ある一つの遭遇
 
「・・・・・・てめぇが、シーヴァス・フォルクガングという奴か?」
 ヨースト王国の一都市、ヘブロンにある領主フォルクガング家の館。
 つい先日入ったばかりらしい新顔のメイドに話しかけている最中でのこと。
 不意に背後から聞こえた聞き覚えのない傲慢な声に、館の主シーヴァスは振り返り、反射的に常に腰に携帯をしている剣の柄に手を添えた。
「あの・・・・・・?シーヴァス様いかがなさいました?」
 突然、先ほどの優しげな表情から一転して険しい表情を浮かべ身を翻した館の主の様子に、メイドが困惑の表情を浮かべ戸惑い気味に声を掛ける。その彼女の反応に逆にシーヴァスの方が戸惑いの表情を浮かべた
「・・・・・・君はアレが目に入らないのか?」
「アレ・・・・・ですか? 私には特に何も変な物は見えませんが・・・・・」
 主が鋭い視線を向ける方向を見てみるが、特に何も見つけだすことが出来ず、メイドは更に戸惑ったようにシーヴァスを見上げる。
「お疲れになっているのでは? 夜遊びばかりをしていらっしゃるから、シーヴァス様は」
「いや・・・・・・そう言うわけではないのだが・・・・・・下がってくれ、後で君の部屋で会おう」
 そう言ってメイドを下がらせ彼女の姿が廊下の向こうに消えたのを確認すると、シーヴァスは手を添えていた腰の剣を引き抜くと同時に身を翻し背後に向かって剣を一閃させた。
「っっ!! 貴様いきなり何しやがる!!」
 ほとんど同時にその方向より鋭い怒声が上がる。
「いきなり初対面の相手に斬りかかってくるのがお貴族様のご挨拶ってやつかい?へぇ、貴族っつーのは随分と変わった礼儀を持ってるじゃねーか」
 剣の達人として名をはせているシーヴァスの剣によって作り出された、鋭い銀の軌跡。それをどこか余裕を感じさせるステップで飛び避けた青年は思いっきり皮肉な笑みを浮かべ彼を睨み付けた。
 つい先ほど、メイドと話している最中に彼に全く気配を感じさせずに突然屋敷の廊下に現れた長身の青年。
 年の頃はシーヴァスとほぼ同じぐらいだろう。切れ長で鋭くそれでいてどこか皮肉げな光を湛えた黒い瞳。同じ色の艶やかな黒髪。どこかきつい印象を与えるくっきりと形良く整った顔。
 そこにいるのはシーヴァスにとって全く見覚えのない青年だった。その青年はヨーストの大貴族の一人である彼に対して全くの敬意を表す様子も見せず、それどころか先刻よりまるで値踏みをするかのようにシーヴァスの頭からつま先までをじろじろと無遠慮に見つめ回している。
 その青年の態度は貴族としてのプライド高いシーヴァスの神経を逆撫でするに十分だったのだが、それよりも視線を奪ったのは青年の背後にある物−−普通の人間なら決して持たぬはずの、白銀の光を帯びた白く大きな翼だった。
 しかし、その驚きを相手に悟られぬよう相変わらず油断無く身構えたまま、シーヴァスは手に持った剣の切っ先を不法侵入者であるはずの青年の方に向ける。
「人に有らざるその姿・・・・・・貴様、魔物か?」
 鋭い詰問と向けられた剣。それに対して青年は全く臆する事なく、それどころか傲然と腕を組んだ不敵な態度でシーヴァスを睨み返した。
「無断で人の屋敷に現れて、名前も名乗らないのは失礼ではないか?」
「ふん! 初対面の相手にいきなり剣を向ける礼儀知らずな奴相手に、名乗る名は持っちゃいねぇよ」
「ほぅ、魔物のくせになかなか面白いことを言う。・・・・・・いきなり人の屋敷に断りもなく入り込んで、そこの主の名を呼び捨てにするような輩と比べるとどちらが礼儀知らずかな?」
「魔物だぁ? はんっ!この俺様が魔物に見えるとは、貴族というヤツはろくな生き方してねぇな」
「どうやら本当に礼儀を知らない者らしいな・・・・・・では魔物でないと言い張るのならば、貴様一体何者だ?」
「ふんっ!この俺様の姿を見て解からねーのか?」
「見て解らぬから聞いているのだが?」
「なら良く憶えとけ。俺様は天使だ」
 そう言うと青年はシーヴァスに見せつけるかのようにばさりとその見事な翼を広げ傲然と胸を張る。それに対してシーヴァスは呆れたように首を振った。
「天使だと? はっ、また恐ろしくふざけたことを言う・・・・・・お前のような輩が天使とは、天使もずいぶん質が落ちたものだな。第一、天使というのは世間一般の概念では儚く可憐な女性だと思うのだが?」
「ふふん、貴族のおぼっちゃまは結構物事というのを知らねぇなぁ。この地上の人っつーのは俺様達天使を原型にして作られたんだぜ? 人に野郎が存在する以上、天使にも男が存在して当然だろうが」 
 睨み合う両者の間に目に見えない何かが確かに散る。
 友好とはほど遠い雰囲気の二人に、自称天使という青年の側を先ほどから飛んでいた小さな少女が見かねたように慌てて間に入った。
「あ、あのですねシーヴァス様。貴方に是非お願いしたいことがあるんです!!」
「頼みだと?」
 いきなり間に入ってきた背中に虫の羽根を付けた指先ほどの大きさの小さな少女−−後で知ることになるのだが、どうやら妖精という存在らしい−−の言葉に、シーヴァスは訝しげに問い返した。
