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警視庁捜査一課のデスクに、一人の女が座っていた。細くてスマ−ト体の上に、美しいというか、可愛い顔がちょこんとのっかっていた。事件のファイルをパラパラやっていると、一人の刑事が声をかけてきた。

「麻生さん! 麻生さん!」

 女はファイルから顔を上げ、

「うるさいわね、何よ」

 と言った。刑事は隣の席に身を落ち着かせると、女の方に向き直った。

「実は、重大な事でご相談があるのですが」

 と、その刑事は申し訳なさそうにそう言った。女はファイルを閉じると、机の上に置いてあるカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。

「相談って? 結婚でもするの?」

「とんでもない! 麻生さんと結ばれるまでは、するつもりはありません!」「ちょっと、戸塚君! 静かにしてちょうだい!」

 刑事、戸塚健太郎が、大声で宣言したため、他の刑事の冷やかすような視線を感じた麻生は、窘めるようにそう言った。

 麻生美夜、二十五歳。警視庁捜査一課所属の、敏腕の女刑事である。彼女に怒られてシュンとなっている戸塚は、その部下であり、麻生に恋心を燃やしているのだ。

「重大な相談って、何よ?」

 麻生は声のト−ンを低くしてそう言った。

「実は・・・その・・・」

「はっきり言いなさい!」

「焼き肉に使う肉を、牛肉にするか豚肉にするか迷ってるんです」

 麻生は危うく椅子からずり落ちそうになった。何とか体制を立て直すと、きつく、こう言った。

「黙ってないと、あなたをおかずにするわよ」

「麻生さんに食べられるなら本望です! さあ、どうぞ!」

 戸塚にはあまり効果がなかったようである。

 捜査一課長、杉本道夫警視が、麻生と戸塚を呼んだ。杉本は、ちょっとした事でもすぐに雷を落とすので有名なのである。しかし刑事としては優秀で、部下達からの人望も厚い。

「お呼びですか」

 麻生がそう言うと、杉本は一つのメモを手渡した。そして一呼吸終えてから、

「殺人事件だ。すぐ現場に行ってくれ」

 穏やかな口調で杉本がそう言った。今日は機嫌がいいみたいね、天候は、晴れってとこかしら。麻生は杉本の顔を見ながらそう思った。

「何か私の顔についとるかね?」

 杉本は麻生に言った。

「いえ、綺麗な顔立ちをしておいでだと思っていたんです。肌なんかサメみたいにザラザラで・・・」

「くだらん事言っとらんでさっさと行け」

 曇り後雨に変わったわね、麻生は杉本の小言を聞き流しながらそう思った。メモを見た戸塚が、不意にこんなことを言ったのである。

「近くに駅がないようですから、タクシ−で行きますが、運賃は出してもらえますよね?」

「もちろんだ」

「ついでに、牛肉のお金ももらえませんかね?」

 落雷!

 

 現場は、凄惨なものだった。被害者の男は、地主の須藤昭彦。大変な資産家で、遺産の額は数十億とも言われている男である。まさに白亜の豪邸という言葉がふさわしい、真っ白な豪邸の寝室のベッドの上で、喉を縦に切り裂かれ、血は胸元や、ベッドのシーツにまで広がっていた。検死官の橋本は、やってきた麻生と戸塚を見ると、笑顔で手を振った。殺人現場にはふさわしくないが、彼なりに少しでも気分を和らげようと努力しているのである。

「名探偵殿お越しだな」

「橋本さん、やめてくださいよ」

 麻生はそう言うと、そばで手帳に何やら書き込んでいる刑事に声をかけた。「地元署の方?」

「どうも。本庁の麻生警部殿ですね。目黒署の柿本といいます」

「ご苦労様。被害者のご家族は?」

「隣の部屋に待たせてあります」

 そう言うと、柿本は先頭に立って麻生と戸塚を案内した。

 隣の部屋のソファには、三人の男女が座っていた。須藤恵子、四十五歳。四十五歳ではあるが、髪には少々白いものが混じっており、老けこんだ顔は、五十代に見えた。その隣に座っている、どこかのチンピラのような格好の男は、須藤義男と言って、二十三歳の遊び人である。その隣の、高級な三揃いのス−ツに身を包んだ男は、義男の弟で義明という。須藤昭彦の会社の副社長をしている男である。

