a fox borrowing a tiger's authority 2
 
「シーヴァス様、ルシフェル様の御支度整いました」
 ヘブロン王国の首都ヴォーラス。そこにあるフォルクガング家の別邸の居間でワインを飲んでいたシーヴァスに、部屋に入ってきたメイドの一人が告げた。
 国王主催の夜会に出席するため、二人はヨーストからヴォーラスに赴き、そこにある別邸に滞在していた。既にシーヴァスは支度を整えており、彼は居間でワインを飲みながら彼女の支度が整うのを待っていた。
 待ちかねたメイドの言葉に、シーヴァスはグラスを置くと彼女を迎えるために立ち上がり扉に向かう。が、それより早く外から扉は開き、支度を終えたルシフェルが入ってきた。
「お待たせしました。シーヴァス」
 目の前に現れた初めて見る着飾った彼女の姿に、シーヴァスの目は釘付けになり、一瞬言葉を失った。
「シーヴァス……どうかしら? どこかおかしくはない?」
 不安そうに、恥じらうように、戸惑いながら彼の前に立ちルシフェルは尋ねる。
 彼女が身にまとっているのは柔らかな色合いの、上品でそれでいて一目で名のある一流の職人の手で仕立て上げられたと解るドレス。同じく、控え目でありながらも、名工の手により作られた美しい装飾品。それらは彼女にとてもよく似合い、彼女の持つ美しさをさらに引き立てている。そして豊かな金色の髪を美しく結い上げ、さらに今日の彼女は薄く化粧をしていた。人としての初めての盛装に、ルシフェルは戸惑い恥じらっている。その姿が初々しく、さらに外見の美しさ、内側から溢れる彼女の持つ清らかさ、そして優雅な仕草と相まって、見る人にはっと息を飲むほどの印象を与えている。
「シーヴァス?」
 その声にシーヴァスは我に返った。目の前に立つルシフェルが不安そうに彼を見つめている。
「やれやれ、これならやはり何としても断るべきだったかな・・・・・・」
 彼女を見つめ、ため息混じりに漏らしたシーヴァスの言葉に、ルシフェルは戸惑った。
「シーヴァス・・・・・・」
 不安そうな表情を浮かべる彼女に対し、シーヴァスは安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。
「こんなに美しいご令嬢をエスコート出来るとは光栄だ。しかし、夜会で君の美しさに心奪われた他の男に君をさらわれないかと、心配で心が安まりそうもないな。それを思うと、やはり君をこのままヘブロンの屋敷に閉じこめておくべきだったと後悔してるよ」
「まあ、シーヴァス・・・・・・」
 シーヴァスの賛辞の言葉にルシフェルは恥じらい、頬を染める。その上気した頬に軽く口づけ、うやうやしくシーヴァスは彼女に一礼した。
「それでは天使様、どうかこのわたくし目にあなたをエスコートする栄誉をお与え下さい」
「ええシーヴァス、喜んで」
 頬を染め笑いながら、嬉しそうにルシフェルはシーヴァスがうやうやしく差しだした手に自分の手を預けた。そして二人は腕を組むと、幸せそうに笑いながら馬車に向かって歩き出した。

 ヘブロン王国の首都、ヴォーラスは王宮やその周りの貴族の館で毎夜のように行われる夜会や舞踏会から、「不夜城」として名高い。特に今宵は王宮主催の夜会とあって、王宮はさらにきらびやかに輝いていた。
 王宮の大広間には着飾った男女で溢れていた。特に今宵の貴婦人達は隣国の若く、そして美しい女王を歓迎するための夜会とあって、さらに華やかな装いを凝らしている。
 集う人々に負けないほど絢爛豪華な大広間のあちらこちらに、談笑する人々の輪が出来ていた。
 だが、今宵の貴婦人達の話題の中心は、主役であるはずの女王のことではなく、ある貴族が伴ってくる予定の婚約者の事であった。
「ねえ、お聞きになりました?」
「もちろん、今夜はとうとうあの方が婚約者を連れていらっしゃるとか……」
「どんな方なのでしょう」
「でも、どこの誰とも解らない女性なのでしょう?」
「噂ではどこかの修道女としか聞いてませんわ」
「楽しみですわ・・・・・・」
「ええ、本当に・・・・・・」
「クスクス・・・・・・」
 好奇心とその下に隠している嫉妬、そして意地の悪さがこもった期待感。まだ見ぬ女性に対して扇の下で囁きを交わす。そして、令嬢達の相手をつとめている貴公子達も、その囁きを耳にし、同じように好奇心を高めていた。
 そして……
「フォルクガング候シーヴァス様とその婚約者様・・・・・・」
 待ちわびていた人物の訪れを告げる侍従の声に、広間にいるほとんどの貴婦人達の視線が一斉に入り口の方に向いた。

