誓い
 
 
 世界はしんと静まりかえり、耳に届くのは微かにさざめく波の音のみ。その単調で穏やかな音のせいで、世界は更に静けさが増しているような気がした。
 見上げる空は重く濃厚な闇に包まれ、星1つ見ることが出来ない。唯一浮かぶ銀色の丸い月が、ぼんやりと頼りない微かな光で天空をを照らしている。
 その闇と静けさの中、舳先に近い甲板に腰を下ろし、シーヴァスはじっと船の行く手を見つめていた。甲板には彼以外の人気がなく、この濃厚な闇と静けさに包まれていると、まるでこの広い世界に自分一人しか存在しないような錯覚を覚える。
「シーヴァス?」
 不意に背後より聞こえた自分の名を呼ぶ声。その声にシーヴァスははっきりと形の良い眉をひそめ振り返り、更にその端正な顔を不機嫌そうに歪めた。
「何だ、お前か」
 彼の視線の先には、この濃厚な闇の中でも白銀の光を帯び白く輝く大きな翼を背に持った青年−−シーヴァスを世界を救う勇者などと言うものに選んだ張本人−−天使アーサーが立っていた。訝しげ……というより、胡散臭げな視線でシーヴァスを見下ろしながら側に歩み寄る。
「何だ、まーだ起きてるのか? まさかと思うが今更明日の戦いを前にして眠れねぇなんて言うんじゃねぇだろーな?」
「悪いか? 私が眠れないとは・・・・・・」
 明らかに不機嫌そうなシーヴァスの言葉に対し、アーサーは思いっきり不信感を表した顔できっぱりと大きく首を縦に振る。
「ああ、確かにあんたには似合わねぇな」
「ほう・・・・・・どういう意味だ?それは?」
「どういう意味とはそのまんま言ったとおりの意味だが?」
 軽く言ってのけ、シーヴァスの傍らにどしんと腰を下ろす。その天使の姿を鬱陶しそうに彼は横目で見た。
「こんな夜中にまだ何か用事でもあるというのか!?」
「別に? 特に用なんてねぇよ・・・・・・ただ、ガープとの決戦の前にてめぇの姿が見えねぇから、てっきり
また逃げ出したのかと・・・・・・」
 その言葉にシーヴァスは壮絶な目つきで傍らに座った天使を睨み付けた。
「ほほう・・・・・・この私、シーヴァス・フォルクガングが敵を前にして逃げるような男だと思うのか?」
「はんっ! 何言ってやがるんだか。既に一回逃げ出した前科持ちのくせに」
 ふふんと鼻先で笑い飛ばしシーヴァスを勝ち誇ったような目つきで見る。ぶつかり合った二人の視線との間に一瞬、目に見えない何かが確かに散った。
「だいたい、なんで最後かもしれない晩に側にいるのがお前なんだ!?」
 ウンザリとした表情で片手で顔を覆うとシーヴァスはわざとらしく盛大に溜息をついてみせた。
「こういった夜は女性と最後の一時を過ごすのが筋というものだろう?」
「はんっ、なんだったら女性の姿をとろうか?」
「やめてくれ・・・・・・」
 シーヴァスは更にげんなりと溜息をつく。
「仮にいくら一見美しい絶世の美女だとしても、中身がお前だと考えると押し倒す気にもならん」
「ふっ、俺様としても野郎・・・・・・しかも貴様のような女ったらしに押し倒されたとしたら、末代までの恥だし頼まれたってんなアホな事するわけねーけどな」
「だったら言うな貴様!!」
 ガンッ! と音を立てて甲板を殴りつけシーヴァスは叫んだ。
「おまけに何故ガープを倒しに行くのが私なんだ!! 私以外に他にも勇者はいるはずだろう!?」
「まぁ、確かに俺様としてもあんたに頼むのは恐ろしく不本意で頼りねぇから勘弁したいんだけどよぉ、レイヴの野郎は誘拐なんかされやがっておまけに英霊祭なんか優先させるせいで全然使えねぇし、まともに戦えそうな勇者っつーとあんたぐらいしかいねぇんだよなぁ」
 がりがりと苛ついたように髪を掻き上げ、天を仰いでうんざりと溜息をつくアーサーをシーヴァスは同じく苛立だしげに睨み付ける。
「ちょっと待て……私とレイヴ以外にも勇者は居るはずだろう?」
「ああ、確かに居るこた居るが、女の子にんな危険なことさせられるわけねぇーだろ?」
「だったら初めっから勇者に選ぶなっっ!!」
「冗談!! 野郎ばっかり相手にこんな退屈でつまらねぇ任務やってられっかよ!!」
「ほほぅ〜? と言うことは、慈悲深き神聖なる神の使いであるはずの天使様は男なら堕天使に殺されても全然構わないと言うのか?」
「当然だ!!」
 はっきりきっぱりと言い切り、文句があるなら言って見ろとばかりにシーヴァスに向かって胸を張る。
(こいつ・・・・・・叩ききってやろうか?)
 あまりにもあっさりと返ってきた彼の言葉に、傍らに置いていた剣を握りしめるシーヴァスの内心に一瞬かなり本気の殺意がよぎった。
「まあガープと対峙するのがよりにもよってあんたっつーのがこの際ちっと不安が残るんだが、俺様とアーシェとの幸せな未来のために、あんたにはどうしても魔王を倒して貰わねーとな」
「何故この私がお前の幸せごときのために堕天使と戦わねばならないのだ!?」
「普段お前らのワガママな行動に付き合ってやってるんだ。俺様にだってそのくらいの見返りがあって当然だろう?!」
「どっちがどっちのワガママに付き合ってるというんだっっ!!」
