山岳地帯へのアクセスの制限の問題    溝手康史
Problems about Restraint of Access to mountainous area

溝手康史 Yasufumi Mizote 
弁護士、広島山岳会、日本山岳文化学会遭難分科会
Lawyer、Hiroshima Alpine Club

キーワード:
山岳地帯へのアクセス、所有権、土地所有者、登山、クライミング、アウトドア活動
access to mountainous area、proprietary、landowner、mountaineering、climbing、outdoor activities

 登山などのアウトドア活動は、環境保護、事故防止、災害防止、土地所有権との対立などの理由から制限されることがある。近年、登山などのアウトドア活動が環境保護の観点から制限される場面は多いが、ヨーロッパでは、土地所有権を制限して一定の範囲で自然の中でのアウトドア活動を法的に認める国が多い。
 しかし、日本では、公有地、私有地を問わず、他人の土地の上で行われるアウトドア活動に関する法的な保障がない。日本では、土地所有者の許可のないアウトドア活動が、事実上、長い間行われてきた。法的には、多くのアウトドア活動が土地所有者の黙認のもとに行われてきたと考えられる。しかし、近年、土地所有者が登山などを禁止する場面が増えている。自然へのアクセスが土地所有者によって制限される問題が、「アクセス問題」である。
 土地所有者の黙認によるアウトドア活動は、土地所有者が簡単に制限、禁止でき、どのような行為がどこまで黙認されるのかが曖昧である。それがアウトドア活動を行う者同士の間の対立をもたらしている。
 アウトドア活動をする者はこのような日本の法的な実態を理解し、公有地、私有地を問わず土地所有者に損害を与えない慎重な行動が必要である。また、今後、アウトドア活動の発展のためには、新たな立法により、国民の自然へのアクセスを法的に保障することが必要である。

1、はじめに
 自然の中で行われるアウトドア活動には、登山、ハイキング、クライミング、トレイルランニング、サイクリング、マウンテンバイク、オートバイク、乗馬、キャンプ、焚き火、茸や果実の採取、狩猟、釣り、遊泳、ボート、カヌー、ヨット、パラグライダーなどがある。
 アウトドア活動は山、川、海などの自然を利用する。国民がアウトドア活動のために山、川、海などの自然を自由に利用できるかどうかが自然へのアクセスの問題である。
 アウトドア活動は自然公園法、災害対策基本法(災害の発生の危険性がある場所への立ち入りの制限など)、文化財保護法(同法43条など)などの法律によって制限されるほか、谷川岳や剣岳での登山の制限(群馬県谷川岳遭難防止条例、富山県登山届出条例)、富士山の夏山シーズン以外の登山禁止1)、伯耆大山の縦走禁止、各地の登山届出条例、湖でのカヤックや遊泳、釣りを禁止するケース、河川敷の利用制限などがある。
 そのようなアウトドア活動の制限の中で、近年、土地所有者がアウトドア活動を制限、禁止するケースが問題になっている。これがいわゆる「アクセス問題」である。土地所有権は土地を全面的に支配する権利であり、権利の濫用にならない限り、土地所有者は自分が所有する土地を自由に使うことができる。土地所有者は他人に自分の土地を使わせる義務はない。土地の管理権は土地所有権から派生する権限である。ほとんどのアウトドア活動は他人が所有する土地を利用して行われるので、土地所有権とアウトドア活動が衝突する場面が生じる。
 欧米では、この「アクセス問題」がかなり前から議論されており、後述するように、これを立法で解決する国が少なくない。しかし、日本では、この問題に対する法律の態度は「無関心」と言うほかないが、近年、「アクセス問題」が多発し、この問題の解決を迫られている。
 自然へのアクセスは、環境保護、文化財保護、事故防止、災害防止、土地所有権との対立などのさまざまな理由から制限を受ける。「女人禁制」などの宗教的理由から制限される場合もある。これらの理由が競合する場合もある。
