ゲームの達人
 
 
「こんにちは、グリフィン!」
 宿を出たとたんに頭上より突然声をかけられ、グリフィンは声がした方向を仰ぎ見た。
 彼の頭上、黒い髪と快活な黒い瞳を持つ少女が、髪の色とは対照的な純白の大きな翼を羽ばたかせて、ふんわりと空に浮かび地上の彼を見下ろしている。
 彼女は彼を勇者として選び、そして守護する天使−−ビアンカだった。
「なんだ、お前か」
「これからどこに行くのですか?」
 可愛らしく小さく首を傾げて問いかけてくる。
「カードをちょっと、な」
 言ってグリフィンは小さく眉をひそめて頭上の天使を見上げた。
「なんだ?ついて来てえのか?少々刺激が強ぇかもしんねえぜ」
 ふふんと天使に対し皮肉っぽく鼻先で笑う。それに対し、ビアンカは一瞬むっとした表情を作る。だが、彼はそれに気付かない。
「他に用があるなら、さっさと言いな」
「いえ・・・・・・別に」
「じゃあ、俺はもう行くからな」
 そしてグリフィンは彼女に向かって軽く手を振ると歩き去っていった。

「ちっ・・・・・・」
 軽く舌打ちをしてグリフィンは手に持ったカードをテーブルに放った。
「なんだグリフィン、降りるのか?」
「ああ、だめだ今日は全然ついてねーや」
 忌々しげにテーブルのカードを睨む。つい先ほどから始めたばかりのゲームだが、今日はツキに見放されているようで始めてからほとんど負けっ放しだった。すでに手持ちの金も尽きかけている。
「財布の金が無くならねーうちにやめておくぜ」
 そう言って彼が立ち上がろうとした時。
「楽しそうね、わたくしも仲間に入れてくれないかしら?」
 背後から突然聞こえた聞き慣れた声。あまりにも場違いな場所で聞こえたその声にグリフィンはギョッとして振り向いた。
「ビ、ビアンカ!?」
 グリフィンの背後に、いつの間に現れたのか黒い髪と気の強そうな黒い瞳を持つ少女が立っていた。その背には見慣れた翼はなく、また、身に付けている物も先刻まで身にまとっていた白い衣服ではなく、その辺にいる町娘のような服装をしている。だが、それでも彼女の放つ雰囲気はどこか世俗的な物を感じさせず、そのせいで彼の目の前に立つビアンカは、一見良家のお嬢様というように見えた。
「おっ、お前、何でこんな所に!?」
 驚き立ち上がったグリフィンに対して、人の姿をとった天使、ビアンカはにこりと可愛らしく笑いかける。
「面白そうだから仲間に入れてもらおうと思って」
「なんでぇ、お頭の知り合いか?」
「ひょっとしてグリフィンのコレかい?」
 二人のやりとりに同じテーブルの男達がニヤニヤと笑みを浮かべ、中の一人はグリフィンに向かって小指を立ててみせた。
「バ、バカッ、ちげーよっ!!」
 わずかに赤くなりながらも慌てて否定をするグリフィンをビアンカは不満げな横目でじろりと睨み付ける。だが、すぐにビアンカは男達に向かって改めてニコッと笑って見せた。
「ちょうど退屈していたところなの。良かったらわたくしもゲームの仲間に入れてくれないかしら?」
「へっ、お嬢さんが?」
 ビアンカの言葉に男達は一瞬虚を突かれたような表情になったが、すぐに爆笑した。だが、ビアンカはそんな男達の態度に対し、全く気に留めた様子を見せない。
 逆に慌てたのはグリフィンの方だった。
「な、何考えてんだ、ビアンカ!」
「あら、女だと思って馬鹿にしないでいただきたいわ」
 止めようとするグリフィンの存在を全く無視し、にこりと可愛らしくも挑戦的な笑みを浮かべ、ビアンカはテーブルの上のカードを手に取ると、鮮やかな手つきでカードを切り、滑らかに扇のように広げて見せる。その見事なカード捌きに見ていた男達の口から感嘆の声が上がった。
「へえ、面白いじゃねーか!!」
「どうなっても知んねぇーぞ」
 男達の言葉に対し不敵にニッと笑うと、ビアンカは先刻までグリフィンが座っていた席に腰掛けた。
 そして・・・・・・ 

