誘惑  あるいは天使の衝撃的告白
                   
 
「君に聞きたいことがあるのだが・・・・・・」
 手の中でワイングラスをもてあそびながら、そうシーヴァスは切り出した。
「何でしょう?」
 突然のシーヴァスの一見真剣そうな様子に、美しい金色の髪と紫碧の瞳を持つ天使−−ルシフェルは不思議そうに問い返す。
「もし、私が君に興味があると言ったらどう思う?」
「えっ、どういう意味ですか? 興味って・・・・・・」
「女性として興味がある、という意味だが・・・・・・」
 彼の言葉に全然――全く疑いの欠けらすら持たない天使の様子に、さらに調子に乗ってシーヴァスは口調に甘い雰囲気を漂わせて語りかける。
 ――そう、それは単なる軽い悪戯のつもりだった。
 神の眷属である天使が自分に依頼してきた勇者という使命。
 だが、天使の言う世界の危機など別にどうでもいいことで、自分にとってそれは単なる暇つぶしのつもりだった。
 しかし、軽い気持ちで引き受けたが実際にそれはかなりハードな仕事だった。しかし人の都合などお構いなしに彼女はそれこそ「天使のごとき」清らかな笑みを浮かべながら今日は東、明日は西へと遠慮なく事件の解決を依頼してくる。
 だからそれは天使への意趣返しのつもりだった。
 ただ見てみたかったのだ。いつも清らかな表情を浮かべている天使が驚く様を――
 ただ知りたかったのだ。その彼女が勇者である自分をどう思っているのかを――
「天使は人間の男に何も感じないのか?」
 その問いかけに、ルシフェルは不思議そうに小さく首を傾げる。
「あの、感じるというのは具体的にはどういったことを指すのでしょう?」
「好きだとか、側にいたいとか、そういう恋愛感情みたいなものさ」
 夜会などで戯れに貴族の令嬢達を相手に愛を囁きかける時のように、自分の魅力を最大限に引き出すよう、優しい眼差しで天使を見つめ柔らかな言葉で語りかけた。
 そのシーヴァスの言葉に、彼女は得心したようににっこり笑って大きく頷いた。
「そうですね・・・・・・人間の男性には特にそういった感情を持ったことはありませんが、でも、女性に対してならありますよ」
「へっ!?」
 想像していた言葉とはあまりにも――あまりにも違いすぎるその言葉にシーヴァスは一瞬己の耳を疑った。この天使は、今一体何と言った!?
「・・・・・・ル、ルシフェル・・・・・・い、今なんて・・・・・・?」
「ですから、人間の女性になら感じることがあります」
 にっこりと、全く邪気のない愛らしい微笑みを浮かべてルシフェルはきっぱりと言った。
「私、今まで自分たち天使しか知らなくて、この任務で初めて人を見たのですが驚きました。人の女性って本当に素敵で綺麗ですよね」
 その柔らかで白磁のように滑らかな白い頬がポッと赤く染まる。
「勇者として選ばれた方々も本当に綺麗で・・・・・・。アーシェは快活さの中に高貴さが漂った美人ですし、フィアナは剣を振る姿がりりしくてとっても麗しくて、ビーシアはホーイッシュな中に可愛らしさを持っていて、ティアも可愛らしくて可憐ででありながら、でも心に強さを持っているところが堪らなくて・・・・・」
 勇者達の名前を指折り数えながら、天使はうっとりとため息をつく。
「でも、やっぱり一番素敵なのは、なんと言ってもナーサお姉さまですわ!」
 形の良い頬をほんのりと薄紅に染め、嬉しそうにルシフェルは断言した。
 『お姉さま』・・・・・・その一言と頬を染める天使の姿にシーヴァスはあやうくフリーズしかけた。
「な、ナーサというのは、以前会ったことのある踊り子のナーサディアのことか?」
「ええ、そうです」
 恐る恐る――確認するのが恐ろしかったが、それでも確認せずにはいられなかった――のシーヴァスの問いかけにルシフェルはきっぱりと頷き、頬をほんのりと染めたまま再びうっとりとため息をつく。
 その天使の姿は、うるうると潤ませた瞳を憧れいっぱいにきらきら輝かせ、頬をほんのりと薄紅色に上気させるという、まさに好きな人に思いを寄せ憧れ、そして恋をする少女の姿そのものだった。
 「本当に素敵なんです、ナーサお姉さまって。容姿や姿が本当に美しくて、踊っている姿も素敵ですけれど、戦いでムチを振るう姿がまた麗しくて・・・・・・」
 嬉々としてルシフェルはその憧れの女勇者のことを説明する。その天使の姿をシーヴァスは呆気にとられながら見つめていた。
「特にね、お酒を飲んだときがまたすっごく色っぽいんですよ〜!うふふっ。ナーサお姉さまってお酒が大好きなのはいいんですけど、ものすっごく酒癖が悪いんです。でも、お酒に酔った姿と言ったらこれがまた色っぽくて本当に素敵で、見ていてくらくらするくらいです。もー襲っちゃいたくなるくらい!! きゃーっ! 私ってばなんて大胆なこと言っているのかしら!」
 お、襲うって・・・・・・一体・・・・・・
 天使の最後のセリフにシーヴァスは激しい目眩を覚えた。
 くらくらする頭を抱えているシーヴァスに気付いているのかいないのか、天使は自分の言った言葉に恥ずかしくなったのように、真っ赤になった顔を手で覆い、一人はしゃいでいる。