 大広間に一歩足を踏み入れた瞬間、自分に向けられる様々な感情のこもった視線に、一瞬ルシフェルの足がすくんだ。決意してここに来たはずなのに、膝が震え、体がこわばる。呆然と立ちすくみそうになった時、手を柔らかく握られ彼女は我に返った。そちらを見れば、彼女を気遣うシーヴァスの目と合った。シーヴァスは彼女の緊張感を感じ取り、安心させるように組んだ彼女の震える手を強く握る。その彼の手の温かさと優しい視線がルシフェルに安心感を与えた。
 何も、何も恐れることはない・・・・・・
 傍らに立つ、自分を心配しているシーヴァスを見る。琥珀の瞳と美しい容貌、そして何よりも強く気高い心を持つ彼。そんな彼に心惹かれ、愛し、彼の側にずっと留まり、彼と共に生きることを決意した。望んだのは自分。
 私は人である彼を愛し、彼と生きるために翼を捨て地に降りた。そして人として生きるからには、自分の居場所は自分で作らなければならない。
 シーヴァスは天使の勇者として、世界のため、そして私のために恐ろしい堕天使と戦ってくれた。それに比べればこんな事は一体なんだというのだろう?
 何も臆することはない。自分のためにも、そして何よりも私が愛する、私のことを思ってくれている彼のためにも・・・・・・
 小さく息をつく。強ばっていた体から力が抜けた。
 心配そうに顔をのぞき込むシーヴァスに向かって、ルシフェルは安心させるように微笑んで見せた。そして姿勢を正し、真っ直ぐ前を見つめると、すっと前へ足を踏み出す。貴婦人達の注目の中、二人は真っ直ぐに玉座の前まで進むと、玉座の国王の前でうやうやしく跪いた。
「おお、フォルクガング候、久しぶりだな」
「ご無沙汰いたしております。陛下」
「ほぅ……そちらの美しいご令嬢が、噂の婚約者殿か?」
「はい、旅先にて出会いました。本来でなら神に仕える身であったのを、無理矢理私の側に留めてしまいました」
 シーヴァスに促され、ルシフェルは前に進み出た。改めて大広間の中のほとんどすべての人々の視線を感じる。だが、今度は恐れなかった。
「初めてお目にかかります、陛下。ルシフェルと申します」
 天使だけが持ち得る優美なしぐさで、彼女は国王に向かって一礼する。そのしぐさ、美しさに大広間の人々(特に男性)から感嘆の声が上がった。その時……
「ルシフェルですって!?」
 彼女の名乗りに対し、不意に背後から叫び声が上がった。その聞き覚えのある声に懐かしさを感じ、国王の御前であることも忘れ、思わずルシフェルは振り返る。
 背後の人の輪の中から一人の少女が飛び出してきた。
 この広間においては異国風の、それでもどこか高貴さを感じさせるドレスをまとった身分の高そうな少女。艶やかな黒髪の頭に女王であることを示すティアラをつけている。その少女の顔にルシフェルは憶えがあった。
「アーシェ・・・・・・? アーシェですか?」
「あー! やっぱりルシフェルだ!!」
 ルシフェルの顔を見つめ嬉しそうに叫ぶと、アーシェは勢いよく彼女の首に抱きついた。 
「お久しぶり!! すっごく会いたかった!! でも何でこんな所にそんな綺麗な格好でいるのよ!?」
「アーシェこそ! あ、まさか今日の国賓って・・・・・・」
「ふふ〜ん、そう、私よ!」
 アーシェがいたずらっぽい笑みを浮かべる。亡き父の跡を継ぎ、ファンガム王国の正式な女王となったアーシェの笑顔は、それでも昔と全く変わっていなかった。
 突然の出来事に、シーヴァスを含め周囲の人々はただ呆然とはしゃぎ回る二人を見つめていた。
 が、しかしアーシェの側近の一人が素早く我に返ると、彼女の背後に近寄り軽く咳払いをする。
 その声に二人は我に返った。
「し、失礼いたしました陛下」
 国王の前だったということを思い出し、慌ててルシフェルは陛下の前にひざまずいた。
 だが、国王の方は未だに呆然としている。
「ルシフェル、彼女は一体・・・・・?」
 それよりも早く自分を取り戻したシーヴァスは小声で傍らの彼女に尋ねた。
「彼女は、アーシェはあなたと同じ・・・・・・」
 同じく小声で答える。それでシーヴァスはすべてを理解した。
「ブレイタリグ陛下、陛下はこちらのご令嬢とはお知り合いでしたか?」
 ようやく我に返った国王の言葉に、アーシェはちらりとルシフェルを見てにっこりと微笑んだ。
「はい、数年前にわたくしの国でクーデターがあったことはご存じと思いますが、その時彼女は力になってもらい、助けていただいたんです。」
「ほう・・・・・・」
「私が反乱軍を倒し、国に平和を取り戻せたのも彼女のおかげです。彼女が居なければ私はきっとここにいなかったでしょう」
「ア、アーシェ、それはあなたの力でしょう?」
「何言ってるのよ、あなたが居なかったらきっとあきらめてた!!」
 慌てるルシフェルに対し、アーシェは即座に否定した。
 アーシェが天使の勇者として戦っていた頃、彼女の国であるファンガム王国で前大臣による
 クーデターが起こり、彼女の父である国王が倒された。天使であったルシフェルはショックを受ける彼女を励まし、そして彼女と共に堕天使に操られていた前大臣を倒し、ファンガム王国に平和を取り戻したのだった。
 ふと、アーシェはルシフェルの背後に立つシーヴァスに気づいた。
「ルシフェル、その人は?」
 尋ねるアーシェにルシフェルの頬が染まった。
「あ、この人は・・・・・・」
 恥じらいながら言いかけるルシフェルより先に、シーヴァスはすっと前に出るとアーシェに向かって優美に一礼した。
「初めてお目にかかります陛下。彼女・・・・・・ルシフェルの勇者であり婚約者でもあるシーヴァス・フォルクガングと申します」
 さりげなく使った勇者という一言。その一言でアーシェは二人の関係を理解した。驚きながらルシフェルを見る。
「えー、いつの間に!? やるじゃない!! ちょっと、何で私に教えてくれなかったのよ!!」
 驚き、はしゃぐアーシェに、さらにルシフェルの顔が赤くなる。
「ア、アーシェこそ、ミリアス王子とは?」
 今度はアーシェが恥じらう番だった。アーシェの頬が真っ赤に染まる。
「実は、国もようやく落ち着いたことだし、来月とうとう式を挙げるの」
 そう言って、ふいにアーシェは顔を輝かせ、ルシフェルの手を取った。
「あ、ねえルシフェル。ぜひあなたも出席してよ。もちろんあなたの婚約者も一緒にね。とっておきの席と部屋を用意して、一番の賓客としてお迎えするわ」
「え、でも・・・・・・私が行っても良いのですか?」
「何言ってるのよ! ミリアスとも結婚できるのもあなたのおかげじゃない!! ああ、でも、もっと話したいことがいっぱいあるの!ねぇ、今度ルシフェルの所に遊びに行ってもいい?」
 王座の周りにいた貴族や貴婦人達は、ただ唖然と二人のやりとりを見つめていた。

