けれど、もしも・・・・・・もしもあなたがガープに殺されてしまったら・・・・・・あなたがこの世から居なくなってしまったら・・・・・・。あなたを選ばなければ良かった・・・・・・そうすればこんなつらい思いをしなくてすむのに・・・・・・」
 両手で強く膝を抱き寄せ、その間に顔を埋める。
「天使なんて、なんて無力な存在なのかしら。勇者達が・・・・・・あなたが命を懸けて戦っているのに、わずかの力を貸すだけで何の役にも立たない」
「そうかな? 私はそうは思わないな」
 俯く彼女の顔をのぞき込み、シーヴァスは優しく笑いかける。
「君は私の過去を私の弱さを解き放ち、失っていた進むべき道を指し示してくれた。何よりも、君が選んでくれたから私達はこうして出会うことが出来たのだろう? それを思えば、私は君に選ばれたことを誇りに思うよ」
「シーヴァス・・・・・・」
「撤回しよう。私は死んだりしないよ。絶対に」
 傍らに置いていた剣を強く握り、泣きそうな表情の天使に向かって掲げ断言する。
「君を迎え、共に生きる約束をしたのだから、それを果たすまでは絶対にに死ねない。だから・・・・・・」
 言葉を切り傍らの天使を真剣な眼差しで見つめる。
「祝福を与えてくれないか?」
「祝福・・・・・・ですか?」
 思いがけない言葉に軽く目を見開き、ルシフェルは問い返した。
「この戦いを勝つために、天使の勇者である私に君の祈りを与えて欲しい・・・・・・」
 わずかにためらい彼女は小さく頷いた。
 シーヴァスの前に立ち、すっと姿勢を正す。
 目の前の彼を、この世の全てを優しく迎え包み込むかのように翼と両手を広げる。形の良い口元に浮かぶ安らぎと慈愛の微笑み。その神々しさ溢れる彼女の姿は正しく聖教画に描かれる聖なる天使の姿そのもので、シーヴァスはその姿を眩しそうに見上げた。
「あなたの振るう剣が、全ての魔を断ち切るように・・・・・・
 あなたのその輝きが、全ての闇を打ち払うように・・・・・・」
 美しく柔らかな声が祈りの言葉を紡ぎ出す。そして言い終えて彼女はしばらく躊躇う。
「?」
 黙り込み立ちつくす彼女を不思議そうに見つめるシーヴァスの上に、ふいにルシフェルがかがみ込んだ。白くしなやかな、彼が知る女性の誰よりも美しい指先が見上げたシーヴァスの頬をとらえる。 
「!」
 シーヴァスの琥珀の瞳が驚きに見開かれる
 見上げる彼の唇に、彼女の柔らかな唇がほんの一瞬、重なり−−−離れた。
 そっと目を伏せながら体を離し、彼女は黄昏の天空の色を写したような紫がかった蒼の瞳でじっとシーヴァスを見つめる。
「・・・・・・そして、これが天使から天使が愛する勇者に贈る祝福です・・・・・・」
 見つめる瞳から、透明の滴がこぼれ落ちる。
「決して・・・・・・決して死なないでください・・・・・・」
 耐えきれず両手で顔を覆う。
「・・・・・・あなたが・・・・・・あなたが死んでしまったら私は・・・・・・」
「約束しよう・・・・・・」
 天使を見上げ、真剣な顔でシーヴァスはそう告げる。
 そして、手を伸ばし彼女の翼をとらえると、その先端にそっと口付けた。
「私の剣と君のこの翼に誓って・・・・・・必ず生きて返ると・・・・・・誓う」
 彼女の体を引き寄せ、強く抱きしめる。
 その彼の腕の中、祈るかのように天使はそっと目を閉じた・・・・・・



 
まぁありきたりの話ですが・・・・・・見逃してくれ!!書きたかったんだよぉ〜!!
これを掻きたかった理由の一つである別バージョンの方は、この内容裏切ること請け合い(?)です(笑)