「一体誰がこんなむごいことを・・・」

 恵子はハンカチを両手でくしゃくしゃにしながら、うつむきがちにそう言った。呟くような小さな声で、下手をすれば独り言のようにも思えてしまう。「犯人を早く捕まえて下さい」

 恵子は麻生の目を見据えてそう言った。

「もちろんです。手掛かりを見付けるためにご協力を御願いします。形式的な質問ですが、昨夜はどちらにいらっしゃいましたか?」

 麻生は事務的な口調でそう言うと、恵子は少し考えてから、

「友達の所にいました。夫が仕事の大切な客が来る。誰にも聞かれたくないからどこかへ行ってろと言いまして」

「そうですか。義男さんはどちらに?」

 義男は椅子にふんぞりがえり、煙草などをふかしながら、

「高速を車で走ってたよ。彼女を連れてな」

「彼女の名前を教えて下さい」

「安藤幸子」

 麻生は手帳に目を落としながら、

「義明さんは?」

 と言った。義明は即座にこう答えた。

「会社で残業をしていました。あいにく一人でしたから、アリバイにはなりませんよ。でもね」

 義明はわざと言葉を切った。麻生は手帳から顔を上げると、

「でも?」

 と聞いた。義明はもったいぶってから、

「犯人は兄さんだ。こいつは嘘つきなんです。だまされちゃいけませんよ。少年院にだって何回も入ってるし、それに最近は借金で首が回らなかった。金を手に入れるためだったら何でもやる奴なんですよ」

 この言葉を聞いた義男は顔を赤くして、

「うるせえ! お前だって女をくわえこんで、会社の金を使ってたじゃないか! 俺はやってないぞ。やりそうなのはお前と伯父さんだ!」

 と怒鳴った。

「伯父さん、と言うと?」

「的場武文。こいつも借金かかえて逃げ回ってるよ」

 

 家の居間のソファに身を沈めた麻生は、深く溜め息をつき、

「疲れた!」

 と言った。新聞を読んでいた夫、麻生重人は、新聞をテ−ブルの上に投げ出すと、

「ゆっくり寝ろ」

 と言った。

「あなた、冷たい飲み物持ってきて」

 と、麻生が甘ったれた声を出す。それを聞いた重人は、やれやれと肩をすくめ、冷蔵庫からコーラを出してきて、

「毎日ご苦労様。シャワ−でも浴びてこい」

 と言うと、また新聞に目を落として読み始めた。麻生は重人にすり寄って、肩に手を回して頬に軽くキスをした。

「ねえ、私が死んだら、悲しい?」

 子供のような顔で重人を見る。

「当たり前だろ」

「じゃあ、疲れた妻を癒してよ」

「マッサージでもしてほしいのか?」

「冷たいわね! ゆっくり寝れるようにしてよ」

 重人は苦笑し、彼の筋肉質の腕が麻生の体を軽々と持ち上げると、そのまま寝室へと運ぼうとした。その時電話が鳴りだして、重人が麻生を下ろして受話器を取った。

「もしもし! 麻生さんですか!」

 夜中だというのに大声を張り上げているのは、電話ではない。戸塚である。重人は受話器を手で押さえ、

「戸塚君だ」

 と言って麻生に電話を渡してやった。

「戸塚君? 私今忙しいの。後にしてくれる?」

「須藤義男が殺されました!」

「すぐ迎えにきて。着替えるから」

 そう言うと、麻生は電話を切り、重人の胸の中へと飛び込んでいった。

「仕事はいいのか?」

「これから夫婦で捜査方針を練るのよ」

 麻生は重人の手を引っ張り、寝室へと無理やり連れて行ったのだった。

 