「エースのフォーカード」
 ビアンカの出したカードを見て、テーブルの周りの男達は驚きの声を上げた。
「私の勝ちね」
 向かいのテーブルの男に向かって不敵に笑いかける。男は悔しげに手に持ったカードをテーブルに放った。
「すごいじゃねーかお嬢さん! さっきから勝ちっ放しじゃねーか」
「ふふっ、だから言ったでしょ。馬鹿にしないでって」
 ギャラリー達の賞賛のの声に対し一見可愛らしく笑いながら、ビアンカは横目で傍らに立っているグリフィンをの顔をちらりと見上げた。彼はゲームが始まってからぼーぜんとした表情でテーブルの上のカードを見つめている。
「へぇ、確かに女だと思って甘く見る必要はなさそーだな」
 ギャラリーの一人−−つい先刻までグリフィンとカードの相手をしていた男が、彼女の向かいに座っていた男を追い払い、代わりに自分が座る。
「今度は俺が相手だ。俺のもうけの全額を賭けて一発勝負ってぇーのはどうだい?」
「あら、面白いわね。じゃあ、わたくしも全額賭けるわ」
 彼女の言葉に対し、男はニヤリとした笑みを浮かべちっちと指を振った。
「いや、金はいらねー、代わりに俺が勝ったらお嬢さんが俺とつき合うってぇのはどうだ?」
「なっ!!」
 男の出した条件に思わずグリフィンは声を上げた。
「何言ってやがる! テメェッ!」
「なんでー、このお嬢さんは別におめーの彼女じゃねーんだろ」
「うっっ・・・・・・!」
 その言葉にグリフィンは思わず言葉に詰まる。
「あら、わたくしはそれでも構いませんわ」
 テーブルの上に頬杖をつき、余裕の雰囲気でビアンカは軽く言い放つ。
「ちょ、ちょっと待てビアンカ!!」
 慌ててグリフィンは天使の方を止めようとしたが、ビアンカはそれを再び完全に無視して男に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「でも、このわたくしとつき合うにしてはあなたの掛け金少なすぎませんこと?」
「へっ、なかなか食えねーお嬢さんだな。だが、そーいやそうかな?」
 男はにやりと笑うと自分の懐を探り、取り出した革袋をテーブルに放った。
「俺の全財産だ。これで文句はあるまい」
「ふーん、少ないわね、まあいいけど・・・・・・」
 男の財布を手に取り、少し不満そうに唇をとがらせながらもビアンカは男に向かって頷いてみせた。
「おいっ、ビアンカ! 本気か!?」
「ふふん、まあ見ててよグリフィン」
「ビアンカっ!!」
 焦るグリフィンに対して不敵な笑みを浮かべると、ビアンカは改めて配られたカードを手に持った。だが、手にしたカードの内容を目にした時、ほんの一瞬、彼女の眉が微かにひそめられる。が、すぐにそれは強気の笑みにかき消された。
「なら、始めましょうか?」