 フォルクガング候の婚約者は、ファンガム王国のアーシェ陛下の縁の者らしい・・・・・・
 その噂は一夜にしてヴォーラス中の貴族の間に広まり、そして、瞬く間に国中の貴族の間に広まった。その間に噂は様々に変化し、アーシェ陛下の命の恩人から、幼なじみ、親友、ファンガム王国の有力貴族の娘、果てに実は前国王の庶子で、アーシェ陛下の義姉妹であるという噂まで現れた。
(ちなみに、これらの噂を広めるのにシーヴァスもこっそり一枚咬んでいた)
 そしてこれ以降、ルシフェルはヘブロン王国と親交厚く、また貴婦人達にも人気のあるファンガム王国の女王の縁の者として、貴族の間でも一目置かれることになり、社交界にもすんなりと迎えられる事となる。
 その結末に、シーヴァスが胸をなで下ろしたことは言うまでもない・・・・・・ 
 
天使が社交界にどうやって迎えられたかという疑問と、アーシェの国ってシーヴァスの国の隣じゃない!
ということから思いついた話。私、アーシェって好きなんですよね〜
タイトルはこの話のオチから(笑)ちょっと他に思いつかなかったので
二人のラブラブシーン(どこが?)は書いていて楽しかったなぁ
ところで、貴族のシーヴァスって貴族としてはどのくらいのランクにいるんでしょうね?
設定資料集にも、ただ「貴族」としか書いてないし・・・・・・
なので、私の書くシーヴァスは「候」という響きがよいので、勝手に侯爵としてみました。(公爵は行き過ぎかな?)