11月28日(金)
行ってきました。演劇集団キャラメルボックス 2003 クリスマスツアー『彗星はいつも一人』
以前、やった、『レインディア・エクスプレス』が元になっているらしい。
私は、ビデオでみたことがあるのよね。
実際、そっくりだった。
もう1つのストーリーっていうから、『誰かが扉を叩いている』みたいに、違うものだと思ったのよ。
『銀河旋律』と『広くて素敵な宇宙じゃないか』みたいにさ。
北条雷太は出てきても、全く新しい話なのかと。
でもねー。
おんなじだよ。
『レインディア・エクスプレス』を暗記しているわけでもないけどさ。
おんなじ話だったよ。
台本のどこが違うのかが、よくわからなかった。
やっぱり、北条雷太が西川さんで、おばあちゃんが坂口さんだったからかなー?
ふーむ。
私、最近、大海とむの『禁断の恋をしよう!』っていうマンガにはまっているのね。
仕事帰りに拾った犬が実は、狼で、満月の夜に人間になっちゃうのだが・・・・。
主人公の緋佐子は、夜斗が人間だろうが、狼だろうが、不死だろうがかまわないのよ。
だって、それでも、好きなのだもの。
好きで、好きでたまらなくて、悩んでも仕様がなくて、ここに夜斗がいる現実だけをみている。
ふーむ。
私はどうか?ナオは、雷太はどうなんだろう?
自分の愛する人が、自分が老いても全く変わらない。
それって、めちゃくちゃつらいよね。
女って、特にそうだと思う。
無意識のうちに、自分の美とか、若さを意識していまう。
でも、相手は全く変わらない。
それって、つらいよね。
でもさ、相手もつらい。
未来につらくなることがわかっていたら、相手を受け入れることなんかできないよ。
ふーむ。ふーむ。
自分が先に死ぬとわかっていたら、自分の存在を愛する人に知られたくない。
でも、存在を叩きつけたい。
一目逢うだけ。
それでガマンしようとする。
でも、逢ったらつらくなることがよくわかる。
そのジレンマから、憎んでしまうかもしれない。
だって、顔を見たら、自分は考えてしまう。
自分と相手が相容れないことを。
決定的に、自分は側にいれないことを。
側にいれば、いつか、確実にこの人の死を自分はみなくてはならない。
それは、確実。
愛しているからこそ、自分はそばにいることができない。
相手を苦しめる。自分を苦しめる。
北条雷太は、何度そのジレンマと闘ったんだろう?
好きって、恋愛だけじゃないよ。
尊敬や、感謝の念もある。
寿命の有る人間に、思い入れを持ってはいけない。
でも、一人では生きていけない。
人と関わってはいけない。
関わらなければ生きていけない。
目の前で、愛する人が死ぬのを見たくない。
逃げたい。逃げれない。
もう、ずっとずっと、ジレンマと闘ってきた男。
戊辰戦争が終わっても、雷太はずっと戦いつづけていたんだ。
ふーむ。