「は、はい! あの、貴方に世界を救う勇者をお願いしたいんですっっ!!」
「勇者?」
「そうです、勇者というのはですね・・・・・・」
 全然全く説明する気がなさそうな天使の様子をうかがいつつ、彼に代わり彼女がシーヴァスに勇者の意義、目的、必要な資質を言葉を選びながらも解りやすく説明をする。それを聞き終わってシーヴァスはさも呆れたような表情を浮かべた。
「ほぅ? しかしそれは結局はお前達・・・・・神様とやらの問題だろう? その解決を人にやらせるというのはずいぶん虫の言い話ではないか」
「そ、それはそうですけれど・・・・・・あ、あの・・・・・・引き受けてもらえませんか?」
 困ったような妖精の様子にシーヴァスは数瞬の間考え込むと不意にニヤリと笑った。
「フッ、そうだな・・・・・・引き受けてやっても良いが」
「えっっ! 本当ですか?!」
 この険悪な雰囲気の中では返ってくるはずもないと思っていた良い言葉に妖精が嬉しそうな声を上げる。それを無視してシーヴァスは妖精の説明の間面倒くさそうな表情をしていた傍らの天使に視線を移す。
「そっちの男がこの私に直々に『お願い』するのだったら引き受けてやっても構わないが?」
「ええっ!?」
 驚く妖精を更に無視して、シーヴァスは強気な視線を青年に向ける。
「だが勘違いするな。私はただ暇つぶしになるからと思って引き受けるのだ。お前のような得体の知れない自称『天使』の大義名分などに興味はない。嫌ならかまわんぞ?別にこちらも無理にお前に付き合ういわれはないからな」
「安心しろ、『お願い』も何も俺様は別にてめぇなんぞに頼む気は更々持っちゃいねぇからな」
「何!?」
 あっさりと言い放つ天使の言葉に、ぴくりとシーヴァスの眉が跳ね上がった。
「ろくに剣を取ったこともねぇような軟弱なお貴族様に堕天使の相手なんかさせちゃ手間がかかってしょうがねぇや。生憎と俺様も暇じゃぁないんでね、そこまで面倒見てられねぇし」
「て、天使様っっ、せっかくシーヴァス様が引き受けてくださるとおっしゃっているのに、何を言うんですか!?第一、この方はちゃんと勇者の資質を持っていらっしゃるんですよ!?」
 せっかく自分の見つけた勇者候補に対する思いもがけない反応に、妖精は慌てて天使に詰め寄る。しかし、天使はガリガリと苛立だしげに髪を掻き上げながら不愉快そうにちらりとシーヴァスを見た。
「だってよぉ、資質だけでこんな軟弱そうなヤツが堕天使相手に戦えるわけねぇだろーが。第一コイツが死んじまったらいちいちレミエル様の所に生き返らせに行かなきゃならねーんだろ? 可愛い女性ならともかく、こんな野郎相手にんなたるいことやってられっかよ」
「ほほぅ? ヘブロン騎士の称号を持つこの私、シーヴァス・フォルクガングが堕天使とやらなどに負けるとでも?」
「ふん、騎士の称号ねぇ・・・・・・」
 さも馬鹿にしたように天使は鼻先で笑い飛ばした。
「んなもん、お金持ちのお貴族様のこと、金を積んで入手したもんだろ? んな称号で堕天使倒せりゃ苦労しねぇぜ」
「貴様・・・・・・この私を愚弄するのか?」
「別に? ただ人間誰しも本当の事言われると腹が立つらしいしなぁ」
 再び両者の間に険悪な空気が漂う。先に口を開いたのはシーヴァスの方だった。
「面白い・・・・・・そこまで言うのなら見せてやろうではないか。この私の剣の腕が堕天使に劣らないと言うことを・・・・・」
「ほほ〜それこそ面白いじゃねぇか、是非見せてもらおーか。言っておくが、てめぇが堕天使にやられたとしても生き返らせてやるつもりねーから覚悟しとけよ?」
「ふん、そんな事はこの私に必要ない。それよりも引き受ける以上貴様の名前を聞いておこうか」
「けっ、その言葉忘れるなよ? それから俺様の名はアーサーだ。良く憶えとけ」
「アーサー? ふっ、天使にはふさわしからぬ大層な名前だ・・・・・・それより、貴様こそ堕天使と一緒に切られぬように注意するんだな」
「はんっ、んなお貴族様のなまくら剣でこの俺様が切れるっつーんだったらやってみやがれ。いつでも受けて立つぜ?」
 お互いに負けじとばかりに睨み合う。この恐ろしく敵意が溢れまくった険悪な空気に耐えられず、とうとう妖精がその場から逃げ出したのは言うまでもない。

 この後、勇者となったある貴族とそれを守護するはずの天使との間にサポートとして入った二人の妖精が、あっと言う間にノイローゼ寸前まで溜まったストレスのため幾度も家出し、彼女たちを管理するティタニアの悩みの種になったらしいがそれはまた別の話である・・・・・・
 
 
SEPIAさんよりのリクエスト頂いたウチの天使君の創作です
き、凶悪すぎ・・・・・・スカウトに行ってケンカ売ってどーすんだよお前っっ!?
恐ろしく久しぶりの創作なのですが・・・・・・ううっ、やっぱり私って創作ダメだわ(汗)
はうっ、SEPIAさんごめんなさい〜、せっかくご依頼を頂いたのにこんな物になってしまいました〜(泣)
処で彼って一応アーシェ専用天使のハズなんですけれど
何故かいつの間にかシーヴァス専用天使になっているような気が・・・・・・?(滝汗)