intermezzo 〜間奏曲〜
 
 
 英霊祭を祝う記念の夜会が開かれた広間の中は、着飾った人々であふれ、にぎわっていた。
 その華やかな人々の間を、ある人物を捜してレイヴはさまよっていた。その姿に気付いた人々が、王国の誇る騎士団の団長であり、そして英雄でもある彼に語りかけてくる。が、彼は全くそれに構わずに広間の中を歩き回り、そしてようやく、彼が予想していた場所とは全く違う意外な場所で捜す相手を発見した。
 にぎやかな人の輪から離れた人気のないバルコニー。そのバルコニーの手すりに寄りかかり、捜していた相手−−シーヴァスは一人ワインの入ったグラスを手に佇んでいた。
 普段ならこのような夜会の場では、この美しい容貌を持つ友人の周りは沢山の華やかな貴婦人達が取り巻いていた。だが、今宵の彼の周りには全くそのような気配はなく、むしろどこか近寄りがたい雰囲気を放っている。しかし、今のレイヴはその事に気を止めている余裕はなかった。
「シーヴァス」
 不意に名を呼ばれ振り返り、レイヴの姿に目を留めたシーヴァスは、一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに皮肉そうな笑みを浮かべた。
「レイヴか・・・・・・どういう風の吹き回しだ? いつもならこのような夜会は避けている団長様がこんな所にいるとは・・・・・・」
「シーヴァス、・・・・・・お前に、その・・・・・・相談したいことがあってな・・・・・・」
 ためらいがちに言葉を選びながら話しかける。
「相談?」
 その旧知の友人の普段は見せたことのない姿に、シーヴァスは興味を引かれた。
「お前が相談事とは珍しいな……いいだろう、どこか他へ行くか?」
「ああ・・・・・・すまんな・・・・・・」
 そのまま二人は夜会の会場を抜け出すと、英雄祭でにぎわう街の一角にある落ち着いた雰囲気の酒場に入った。
「で、相談したいこととは?」
 奥の目立たないテーブル席に座り、注文したワインとグラスが運ばれてくると、シーヴァスは改めて自分の前に座る男に問いかけた。だが、レイヴは手の中でグラスをもてあそびながら、口を開き、何かを言いかけては閉じるということを繰り返している。その、この男にしてはかなり珍しい様子にシーヴァスは苦笑を浮かべた。
「ほう・・・・・・かなり言いにくいことなのか?」
「ああ・・・・・・・いや・・・・・・・それ程でもないのだが」
「・・・・・・まあ、お前のその様子だと、相談とは恋の悩みか?」 
 からかうようなシーヴァスの問いに、レイヴはギクリとして目の前の男を見た。珍しく狼狽する姿ににシーヴァスの苦笑がさらに深くなる。
「図星のようだな」
 指摘され、レイヴは観念したように盛大なため息をついた。普段はほとんど感情を表に出さない顔がわずかに赤く染まっている。その様子をシーヴァスはおもしろい物を見るような目で眺めていた。
「・・・・・・ああ・・・・・・その通りだ・・・・・・」
 ようやく重い口を開き、思い詰めたような目で向かいに座る男を見る。
「おかしいか? この俺がそんなことを言うのは?」
「いや、いくらお堅い団長様とはいえ、本当に木石で出来ているわけでもあるまい。そのような事があって当然だろう。まあ、むしろ遅すぎるとは思うがな」
 グラスを口に運びながらシーヴァスは事も無げな様子で言った。その胸中にある予感がよぎる。その予感から沸き上がる不安と動揺をうまく隠し、シーヴァスはさらに続けてその予感を口に出した。
「とすると、そのお相手は差し当たり、あの天使様という所かな」
 その言葉にレイヴは小さく苦笑した。
「その通りだ、・・・・・・さすがにお前ならお見通しか・・・・・・」
「ふん、お前の周りで、お前の恋愛対象になりそうな女性は彼女しか居るまい」
 わざとつまらなそうにシーヴァスは言ったが、その口調にはわずかに苦い物が含まれていた。しかし、自分のことに気を取られていたレイヴは全くそれに気付かなかった。
「・・・・・・彼女のおかげで、俺は自分の過去と向き合うことが出来た。彼女が居なければ、きっと俺はそのうち自分を見失っていただろう・・・・・・」
 手に持ったグラスをじっと見つめながら、一つ一つ言葉を選ぶように話し始める。
