プレゼント
「こんばんわシーヴァス」
 天使の依頼を受けて任務の依頼地に向かう途中での事。シーヴァスが宿泊した宿屋の窓を、真夜中近い時間に軽くたたく音が響いた。その音にある予感を持ってシーヴァスは窓を開ける。すると彼の予想通り、艶やかな金髪と紫碧の瞳を持つ神の使い−−天使ルシフェルが闇の中でも輝く純白の翼を羽ばたかせ窓の外に浮かんでいた。
「君か・・・・・・こんな夜中にやってくるからには、よっぽの用事なのだろな?」
「申し訳ありません。こんな夜更けに突然訪問して・・・・・・」
 内心の嬉しさを隠してわざと素っ気なく問いかける。それに対してルシフェルは申し訳なさそうに謝った。だが、その口調とは裏腹に彼女の紫碧の瞳はきらきらと、まるで何かを企んでいるかのように楽しそうに輝いている。
「まあ、他でもない君の訪問ならいつでも歓迎するさ。とにかくそんなところにいないで入りたまえ」
 窓を大きく開いてルシフェルに向かって手をさしのべる。彼の手を取り軽やかに部屋の中に降り立つとルシフェルは翼を消し人の姿をとった。だが、片手はシーヴァスの手に預けていたが、残る片手は後ろに回して何かを隠し持っている。
「本当に申し訳ありません、シーヴァス。でも、どうしても今日中にお会いしたくて・・・・・」
「今日中?。そんなに急ぎとは一体何の用だ?」
 訝しげなシーヴァスの様子に、ルシフェルは「やっぱり」という表情を浮かべくすくす笑った。
「ああ、その様子ならやっぱり忘れてるのですね。シーヴァス、今日がいったい何の日か本当に覚えていらっしゃらないのですか?」
「今日・・・・・・?・・・・・・あ!」
 眉をひそめて記憶を探る。やがて一つの答えにたどり着き思わず声を上げた。
「そうか・・・・・・今日は私の・・・・・・」
「はい!そうです。お誕生日おめでとうございます!!」
 得意そうにそう言うとルシフェルは背後に隠し持っていた箱をシーヴァスの目の前に差し出した。
「で、これプレゼントです!」
 手品師のような勿体ぶった仕草でパッとふたを開けて中身をシーヴァスに見せる。中から現れたのは真っ白なお皿に載った丸いケーキ。
「ケーキ?」
「はいっ!バースディケーキです!ティアに教わって私が作ったんですよ。でもごめんなさい、本当はもう少し早く来るはずだったのですが時間がかかってしまいましてこんな時間になっちゃったんです。もう間に合わないかと思いました」
「おやおや、天使の手作りケーキとは光栄だが、しかし、バースディケーキというには少々飾り気がなくないか?」
 からかうようにシーヴァスは指摘する。彼の言葉通りケーキきれいに美味しそうに焼き色がついてはいたが、全くデコレーションが施されていない焼きっぱなしのままだった。その指摘に対してルシフェルはシュンとした表情を作る。
「だってデコレーションをしていたら間に合いそうもなかったし、それに飛んでいる間に崩れてしまいそうだったんですもの・・・・・・ごめんなさい・・・・・・こんなバースディケーキでは嫌ですか?」
「いや、そんなことはないさ」
 落ち込む天使の様子に笑いながらも慌てて否定する。
「君のその気持ちだけでも嬉しいさ。だがバースディケーキか・・・・・・懐かしいな。誕生日というのはこうやって人に祝ってもらう事だと言うことなど、すっかり忘れていた・・・・・・」
「え・・・・・・?」
 その言葉に思わずルシフェルはシーヴァスの顔を見つめる。
「忘れていたって、シーヴァスは誕生日にはお祝いをしなかったのですか?」
「ああ・・・・・・」
 どこか遠い目でルシフェルが持っているケーキを見つめる。
「私がまだ幼く、父も母も健在だった頃は誕生日の度に祝ってもらった記憶があるのだが・・・・・・私の母は普段の料理は全く苦手だったが菓子作りだけは上手でな、誕生日の度にこんな風にケーキを作り父と祝ってくれた・・・・・・」
 遙か遠い昔、貴族出身の母と庶民で画家の父と共に生活していた頃の、貧しくも両親に愛され幸せだった頃の思い出。
