残酷物語

2006/03/16

日増しに寒さを感じ始める秋の宵、
教室に戻ったクラスの男子全員が感じている心地良い疲労と、冷めやらぬ興奮は、
年一度の一大イベントを終えた安堵と達成感に起因していたのですが、
しかし、教室では、それ以上の興奮と驚きが待っていました。

全員、教壇前に集まり、ざわついています。
黒板一面は、隙間のないほどの文字で埋め尽くされていました。
そして、その正体は男子クラスだけに、予期せぬものでした。

そんな中、突如、渡辺は顔色を変え、

「えっ?あれ?ない!」

奇声にも似た声を発したかと思うと、目を皿のようにして、再度、確認しています。

「やっぱりない!」

彼は狼狽していました。怒るにも怒れず、泣くにも泣けずの複雑な表情は、
百パーセント以上の自信で、合格を信じ、疑わなかった受験生が、
合格発表の掲示板前で、存在することのない自分の受験番号を、
何度も確認する顔そのものでした。



隣町からの越境(県境)で入学した自分には知り得なかったことなのですが、
母校の高校(男女共学)は、その前身が女学校と言うことで、
校区住民の目には、多少なりとも、そのイメージが働いていて、
親を含め、女子中学生の憧れ的な存在でした。

そんな高校にあって、今回紹介の、女人禁制の行事(イベント)は、
そのイメージを必死に払拭し、尚且つ男らしさに変貌させようと企んだ、
大先輩(男子)の涙ぐましい努力で始められたに違いありません。

いつに始まったのか、それよりも、果たして今尚、続いているのか定かではありませんが、
そのイベントと言うのは、体育祭が終わったあと、日没にあわせるように始まります。
で、何をするかというと、実は、あまり、よく覚えていません。
内容自体が記憶に残らないほど、意味不明で、感動のないものだったのか分かりませんが、
とにかく、男らしさの表現だった・・・のかなあ?

要するに、非常に怪しい雰囲気の、男だけの男らしいマスゲームと言ったところでしょうか。
おそらく、何年も掛けて、その男らしさを表現するパフォーマンスを編み出したのでしょうが、
長い年月を経た今、男らしいであろうイメージは浮かぶのですが、
その具体的内容が思い出せません。
たぶん、火を囲んで、歌って、踊って、叫んで・・・、ゾッとします

本番1週間ほど前から最上級生や応援団の指導のもと、入念に予行演習が行われるのですが、
内容は、一種の公認されたいじめみたいなもので、指導する側が罵声や怒声を張り上げ、
事細かに、意味不明なパフォーマンスを強いるものでしかありません。
1年生にとっては未知の体験、戦々恐々とした面持ちなのですが、
学年が上がるごとに、慣れもあってか、やや、冷めた雰囲気になってきます。



さて、話を戻しますが、黒板には、いったい、どのような書き込みがしてあったのでしょうか?

実は、行事に参加できない女子がみんなで、男子一人一人に宛て、コメントを寄せるのです。
○○君、すてき!
◎◎君、愛してる!

と言った具合なのですが、肝心の差出人の氏名は書かれることはありません。
ジョーク(中には本気も?)と分かっていても、悪い気はしません。
いやいや、気分は上々です。

当然、この行為は男子には極秘裏に進められますので、
今までの男らしさから一変の軟弱さに、男子、それも1年男子にとっては、感動ですらあります。
もちろん、上回生になっても、こればかりは、慣れも冷めもありません。



今回、3年目の男祭だったのですが、
実は、進学に向けてのクラス編成で、わが10組は男子クラスだったため、
まさか、帰った教室の黒板に寄せ書きがあることは予想していませんでした。

期待していなかった分、1年の時、味わった感動に似たものがあったのですが、
実は、その書き込みは、遠く離れた女子クラスからの出張作業によるものでした。
(9組 女子若干名クラス、10組 男子クラス  ⇔  1組、2組 女子クラス)

でも、今回、若干1名、その感動から除外された人物がいたのです。
果たして、意図的なのか、それとも、うっかりなのか。
いずれにしても、これは、実に残酷だ。

気を落とす渡辺に最初に声を掛けたのは、部活も同じ、親友の中村でした。

「そう、気を落とすなよ。きっと、うっかりしていたんだ」

「うっかりで済まされることかよお」

「まあまあ」

と言って、渡辺の肩に腕を回したのですが、その中村の顔を見た渡辺は、いきなり言った。

「お前、笑ってないか?」

「笑うなんて、そんな・・・」

と言って、目と目を合わせた途端、
中村は目をそらし、首を反転させ、思わず、

「ぅぷっ! ぅくっ!」

「あ〜、てめえ!」

笑いをこらえた状態にあったのは中村だけではなく、クラス全員(1名を除いて)でしたので、
その後しばし、爆笑でクラスが揺れ続けました。

そして、一週間、渡辺から笑いが消えました。