「天使はこの戦いが終われば天界に帰ってしまうという・・・・・・だが、俺は帰したくない・・・・・・。俺はこんな感情を持ったのは初めてだ」
「それで、この私に相談を持ちかけた訳か・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
 レイヴは小さくため息をついた。
「生憎と、相手が天使となるとお前以外に相談する相手が思いつかなくてな・・・・・・」
「なるほどな・・・・・・」
 レイヴの告白に対し小さく呟くと、シーヴァスは手に持ったグラスの中身を一息に飲み干した。
「だが、レイヴ。私に恋愛の相談を持ちかけるのはかまわんが、そういった相談はよく考えてからした方がいい。お前は一つ大事なことを見落としているぞ」
「何!? それはどういう−−−」
 言いかけるのを制し、口の端だけで小さく笑い、シーヴァスは挑戦的な目でレイヴを見る。
「彼女の側にいる男は、お前だけじゃないって事さ」
「シーヴァス!?」
 その言葉でレイヴは目の前の男も自分と同じ思いを抱えていることに気付いた。そして同時に、彼の周りを取り巻いている華やかな女性関係の噂を思い出す
「おっと、今までの私と一緒にしてもらいたくないな。生憎と私はこの上もなく真剣でね」
 言い、自嘲するような笑みを浮かべた。
「・・・・・・あんなに側にいながらも、この私が手を出すことが出来ないほどに、な・・・・・・」
 その言葉を聞いて、レイヴはほっと強ばった身体から力を抜いた。
 だが、たしかに本来なら、真っ先に気付くべきだった。
 この旧知の友人が天使に選ばれた勇者をやっていることは知っていた。その事実には驚きを隠し得なかったが、天使の勇者になってから確実に彼は変わっていた。それが天使のせいだと何故気付かなかったのか。自分の勘の悪さを呪いたくなる。
 先ほどの英霊祭の夜会を思い出す。あの時は気にも留めていなかったが、いつも夜会では彼の周りには沢山の女性であふれていた。しかし、今夜はその様子が全く感じられなかった。何よりも最近、彼の女性関係の噂は全く聞かない。それだけ、この男が本気だと言うことではないか。
「そうか・・・・・・それは迂闊だったな・・・・・・」
 ふと、目の前の男に今までにない親近感を覚えた。
「それにしてもシーヴァス。女性に慣れたお前が手こずるとは、らしくないのではないか?」
「ふん、言っておくがなレイヴ、彼女は手強いぞ」
 天を仰いで嘆息する。
「私がいくらそれらしい言葉をかけても、全く感づいてくれんのだからな」
「・・・・・・なるほど・・・・・・」
 おかしさがこみ上げてくる。この恋愛の達人とでも言うべき男が苦労しているとは、さぞかし大変なのだろう。
「人のことを笑っている場合か?」
 憮然とした表情で、シーヴァスはレイヴを睨み付けた。が、すぐに端正な口元に不敵な笑みを浮かべ、にやりと笑いかける。
「言っておくがな、レイヴ。私は彼女を譲る気は全くないからな」
「それは俺も全く同じだ」
 言葉を返し、レイヴは同じく目の前の男を睨み付ける。やはりその口元に同じような笑みが浮かんだ。
「女癖の悪い貴族の元になどにあの天使が行ってしまったら、彼女が不幸になるのは目に見えているしな」
「ほう、少なくとも無愛想な朴念仁の騎士団長様の所よりは幸せにする自信はあるぞ」
 レイヴの言葉を鼻先で笑い飛ばし、シーヴァスはワインのボトルを取り上げた。
「乾杯しようではないか」
 レイヴの方に差し出しながらシーヴァスは言った。
「乾杯? 何に?」
「ふん、いちいち言わねば分からんのか」
 その言葉に苦笑しながら、レイヴはシーヴァスの方にグラスを差し出した。二つのグラスにワインを注ぎ、シーヴァスもグラスを取り上げる。
 お互いに挑戦的ににらみ合いながらグラスを合わせる。
 軽くぶつかりあったグラスが澄んだ音を立てた。
 あの天使のために・・・・・・
 乾杯!
 
 
 
男同士の会話というのが書いてみたかったのですが、私にはレベルが高すぎました・・・・・・
見事に玉砕(泣)今更ながらに自分の文章作成能力を呪います。
この中のシーヴァスのイメージがどーっしても、STAR SWORDのりん様の描かれるあの、かっこいい
シーヴァス様のイメージでつい書き上げたため、恐れ多くも捧げさせていただきました