 約三十分間、重人と運動(!)した麻生は、再びシャワ−を浴びて、ネグリジェ姿でソファに座っていた。重人はコーヒーを飲みながら、

「何か忘れてないか?」

 と、ウトウトしている麻生に言った。

「何を忘れるって言うの? そう言えば大事なこと忘れているような・・・」「誰か来るんじゃなかったのか?」

「戸塚君! もう来てるはずだわ。玄関に落ちてない?」

「財布じゃないぞ」

 ドアを開けると、戸塚が棒のように突っ立っていた。

「あ、あの、お休みのところ申し訳ありません。チャイムを鳴らしたら迷惑かと思ったのですが」

「鳴らさなきゃ困るでしょ」

 麻生はそう言うと、ハンドバックを片手に車に乗り込んだ。重人は溜め息をつき、大欠伸をしながら家の中へと戻って行ったのだった。

 

 義男は道路で大の字になって倒れていた。酔っ払って寝ているわけではない。拳銃で心臓を撃ち抜かれて死んでいるのである。パトカーはサイレンを鳴らしながら現場に着くと、近所の住人が何事かと覗きに来る。

「刑事が美しすぎるのも困るわね」

 麻生は自分を見に来たものだと思い込み、一人で勝手に困っている。

「そうですね」

 と、同意をしているのは戸塚であった。

 義男の死体の前で泣き崩れている女に麻生は近付いていき、

「誰?」

「安藤幸子です」

 安藤は目を赤くしながら涙声で答えた。

「ホテルの帰りにここを通ったら、いきなり銃声がしてこの人が・・・」

 と言うとまた泣いてしまう。麻生は安藤を慰めながら、パトカーに乗せようとした時だった。バン、という破裂音がして、パトカーの赤色灯が粉々になったのである。麻生はホルスタ−から拳銃を抜き、姿勢を低くした。じっと目を凝らすと、生け垣の中から男が飛び出し、走って逃げていくのが見えた。追っても無駄だ、麻生は拳銃をしまうと、パトカーに安藤を乗せ、現場を離れたのである。

 

「で、何でこの人が家へ来るんだ?」

 重人は首をかしげながらそう言った。麻生は幸子にお茶を出しながら、

「刑事の家にいるのが、一番安全でしょ」

 なんて勝手なことを言っている。

「なんで狙われるか、心当たりがあるか話してくれない?」

 麻生がそう言うと、幸子の顔が一瞬曇り、ポツンと呟くように、

「義男さんは方々に借金を作って逃げ回っていました。この前、デ−トの約束をしていたんです。それで待ち合わせの場所に行くと、やくざ風の男に絡まれていたんです。『金はもう少し待ってくれ』と義男さんが言うと、男は『いい加減にしねえと殺すぞ!』なんて怒鳴っていました。もしかしたらその人かもしれません」

 と言った。その時ドアのチャイムが鳴り、麻生は幸子を今に残して玄関へと小走りでかけて行った。ドアを開けると、戸塚が立っていたのである。

「どうしたの?」

「須藤義明が殺されました!」

 戸塚が言い終えると同時に、バンと銃声が空気を振動させた。呆気に取られていた戸塚が、麻生におずおずと聞いた。

「あの・・・今の銃声じゃないですか?」

「違うわよ!銃声よ!」

 とんちんかんなやり取りの後、戸塚が拳銃を抜き、居間へと突っ込んでいったのである。

 

 居間の中で、安藤幸子は死んでいた。窓ガラスが粉々に砕け、幸子は頭を撃ち抜かれて即死だった。そのそばで、呆然と立ち尽くしている重人の姿があった。

「あなたが撃ったの?」

「違う! いきなり撃たれたんだ。だいたい銃を持ってない奴を疑う奴があるか! だいたいそれだからお前は・・・・・・」

 などといきなり小言を言い始める。麻生は重人を無視して、電話で110番へ通報したのだった。

 

 麻生と戸塚は、的場武文の家に訪れていた。事件のことで、アリバイを調べているのである。調べを進めていくうちに、恵子と的場が不倫していた事が分かり、二人が共謀して須藤を殺害したのではないか、と推理したのである。しかし家の中には、妻しかおらず、的場の姿はそこにはなかった。