 世界の潮流は、環境保護を理由とする自然へのアクセスの制限が強まっているが、土地所有権との関係では自然へのアクセスの保障が拡大される傾向がある。先進国では、事故の防止を理由とする自然へのアクセスの制限は少ない。しかし、日本では、環境保護に基づく自然へのアクセスの制限は緩やかであり、事故を防止するための自然へのアクセスの制限が多い。尾瀬や富士山の登山者数を環境保護の観点から制限することがなく、富士山では事故防止の理由から夏期以外の登山を原則として禁止することなどが、それを示している。
 本稿では、土地所有権に基づいて自然へのアクセスが制限される「アクセス問題」の現状と問題点を明らかにし、それにどのように対処すべきかを検討する。山岳地帯での登山を中心に検討するが、自然への「アクセス問題」はすべてのアウトドア活動に共通する問題である。

2、「アクセス問題」の現状
(1)近年、山麓や都会近郊の岩場でのクライミングが土地所有者や土地管理者から禁止されるケースが多発し、これが「アクセス問題」と呼ばれた2)。クライミングが禁止される理由は、騒音、ゴミの放置、無断駐車、事故の発生、岩が信仰の対象であること、岩の損壊(支点の設置、チョークの使用など)などである。スポーツクライミングの進展によって新しい岩場が開拓され、集落の近くや海岸、観光地付近にある岩場では、土地所有権や管理権と衝突しやすい。
 「アクセス問題」はあらゆるアウトドア活動で起きている。土地所有権との衝突は登山道でも起きている。2000年に両神山の土地所有者が2本の登山道を閉鎖したが、閉鎖の理由は山の所有者と行政の間のトラブルにある。企業、財産区、神社などが所有する山、登山道、林道などが立ち入り禁止になるケースがある3)。
 「アクセス問題」は国や自治体が所有する公有地でも起きている4)。国有林にはたいてい「立入禁止」の表示がある。公有地にある登山道も通行が禁止されることがある。
(2)沢登り、岩場までのアプローチ、雪山登山、バックカントリースキー、藪漕ぎ登山、山菜採り、狩猟などでは登山道以外の場所に進入するが、それらが黙認されるのかどうかわかりにくい。黙認されないとすれば、写真撮影、研究、調査、講習などのために登山道のない場所に立ち入ることができなくなる。救助訓練は、登山道以外の山の斜面、崖、岩場、谷で実施することが多いが、土地所有者の許可を得るとは限らない。
日本の山は、個人、企業、神社・寺院、財産区、自治体、国などが所有しており、私有地、公有地を問わず、本来、他人が所有する土地を利用するには、土地所有者、管理者の許可が必要である。しかし、現実には、多くのアウトドア活動が土地所有者、管理者の許可を得ることなく行われている。
 自然公園の管理計画に記載された登山道や自治体が設置した登山道は、登山道の利用が公認されていることが多い。しかし、日本にはそれ以外の登山道や管理者不明の登山道が多い。そのような登山道でも、山の所有者が登山を禁止しなければ、事実上登山が可能である。これは黙認である。
 北アルプスなどでは、キャンプ地が指定され、指定キャンプ地以外の場所でのキャンプが禁止される。これは自然公園法による規制である5)。自然公園以外の山、沢、雪山、海岸などでキャンプができるかどうかを決めるのは土地所有者、管理者の権限だが、土地所有者、管理者が禁止しなければ、黙認しているとみなされる。
 付近に指定キャンプ地のある山では、指定キャンプ地以外の場所でのキャンプが黙認されていないと考えられる。しかし、付近に指定キャンプ地のない山では、キャンプが黙認されるかどうか不明である。キャンプ地のない山でキャンプができないとすれば、何日もかけて縦走することができない。そのため、キャンプ地以外の場所で無断でキャンプをする登山者が少なくないが、土地所有者がキャンプを黙認するのかどうかわからない。
 自然公園の特別保護地区を除き、法律上、焚き火が禁止されていないが、土地所有権、管理権に基づいて焚き火を禁止することが可能である。沢登り中の焚き火は、法律で禁止されていないが、焚き火が目立てば、川原の管理者である国や自治体が沢登り中の焚き火を禁止する可能性がある。