「ふっ、お嬢さん俺の勝ちだな・・・・・・フルハウスだ」
 笑みを浮かべて男がカードを広げる。それをビアンカは軽く鼻先で笑い飛ばした。
「あら、勝ち誇るのは相手のカードを確認してからにすべきですわよ」
 鮮やかな手つきで自分の手に持ったカードを表に返し広げる。テーブルの周りでそのゲームを観戦していた男達がそのカードを目にして驚きの声を上げた。
「ロイヤルストレートフラッシュよ」
「なっっ!!」
 驚愕の声を上げ凍り付く男に対し、ビアンカは余裕の笑みで笑いかけた。
「わたくしの勝ちですわね」
「ちょっと待て!!」
 余裕のビアンカに対して、男はカードを投げ捨て座っていたイスを蹴倒す勢いで立ち上がり、わめき散らした。
 このお嬢さんが勝てるはずはない!何故なら・・・・・・
「絶対おかしいっ!! これはっ!!」
 バンッッ!!
 そのわめき散らす男の声を遮ったのは、ビアンカがテーブルを勢いよく手で叩いた音だった。
「あら、このゲームの一体どこがおかしいというのかしら?」
 ニッコリと相変わらず可愛らしい微笑を浮かべてそう言うと、突然ビアンカはテーブルに身を乗り出し、向かいで驚き立ちすくむ男の襟首をつかみぐいっと引き寄せる。
「でも、わたくしも確かにおかしいと思うんですの。特にあなたの持っていたカードが……ね?」
 男だけに聞こえる囁き。
 その言葉の内容と、可愛らしい微笑みを浮かべながらも、自分の目をまっすぐに見つめる黒い瞳の眼差しの鋭さに男の顔が引きつった。
 引きつり固まってしまった男に向かって再び可愛らしくニッコリと笑いかけると、ビアンカは襟首をつかんでいた手を離す。そして、へなへなと力無くイスの上に崩れ落ちた男から全く興味を失ったかのように存在を無視すると、テーブルの置かれたままの掛け金と男の財布を手に取った。
「ありがとう、とっても楽しかったわ。さ、行きましょ、グリフィン」
 そして、呆然と立ちすくむグリフィンの腕に強引に自分の腕を絡め、残る片手で唖然とする男達に軽く投げキスを放つと、ビアンカはグリフィンを引きずるように店の外に出た。

「ビ、ビアンカ・・・・・・」
 グリフィンが我に返ったのは、彼女に腕を引かれるままに店を出てだいぶ歩いてからだった。
「お、お前一体どうやって・・・・・・あいつこの辺じゃカードで負け知らずなんだぜ」
「あら、ご存じありませんの? 勝つ方法なんて色々ありますのよ?」
 そう言って、ビアンカは言葉を切り、唇に指を当て謎めいた笑みを浮かべる。
「ちょ、ちょっと待て! お前、まさか・・・・・・!」
「グリフィン、イカサマって言うのはね、相手に気付かれなければイカサマじゃないんですのよ」
 彼の数歩前を歩く天使は、振り返るとそう言ってにこりと笑った。
 て、天使がイカサマ・・・・・・
 その事実を知り、改めて呆然とするグリフィンだった。
「そんなムチャクチャな論法ねぇーよっ!!」
「あら、いーじゃない別に。それにグリフィン、気付きませんでしたの?相手もグリフィン相手の時似たような事やってましたのよ? まあ、腕はわたくしの方が上でしたけど、ね」
 叫ぶグリフィンに対し、ビアンカはそう言うと唇をとがらせ、拗ねたような表情を作った。
「なっっ! あ、あいつ〜」 
 その言葉に思わずカッとして店に引き返そうとするグリフィンの腕を、ビアンカはつかんで引き止めた。
「その分わたくしが取り返したんですもの。もういいでしょう? それよりも、これでどこかに遊びに行きませんこと?」
 そう言い再びグリフィンの腕に自分の腕を絡め、彼の顔をのぞき込んでにこりと笑いかける。その姿は愛らしく可愛らしく、とても先程荒くれの男ども相手にカードをした少女と同一人物とは思えなかった。
 ま、いっか。
 にこにこと笑う天使の顔を見ているうちにだんだんそんな気になってきた。
 勇者になる前は天使とは清廉潔白な存在で、自分とは全く無縁だと思っていた。実際そんなやつなんて真っ平だ。だが、こーいう天使なら俺の性分に合ってるかもな。  
 グリフィンはそう思うと天使に向かってにやりと笑いかけた。

 その後、しばらくの間彼の行きつけの店では、盗賊団のお頭の恋人であるスゴ腕の美少女の話題で持ちきりだった。その噂に対しグリフィンは激しく後悔することになるのだが、それはまた別の話である。
 
 
 
と言うわけで、シーヴァス以外の勇者の創作第一弾はお頭と天使ビアンカちゃんのお話です
   ビアンカちゃん・・・・・・初めはこんな性格じゃなくて、もっとラブラブな話のはずだったのに〜!!
この天使ちゃん相手に、果たしてグリフィン君とのラブラブは出来るのか!?(謎)