 つかみがからんばかりの勢いで叫ぶシーヴァスの言葉を、アーサーはあさっての方向を向いて黙殺する。
「・・・・・・まったく、お前のような男に引っかかった女性に同情する。一体お前の何処が良かったんだ!?」
「ふふん、羨ましいなら羨ましいとはっきり言えよ」
「誰がそんなこと思うかっ!!!」
 にんまりと勝ち誇るような表情を浮かべるアーサーに対し、シーヴァスは思わず握りしめていた剣を抜きそうになる。
 再びにらみ合う二人の視線の間に確かに激しい火花が散った。
「・・・・・・まあ明日を限りにお前とこうやって顔をつきあわすことも最後だということが唯一の救いだな」
「はんっ!俺様としてもも出来ることならあんたと顔を合わせるのはこれっきりにしてぇんだけどよぉ、そうも行かないと思うんだよなぁ」
「何? それはどういう・・・・・・?」
 顔をしかめながらのアーサーの言葉に、訝しげに問い返しかけシーヴァスだったが、ふとあることに気付いた。
「ちょっと待て、アーシェというのは確かファンガムの王女の名ではなかったか?」
「ああ・・・・・・しかも、よりによってあんたの国の隣なんだぜ?……ったく、勘弁して欲しいぜ」
 ウンザリとした表情を浮かべがしがしと髪をかきむしりながらアーサーは深々と溜息を付く。しかし頭に浮かんだある事実に気を取られていたシーヴァスにはそんな彼の様子に気を止めている余裕はなかった。
 こいつが、この超極悪天使がファンガムの王女の恋人だって!?
 ファンガムの王女アーシェと言えば、先日のクーデターで倒れた前国王の一人娘であり、ファンガム王国の唯一の跡継ぎだったはず。そして、前国王亡き後、間違いなく王位を継ぎ女王となるはずの王女アーシェの伴侶と言うことは、つまり無条件でファンガム王国の王と言うことになるはずだ。
 いや、いくら王女の選んだ相手だからとはいえ、何処の誰だか解らないこいつが実権を握ると言うことはまずないだろう。だが、それでも女王アーシェの夫になった暁には立場的には間違いなくファンガム王国の王族の仲間に入ると言うことで・・・・・・
 ということは、つまりこいつがファンガム王国の王族の一員ってことかっっ!?
 改めて気付いたその事実に、眩暈がしそうなほどの衝撃を受ける。
 だ、だが、問題はこんな事ではない。
 こいつがどこか遠くの国でそうなったというのならまだいい。
 問題はヘブロン王国とファンガム王国は現在親交が厚く、今後この先ファンガムの王座についたこの極悪天使と顔を合わす機会が絶対無いとは言い切れないと言う事だ。
 かたや実際に実権を持たないとはいえ大国ファンガム王国の国王。
 そして自分はと言えば、ヘブロン王国有数の大貴族の一人とはいえ、王族から見れば所詮格下の一貴族としての存在でしかない。
 つまり・・・・・・
 次に出会った時、立場的にはこの私、シーヴァス・フォルクガングがこの極悪天使の前に膝を折らなければならないということか!?
 その衝撃的事実に気付いた時、シーヴァスの脳裏が真っ白になったのは言うまでもない。
「なんでぇ? ずいぶん顔色が悪いみてぇだが・・・・・・船酔いか? それとも、まさか今更怖じ気づいたなんて言わねぇよな?」
 脳裏に浮かんだあまりにも衝撃的な未来予想図の為に急に青ざめ、石のように硬直して黙り込んだシーヴァスをアーサーは訝しげに覗き込む。
「ったく、もう目前なんだからしっかりしてくれねぇと困るぜ? もっとも、仮にガープに殺されても俺様的にゃあんまり気は進まねぇが、お前のような奴でもレミエル様に頼んでガープを倒すまではちゃぁんと生き返らせてやるから!」
 ぶちっっ!!
 その一言でシーヴァスの中の何かが切れた。
 だが、内心の動揺を押さえ努めて平静を装いながら、シーヴァスはアーサーに向かい不敵な笑みを浮かべて見せる。
「ほう、この私が堕天使ごときに倒されると思うのか? ふっ、安心しろ。自分の未来のためにも明日は容赦しない」
 傍らに置いた剣を固く握りしめ、シーヴァスはきっぱりと断言した。

 この女ったらしの極悪天使の前にこの私が膝を折る?
 そのような事この私のプライドが許せない!!
 なら、そのような未来は自分の手で変えるまでっ!!
 明日のガープとの決戦、この私の平穏無事な未来のためにも堕天使諸共この天使をこの剣で叩き切ってやるっっ!!
 天使が持ってきた『人ならざる物に対して無類の切れ味を誇る』というクリスタルソードを強く握りしめて、シーヴァスは堅く、堅く心に誓った。
 
 

 
・・・・・・ごめん、大したことのない話で(汗)
実はsideAを作成中、ふと頭によぎったある想像・・・・・・
「これ、会話の相手が男天使だったら一体どうなるんだろう・・・・・・」
というたわいもない事から作ってしまった物です
しかし、書き始めてからこの二人が似たもの同士(汗)と言うことに気付き恐ろしく後悔した俺・・・・・・(泣)
おかげでものすごく苦労しました(その割に内容的に報われてないし)
どーでも良いけど、この二人の組み合わせに合う背景って一体・・・・・・?