 自然公園の特別保護地区では、原則として一切の動植物の捕獲、採取が禁止され、特別地域では、指定された動植物の捕獲、採取が禁止される(自然公園法21条3項9号、20条3項13号)。それ以外の場所では、植物の採取ができるかどうかは土地所有者が決定するが、日本では、山で果実や山野草を採取できるのかどうか不明なことが多い。無許可で松茸を採取することは所有権を侵害し違法だが、それ以外の草花や山菜を採ることが黙認される場合もあれば、されない場合もある。
 一般的に言えば、それほど価値のない植物の採取は、土地所有者が黙認することが多い。野山でツクシ、アザミ、フキノトウ、ドングリなどの採取ができるのは、このような考えに基づいている。しかし、栗や茸、山菜を採取して土地所有者との間でトラブルになることがある。
(3)海や河川は所有権の対象ではないが、河川の種別に応じて国や自治体に管理権があり、管理権に基づいて河川や河川敷、堤防の利用を制限できる。国や都道府県に海や海岸の管理権がある。これらの管理権は所有権に類似する権限であり、自然へのアクセスとの関係で所有権と同じ問題が生じる。
 国や自治体は管理する河川でカヌーなどの使用を禁止することができる(河川法28条)。河川敷でのバーベキューや焚き火を認めるかどうか、沢登り中の川原でのキャンプを認めるかどうかは河川管理者の権限である。
 国や自治体が管理する河川敷で多くの市民がツクシを採取するが、これは国や自治体の許可を得ているわけではなく、黙認されているだけである。したがって、事故やトラブルが起きれば、管理者である国や自治体が採取や立ち入りを禁止することが可能である。
 河川敷管理者(国、自治体)が管理権に基づいてキャンプやバーベキュー、焚き火を禁止することもあれば、禁止しないこともある6)。
 海水浴場で泳ぐことは、海や海岸の管理者が承認しているが、それ以外の海や海岸で泳ぐことを国や都道府県が承認するかどうか不明の場合が多い。明示的な禁止がなければ、遊泳が可能だと考えられる。海や川に「遊泳禁止」の看板があっても、海や海岸の管理権者が設置したものでなければ、法的な効力がない。同様に、登山道の通行禁止も登山道の所有者、管理者が実施するのでなければ、法的な効力がない。「遊泳禁止」や「通行禁止」の看板は、管理権者が設置したのかどうか不明の場合が多く、利用者に混乱が生じやすい。
 ダム湖などは管理権者が遊泳やボートを禁止する場合が多いが、禁止表示がなければ、遊泳やボートが黙認されている考えることが可能だが、そうではない場合もある。
(4)現状では、「自然へのアクセスできるのか、できないのか」、「どこまでできるのか」が曖昧なために、慎重な人は、明示的に許可のある場合を除いてアウトドア活動をためらいやすい。そのような萎縮効果がアウトドア活動の発展を妨げる。

3、今後の課題と展望
(1)黙認による自然へのアクセスの問題性は、それができるかどうか、その範囲が曖昧であり、自然の利用が簡単に禁止されるという点にある。
 その利用が慣行化している登山道でも、私有地にある山では、ある日突然、山の所有者が登山を禁止する可能性が常に存在する。公有地にある山でも、事故が多い場合に登山が禁止されることがある。伯耆大山では、事故が多いという理由から縦走が禁止されている7)。
 穂高岳の屏風岩などでのクライミングでは岩場の利用が慣行になっているが、クライミングの歴史の浅い岩場では、土地所有者がクライミングを禁止する可能性がある。
 日本では、多くのアウトドア活動が目立たなければ黙認され、目立てば禁止されやすい。アウトドア活動中の事故は「目立つ」場合の典型である。日本では、アウトドア活動での事故は、マスコミが大きく取り上げ、世論から激しい非難を受けるので、目立ちやすい。
 許可された行為と黙認による行為の違いは、前者は「できるのかどうか」、「どこまでできるのか」が明確であり、行動の保障があるが、後者はこれが曖昧であり、行動が簡単に禁止されるという点である。土地所有者が登山道の利用を黙認していても、自転車の走行やキャンプをすることは、黙認していない場合がある。黙認状態では、登山道での登山、マウンテンバイク、トレイルランニング相互間の利用をめぐる対立が生じやすい。現状では、多くのアウトドア活動が「目立てば」世論から叩かれて禁止される可能性があるので、目立たないように行動するほかない。