「・・・・・・ル、ルシフェル・・・・・・」
 ようやくわずかに立ち直り、シーヴァスは傍らの天使の名を呼んだ。
「き、君の居る天界には・・・・・・その、お、男の天使というのは存在しないのか?」
「男の天使ですか?ええ、居ません」
 そのシーヴァスの問いかけに、赤くなった頬を両手で押さえながら、ルシフェルはにっこりと笑いながらきっぱりと答えた。
「天界にいる天使って、みーんな女性ばかりなんです。だから私男性ってインフォスで初めて見ました」
 ・・・・・・やっぱり・・・・・・
 その返事に、――ある程度の予測はしていたのだが――シーヴァスは目眩がさらに酷くなるのを感じた。
 貴族や金持ちなどの娘が通うという女子だけの寄宿制の学校などでは、同性だけという特殊な環境下のためにそういった女性同士で憧れから発展し疑似恋愛に陥ることがあるという話を聞いたことがある。この天使も正にそれなのだろう。
 だが・・・・・・
 ・・・・・・かなり激しすぎる気もしなくもないが・・・・・・
 激しい頭痛を感じたような気がして、思わずシーヴァスはこめかみを押さえた。
 だが、頭を抱えるシーヴァスにやっぱり天使は気付いていないようで、ルシフェルは嬉しそうにシーヴァスに対して彼女があこがれる天使達の説明を始める。
「上級天使様達って本当に綺麗なんですよ。レミエル様は優しくて落ち着いた雰囲気の美しい方で、ラツィエル様はきっぱりした性格でお強くそして凛々しくて、妖精の女王であられるティタニア様も大人びた雰囲気で色っぽくて素敵です。でも、やっぱり一番素敵なのはなんと言ってもガブリエル様ですわ」
 そのあこがれの天使の姿を思い出したのだろう、ルシフェルは頭を抱えているシーヴァスをよそに幸せそうにため息をつく。
「でも、インフォスに降りて初めて人間の女性を見たのですけれど、人間の女性も綺麗で強くて本当に素敵だと思いません? 」
 きらきらと瞳を輝かせ同意を求められたが、先ほどからの天使の言動から、激しい目眩と脱力感のあまり腰掛けているベッドにのめり込みそうになっているシーヴァスには答えることが出来なかった。
 この綺麗で清らかな天使と、あのナーサディアという美しく色っぽい女性とのツーショット。
 ビジュアル的にはすごく良いと思うし、男としては見ていてかなり楽しい光景だろう。だがしかし、やっぱりそれは男としては許せない!!
「そ、それは・・・・・・じ、女性同士の恋愛というのは許されないことではないのか?」
「そんなことはありません!!」
 ようやくのシーヴァスの反論に、ルシフェルはキッと睨み付けた。
「愛があれば、そんなことは関係ないんです!!」
 言い切り、再びホウッと幸せそうにため息をつく。
「君は人間の男には何も感じないのか!? 私は天使の君を見ているだけでこんなにも感じているというのに!!」
 その天使の様子にシーヴァスはつい叫んでしまい、直後自分の口走った言葉の内容に気付きハッとする。
 しかし、思わず本音を叫んでしまい気まずさを感じているシーヴァスに相変わらず気付かないようで、ルシフェルはきょとんとした表情で彼を眺め、そしてその可愛らしい顔ににっこりと笑みを浮かべた。
「そうですね〜 インフォスに降りてから人間の男性って初めてみたのですけれど、男性もこんなに綺麗だとは思いませんでした。特にシーヴァスは綺麗だと思います。でも・・・・・・」
 言葉を切り、再び頬を染めうっとりと微笑みながら首を振る。
「それでも、やっぱりナーサお姉さまにはかないませんわ」
 がぁぁぁぁ――――――ん
 その天使の言葉に、シーヴァスは後頭部を重い鈍器で思いっきり殴られたような衝撃を受けた。
「あ、いっけない!!」
 自分の髪が白髪になったのではないかと思われるほどの衝撃を受けているシーヴァスに構わず、ルシフェルは突然慌ただしく立ち上がった。
「忘れてた、これからナーサお姉さまと約束があったんだわ! うふふっ! 一緒にお酒を飲む約束をしているんですの。楽しみだわ〜 強いお酒を勧めちゃおーかなー。きゃー私ったらなんて大胆な事をっ!!じゃあ、それではシーヴァス、また来ますね」
 そう言うなり、その言葉に我に返ったシーヴァスがあわてて引き留めようとする暇もなく天使はあっという間に姿を消した。
 ただ呆然と天使の消えた場所を見つめるシーヴァスだけを残し・・・・・・

 人の恋愛観に口を出すというのは自分はあまり好まないし、この広い世の中、この私には理解できないがそう言った嗜好を持つ者もたくさん居るだろう。だが、だがしかし彼女の場合はどこか歪んでいるような気がしなくもない。
 なら、彼女を間違った道から、正しい場所へ導いてやるのが男としての勤めではないだろうか・・・・・・?
 一人残された部屋の中、長い長い時間を経てようやく我に返ったシーヴァスは堅く、堅く心に誓った。

 彼は気付かなかった。
 彼女が呆然としているシーヴァスの前から姿を消す寸前、悪戯っぽく笑いながら小さく舌を出したことを・・・・・・
                  
 
 
誘惑イベントを見ていて思いついたネタ。もう少し壊れた(爆)話にしたかったのですが・・・・・・