「フォルクガングの家に引き取られてから祖父にとって私は娘を奪った憎い男の血を引く子供で、それでも家名を継ぎ血筋を絶やさないようにするためだけの唯一の存在という意味しか持たなかったからな・・・・・・誕生日など祝ってくれるはずもなく、そして私にとっても自分の誕生日とは誰の庇護も必要とせず、一人で生きていける年齢に達するまでの通過点の一つでしかなかった・・・・・・」
 そう言って言葉を切り、その内容に驚いた表情で彼の顔を見つめているルシフェルに向かってニッコリと笑いかける。
「だから今になってこうやって祝ってもらうなどとは夢にも思っていなかった・・・・・・ありがとう」
 彼がいつも浮かべるどこかシニカルで自嘲的な笑みとは全く違う、純粋に心から喜んでいるような柔らかな微笑み。初めて見たシーヴァスのその微笑みに、ルシフェルは魅入られたかのように目が離せなくなってしまう。
「・・・・・・どうかしたか?ルシフェル」
 ケーキを持ったまま自分の顔を見つめてポケッと立ちつくしているルシフェルの姿にシーヴァスは訝しげに声をかける。その声に彼女ははっと我に返った。
「い、いえっ!何でもありませんっ!そ、それよりもローソクも持ってきたんです!!」
 真っ赤になった顔を悟られたくなくて、いささか乱暴にテーブルにケーキを置くと、ルシフェルはローソクを取り出しシーヴァスに見せた。
「おやおや、君は私にそんな子供っぽいことまでさせるつもりかい?まあいい、いくらでも付き合おうじゃないか」
 あきれたような口調ながらもどこか嬉しそうにクスクス笑いながら、シーヴァスはルシフェルが慌てているような乱雑な手つきでローソクをケーキに立てている姿を見つめる。
「?・・・・・・21、22、23、24本? ルシフェル、たしか堕天使を倒して時の歪みを正すまで、私は年を取らないはずだろう?なら、このローソクの数は一本多いのではないか?」
「ええ、確かにそうですけどこのローソクにもちゃんと意味があるんですよ」
 ローソクの数を数え、不思議そうに指摘するシーヴァスに対して、ケーキのローソクに火を灯しながらルシフェルは答える。
「この一本はね、未来を意味しているんです」
「未来?」
「はい。確かに今の世界の時は止まっていますが、それでもいつかは正しい時を取り戻し未来が訪れます。このローソクはそのいつか訪れる未来です」
 自信たっぷりにそう答えて、ルシフェルはケーキに立てたすべてのローソクに火を灯し終わると、テーブルの燭台の明かりを残して部屋のすべての明かりを消してシーヴァスを見つめる。
「さ、出来ました! シーヴァス、どうぞ吹き消してください」
 ルシフェルの言葉に対し、シーヴァスは数瞬何かを考えるような表情をしたが、やがて小さな笑みを漏らすとケーキに向かって身をかがめ、意味ありげな視線でルシフェルを見つめた。
「知っているかいルシフェル? 誕生日のケーキのローソクというのは、一息ですべて吹き消すことが出来ると願いが一つ叶うそうだ」
 そう言って、ルシフェルが問い返すよりも早くシーヴァスは見事一息でケーキのローソクをすべて吹き消した。
「シーヴァスは何を願ったのですか?」
「それは言えないな」
「えー、ずるいっ! 教えてください」
「だめだ。だいたい願い事というのは人に言ってしまうと叶わなくなる物だろう? まあ、願いが叶ったら教えてあげなくもないが・・・・・・」
 クスクスと笑いながら、シーヴァスは目の前のむくれた表情の天使を愛おしげに見つめる。
 私の願い・・・・・・それはただ一つ・・・・・・
 いつか・・・・・・このロウソクが意味する未来、君と永久に共に生きていくことが出来たら・・・・・・
「ところで・・・・・・」
 不意に笑みを消すと、シーヴァスは神妙な顔つきでテーブルの上のローソクで穴だらけになってしまったケーキを指さした。
「このケーキは本当に食べても問題ない物なのかな?」
「シーヴァスッ!!」
「クックック、冗談だよ・・・・・・早く切り分けてくれたまえ」
 
 
シーヴァス様お誕生日記念の創作
実はこの、話ちょーっと仕掛けをするはずだったのですが、間に合いませんでした(泣)
まあ、大したことのないことですが、いずれ公開できればよいなぁ