(2)アウトドア活動が他人所有の土地で行われる以上、「アクセス問題」はどこの国でも生じる。
 欧米では、この問題が古くから認識され、立法により解決する努力がなされてきた。
 イギリスでは、一般の市民が野山を歩く保障を求める長年の運動の結果、1932年に法律でフットパスを「歩く権利」(public right of way)が認められた。この「歩く権利」は、2000年にフットパスだけでなく、より広いエリアに拡大された8)。
 北欧では、住居の近くなどを除き、誰でも自然を自由に利用することが保障されている9)。
 ドイツでは、19世紀以降の市民の運動の結果、州や連邦の森林法により、市民が森林などの自然を自由に利用できることが保障されている10)。
 オランダ、スイス、オーストリア、ポーランド、スロバキアなどでは、その範囲に違いがあるが、法律により一定の範囲で国民の自然へのアクセスを認めている。イタリアやスペインでは公有地では自然へのアクセスが可能である11)。
 ニュージーランドでは国と森の管理者の間の契約により、誰でも森に立ち入ることができる「公衆アクセス権」が認められている12)。
 アメリカでは、広大な自然公園はすべて公有地であり、そこでは国民のアクセスが認められている。ただし、自然公園では詳細な公園規則による制限がある13)。
 欧米では、自然のアクセスと土地所有権が対立するのは、もっぱら私有地についてであり、自然へのアクセスを法律で規律する国が多い。日本では、自然へのアクセスに関して法律が何も規定しておらず、私有地でも公有地でもアウトドア活動が制限されやすい。
 憲法は国民の一般的な自由を保障しており、これは、誰でも自由に行動できることを意味する。しかし、一般に、憲法の規定は法律がなければ具体的な権利として保障されないと考えられており(間接効力説)、日本には、自然の中で自由に行動できることや自然へのアクセスを保障する法律はない。スポーツ基本法24条は、国と地方自治体に「ハイキング、サイクリング、キャンプ活動その他の野外活動及びスポーツとして行われるレクリエーション活動」のための環境整備を義務づけているが、自然へのアクセスを保障するわけではない。
 他方で、日本では、自然の中でのアウトドア活動を制限する法律が多く、アウトドア活動は保障ではなく、もっぱら規制の対象である。
(3)日本で自然へのアクセスに関して法律が「無関心」な理由として、以下の点が考えられる。
@ 日本では欧米に較べると土地所有権の保障が厚い。ヨーロッパでは古い時代から所有
に義務が伴うことが当然だと考えられており、これが欧米の近代的な所有権にも引き継がれた。しかし、日本では、明治になって欧米の近代的な所有権の観念が導入され、自由競争と市場経済の考え方が単純に適用される傾向が強い14)。
A日本では社会全体に経済優先の考え方が強く、社会的生産に寄与しないアウトドア活動が軽視されやすい15)。この点が、行政、世論、政治が、自然へのアクセスに無関心な傾向をもたらした。日本では、社会的生産に寄与しない行為や危険性を伴う活動が否定的に見られやすい。その結果、登山などで事故が起きると世論から厳しい非難を受ける。
 法律は、一般に社会的に重要な事柄を扱うが、欧米では自然へのアクセスに大きな価値を認め、日本ではそうではないという違いがある。
(4)しかし、生活様式が都市化、人工化すれば自然に対する欲求が高まり、国民のアウトドア活動に対する欲求が高くなる。先進国ではその傾向が顕著である。日本でも、今では、田舎でも都会と同じ生活様式が普及しており、人々の生活様式の都市化、人工化の傾向が著しい。日本でもアウトドア活動に対する国民の欲求が強い。                     
 2020年に始まった「コロナ禍」は国民のアウトドア活動熱をもたらしたが、国民が気軽にアウトドアでハイキング、キャンプ、サイクリング、ボート、バーベキューなどを楽しもうとしても、日本では、「できるのかどうか」が不明のことが多い。
 人間はもともと生物として自然との関わりの中で生存してきた。生活様式の都市化、人工化は人間の自然との関わりを奪いやすいが、アウトドア活動は、自然との関わりを通して人間が本来備えている生物としての生理機能や性質を思い出させてくれる。それが人間に幸福感をもたらし、その点で人間と自然との関わりは人間の生存にとって非常に重要な価値がある。アウトドア活動は、そのような人間と自然との関わりを実現するひとつの手段である。