「的場妙子、的場の家内でございます」

 妙子はそう言った。的場がどこへ行ったか聞きに来たのだが、本人は眠っている間に出て行ってしまったので分からない、と答えているのである。戸塚が部屋の中を見渡して、

「凄く静かですね」

 と言った。

「ええ、夫は雨嫌いで。雨の日だと凄く機嫌が悪いんです。それにお隣りも夜中にとんでもなヴォリュ−ムで音楽を聞くので、夫が完全防音にしてしまったんです」

 妙子がそう言うと、部屋の奥においてあった電話が鳴りだした。

「失礼します」

 妙子はそう言って電話の方へ歩いて行った。的場への電話だったのだろうか。

「的場はいらっしゃいません。どうも」

 と言って電話を切った。そして、麻生の方へ向き直り、

「お飲み物をご用意致しますので」

 と言って頭を下げて出て行った。その時、麻生の肩をチョンチョンと戸塚がつついた。

「あの、ひ、人が・・・」

「人がどうしたのよ?」

「死んでます」

 窓の方へ目をやると、男が胸にナイフを突き立てられていた。的場である。丁度そこへ電話がかかって来た。妙子が入ってきて、的場の死体が目に入ったのか、

「アッ!」

 と声にならない短い悲鳴を上げて、床に倒れてしまった。麻生は髪の毛をかきむしり、

「なにがどうなってんのかさっぱり分からない!」

 と金切り声を上げたのだった。

 

 検死官の橋本が、庭に倒れている的場に白い布を被せ、

「死後十時間は過ぎとる。なんでお前ら気付かなかったんだ? こいつに」

「入ってきたとき、庭には死体なんて影も形もなかったんですよ!」

「それに、奥さんの的場さんすら気付いていないんです」

 と戸塚が付け加えた。

「俺の休暇を台無しにするな」

 と、死体に向かって橋本が言った。

 

 戸塚は不意に尿意を覚え、トイレを探しに家の中へ入っていった。刑事とて人間である。いささか情けない話だが、生理現象には勝てないのだ。廊下を少し進むと、奥の部屋のドアが細く開いていて、そこから女の話し声が聞こえてきた。電話で話しているのだろう。相手の声は聞こえてこない。誰だろう? 戸塚は物音を立てないように注意しながら、ドアの隙間から部屋を覗き込んだ。受話器を手にして立っているのは、妙子である。

「今夜十時、日之出公園ね。わかったわ」

 と言って電話を切る。そして妙子はテ−ブルの上に置いてあった煙草に火を付けた。戸塚はトイレの事などすっかり忘れ、麻生のもとへと飛んでいったのだった。

 

 もうすぐ十時。そろそろだわ、と麻生は思った。日之出公園の入り口のすぐ脇に車を止めているのである。戸塚が聞いた妙子の会話が気になって、公園で張り込んでいるのである。

 すると道の向こうから、一人の男が歩いてきた。うつむきがちに歩いている男は、公園の中のベンチに腰を下ろした。しきりに時計に目をやっている。妙子と待ち合わせているのだろうか。ほどなくして妙子が小走りにやってくるのが見えた。真っ直ぐにベンチに向かうと、男の隣に腰を下ろした。麻生はそれを見届けてから、車から降りて二人のもとへと歩いて行ったのである。

「妙子さん」

 妙子と男はビクッとして肩をすくめた。

「今の紙袋は何?」

 麻生の質問に妙子は答えず、ただじっと押し黙っているままだった。と、男がはじけたようにベンチから立ち上がったかと思うと、反対側の入り口へと走っていったのである。そしてその前には戸塚が待ち構えていた。男はやけになって両手を目茶苦茶に振り回しながら殴りかかってきた。戸塚は男の腕をつかみ、エイヤッ、と投げ飛ばした。男は思い切り地面にたたき付けられ、

「ウ−ン」

 と唸ってのびてしまったのである。麻生は妙子の前に立ち、

「説明してくれますね?」

 と言ったのだった。

 

