反復脅迫

2005/12/13

建築確認申請書の構造計算書偽造(強度偽装)に関連して、
少し前、朝日新聞の三面記事に、


・・・<略>・・・
 十数件の物件で姉歯建築士と共に仕事をした千葉県内の建築士は
 姉歯建築士の真面目な仕事を思い出すと言う。
 今は、ラフな格好をしている建築士も多い中、姉歯建築士は、
 几帳面に現場に出向くことが多く、自宅事務所でもいつもネクタイ姿だった。
 「設計期限を守る、責任感が強いと言う印象だった」と語る。

 姉歯建築士の親族も驚きと言うのが正直な印象である。
 母ひとり子ひとりの暮しだった姉歯建築士が20年ほど前の彼の結婚式で
 「母の喜ぶ顔が見たくて一生懸命勉強した」と挨拶した姿が忘れられないと言う。
 「よく、独り暮らしの母に『一緒に暮らそう』と話をして、家族思いの子だったのに・・・・・・・」

 宮城県の工業高校の建築科を卒業し、中堅建設会社の東京本店に勤めた。
 4年間働いたあと退職し、設計事務所勤務などを経て
 90年に1級建築士の免許を取得、市川市に建築設計事務所を構えた。
 建設会社にいた頃から同僚に「建築設計を職業にしたい」と話していた。

 その9年後(99年)、念願の仕事に就いたはずなのに偽装を始める。
 木村建設とヒューザーが姉歯建築士と知り合ったと説明している時期の1〜3年後に当たる。

 両者とシノケン(福岡市)について姉歯建築士は11月24日、
 国交省の聴聞会で「コスト削減の圧力を受けた」と名指しし、
 「生活のためには(コスト削減の要求に)従うほかなかった」と話している。

 自宅の土地と建物には99年ごろまでに、ローン会社が債権額3150万円の抵当権を、
 銀行が限度額2千万円の根抵当権を設定している。
 当時、妻は体調を崩しがちで、姉歯建築士も二人の子供ともうまくいっておらず、
 思い悩んでいた様子だったという。近所の人は、姉歯建築士の妻が
 「家庭内がめちゃくちゃで」とこぼしたと明かしている。

 その姉歯建築士が、2年ほど前、ふと笑みを見せたことがある。
 「せがれが事務所を手伝うことになって」と嬉しそうに、知り合いの設計士に話していた時のことである。

 偽装が確認された建物は12月5日、60棟を超えた。
 「仕事をこなすことを優先してしまった」。
 数年前に入院した時も病室にパソコンを持ち込んで仕事をしていたという。



中学卒業を前に、母に負担をかけまいと、大学進学はあきらめ、工業高校を選択しています。
常に、その人生は、母を楽にさせる、イコール、経済的に恵まれることを目標にしていました。
しかし、その願いとは逆に、まるで挫折が待ち受けているかのような人生でした。

親戚は事の重大さに、世間をはばかりながらも、口を揃えて言います。
『よく出来た息子だった』
『貧しさがそうさせた』

彼の一級建築士免許取得は、彼の母親にとって至上の喜びで、ことあるごとに、
周りに話題にしたと言います。それは、幸薄い彼女の人生で、
唯一の至福の期間だったのかも知れません。
結局、その母親も、今回の出来事を知ることなく、
そして、『一緒に住む』こともなく、地元の公営住宅で、その一生を終えています。

 母がまだ若い頃 僕の手をひいて
 この坂を登るたび いつもため息をついた
 ため息つけば それで済む
 後ろだけは見ちゃだめと
 笑ってた白い手は とてもやわらかだった
 運がいいとか 悪いとか
 人はときどき 口にするけど
 そういうことって たしかにあると
 あなたを見てて そう思う
 忍ぶ 不忍(しのばず) 無縁坂
 かみしめるような
 ささやかな 僕の母の人生

30年ほど前の『さだまさし』の『無縁坂』は、姉歯氏の成人前ぐらいに作られた歌で、
たぶん、彼も耳にしていたに違いありません。
彼の母親と、彼の人生を髣髴させるに十分なのですが、
後ろだけは見ちゃだめと笑ってた』の部分が、彼の場合には、なかったように思います。

フロイトは人間の心理で 『快感原則』 (快感を最大限に求める生)に
従わない心理過程があることを論文で発表しています。
いわゆる 『反復脅迫』 と言われるものです。

人間は無意識に不快を避け、快感を生む方向に向かう(快感原則)と考えていたのですが、
それとは逆に、人生で悲しかったり、苦しかったりした過去の体験を、
自ら、繰り返してしまうケースがあると言うのです。

当の本人は、そのことに全く気付いていなくて(無意識)、
その都度、「何で、自分ばかり・・・」 と思うわけです。

しかし、そこには繰り返さずにはいられない 反復脅迫 が見られることがあると言います。
不快な事態を極端に嫌い、恐れているのですが、逆に、
「また、そうなってしまうに違いない」 と先回りし、勝手(無意識)に確信し、
自ら、不快な事態を誘い込んでしまう。結果として、うまくいかない。
そして、「やはり、今度も、駄目だった」 と自責の念に駆られる。
言葉が悪いですが、『ヘタクソな生き方』 です。

普通ならば、貧しさ、そして自分の人生に対し、ほんの少しの覚悟(開き直り?)さえあれば、
笑ってでも、怒ってでも避けられたであろう事態に、自分から飛び込んで行ってしまった。
今回のとんでもない出来事は、姉歯建築士が、自分で自分を追い詰めてしまった結果なのでは・・・・・

彼にも、彼の母親にも、真面目?過ぎずに、良い意味の 『いい加減さ』 があったならば、
もう少し、『上手な生き方』 が出来たのかも知れません。

明日は、今まで2度の衆議院国土交通委員会の参考人質疑を、
体調不良を理由に欠席した、姉歯建築士(他3名)、証人喚問の日です。