 妙子は、淡々と、事のあらましを麻生に話していた。

「須藤さんの奥さんと、夫が不倫しているのに気付きました。それで私、この人に仕事を依頼したんです。『不倫相手を殺してほしい』と。それから少し経ってから、『お宅の旦那と私の妻の事で話があるから』と言って、須藤さんのお宅の人が寝静まるころに行ったんです。そうしたらあの人いきなり私に迫ってきたんです。それで、丁度そこにあった果物ナイフで喉を切って、ナイフの指紋を拭き取って家に帰りました。私、なんだか頭に来て、武田さんに御願いしたんです。あ、今倒れている人です。仕事の内容を変更してもらったんです。『不倫相手の家族を皆殺しにしろ』と。でも、これ以上やって足がついたらたまりません。もうこのへんでいいだろうと思って、報酬を渡しに来たんです」

 妙子は一気にそこまでしゃべると、溜め息をついた。麻生は妙子の横に腰を下ろすと、

「武文さんを殺したのもあなた?」

 と聞いた。妙子はこくんとうなずく。

「でも、死体が突然でてきたのは何故?」

「あれは、夫が雨嫌いなのはお話ししましたでしょ? あの窓には特殊な仕掛けがしてあって、ボタン一つで景色を変えられるんです。雨が降っている時は、あらかじめ入力してある晴れている時の庭を映していたんです。死体があっても、スイッチ一つで消す事が出来るでしょう? お隣りの家も、うちの庭の方に窓はありませんし、塀も高いでしょう? 外からは覗かれない。これを使えば、わからないと思ったんです」

「途中でやめたのは何故?」

「足がつくって言うのもありますけど、怖くなったんです。もし捕まったらどうしようって。間違った事をしていると気付いた時にはもう手遅れ。どうしようもなかったんです。まだ警察は気付いていない。今のうちにやめれば分からないだろうと思ったんです」

「それで報酬を渡して終わらせようとしたんですね?」

「はい」

「ところが偶然戸塚君がその会話を聞いてしまった」

「そうです。それがなければよかったのに。トイレ、玄関の方に付けておけば良かったわ」

 妙子は無理やり笑って見せた。頬を涙が伝わっていく。そして両手で顔を覆うと、声を上げて泣き出してしまったのである。

 

 麻生は家の近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら、空中に視線を漂わせていた。人を好きになると、あそこまでやるのかしら? とぼんやり考えていたのである。戸塚は目の前でト−ストにかじりついていた。

「戸塚君」

 と麻生が言った。

「ファイ・・・ムグ・・・」

 戸塚は、はいなんでしょう、と言ったつもりなのだが、ト−ストを口に詰め込んでいるので、言葉にならない。

「あなた、誰かを好きになっても、絶対不倫しちゃだめよ」

「はい・・・絶対・・・そんな事は・・・しません」

 途中で区切れているのは、ト−ストが喉に詰まりそうになり、水をがぶ飲みしているからである。

「大丈夫です。僕の好きな人は麻生さんしかいません!」

「私はこれでも人妻よ。それでもいいの?」

 麻生は半分からかいながら聞いた。戸塚は真剣なまなざしで、

「はい! 人妻だろうがお化けだろうが、麻生さんなら何でもいいです」

「何か喉の奥に引っ掛かる言い方ね。そこまで思ってくれてるのね。だったら、夫が死んだらあなたと結婚してあげる」

 麻生は冗談でそう言ったのだが、戸塚は本気にして一気に血圧が上がり、気絶してしまったのだった・・・・・・。

 

「麻生さん、事件です!」

 麻生家の玄関で大声を張り上げている戸塚は、麻生と一緒に出てきた重人を、激しい形相で睨み付けた。

「行きましょう」

 と言って後部座席のドアを開ける。麻生が乗り込もうとした時に、重人は耳元で、

「最近、戸塚君が殺意の籠った目で俺を見るんだけど、お前何か変な事言ったのか?」

 と、おびえながら聞いたのだった。麻生はクスッと笑い、そのまま乗り込んだ。

 車が走り去ると、重人は身震いしながら家の中へと消えて行ったのだった・・・・・・・・・・・・。

 

THE END