(5) 常に土地所有者の許可を得てアウトドア活動をすることは、アウトドア活動の原則的禁止とその解除としての許可という考え方に立脚する。最近、開拓された岩場では、土地所有者の許可を得て開拓するケースが多いが、そうではない岩場もある。山麓の岩場のように範囲が狭く限られている場合は利用の許可を得ることが可能だが、広大な自然が対象のアウトドア活動で常に土地所有者の許可を得るのは無理である。
 日本では、明治以降、登山を含む多くのアウトドア活動が土地の所有者、管理者の黙認を前提に行われてきた。明治になってヨーロッパから近代的な土地所有権の観念が移入された際、それ以前から行われていた山菜採り、狩猟、山歩きなどの慣行が黙認された。山菜採りや狩猟では他人所有の山でキャンプをすることが黙認された。このような慣行は簡単には禁止できないが、慣行としてのアウトドア活動が成り立つためには、土地所有者に損害を与えないことが必要である。山を歩き、岩壁を攀じるだけであれば、通常、土地所有者に損害は生じない。
 慣行と言えるかどうか自体が曖昧で争われやすいので、現状ではできるだけ目立たないようにアウトドア活動をすることが必要になる。目立てば土地所有者がアウトドア活動を禁止する可能性がある。アウトドア活動の発展のためには、慣行としての自然へのアクセスを法的な保障に高めることが必要である。そのためには法律の明文規定が必要である。自然へのアクセスをどこまで認めるか、土地所有権をどこまで制限するかという点は政治が決定する。
(6)自然の管理責任との関係
 日本では、公有地でも私有地でも、管理責任を負うことを回避する意識が強い。管理者不明の登山道が多いのはそのためである。その結果、自然の利用が制限され、あるいは、利用が黙認状態になりやすい。
 本来、自然の利用は利用者の自己責任が原則であり、事故が起きても土地所有者、管理者に管理責任が生じることはほとんどない。ヨーロッパの自然へのアクセスを保障する国では、自然の中での行動は行為者の自己責任が原則であるという考え方が前提である。前記のとおり、ドイツの森林法では森林の利用を広く認める一方で、利用者の自己責任を法律に明記している(注10参照)。
 ただし、登山道に設置された堅固な橋や転落防止用の柵などの人工物については、橋や柵の所有者、管理者に管理責任が生じることがある16)。また、登山道を多くの観光客が利用し、遊歩道化すれば歩道の安全管理責任が重くなる。
 このような施設の安全管理責任は、自然へのアクセスを保障するかどうかとは別の問題である。自然へのアクセスを認めることが管理責任をもたらすのではなく、人工物を設置し、あるいは観光地化することが管理責任をもたらしやすい。 安全管理責任の範囲を限定するためには、自然の中に安易に人工物を持ち込まないことが必要である。               
(7)自然へのアクセスと自律の文化
 自然へのアクセスの保障は、国民が自然の中で自己責任に基づいて行動できることが前提である。そのためには自分の安全を自分で守るという自律の文化が必要である。もし、それがなければ、事故を防ぐために自然のアクセスを制限する傾向が強まりやすい。
 事故を防止するためのアウトドア活動の制限は、自分の安全を自分で守ることができない人間を想定している。日本では、事故の防止に関してパターナリズムの考え方が強い。各地の登山届出条例はその例である。
 「自律の文化」がなければアウトドア活動が発展しないが、逆に、アウトドア活動の発展が自律の文化を育てる。イギリスでは、19世紀以降、市民社会の発展が自然の中を歩く市民を増加させ、自然の中を歩く権利を求める運動につながった。ドイツで19世紀に市民が森林を利用することが保障されたのは、アウトドア活動の発展と市民の権利意識の高まりが背景にある。
 小さい頃からのアウトドア活動や自然との関わりを通して、自立や自律の精神が養われる。自然は人工物と違ってもともと安全にできておらず、自然には必ずリスクがある。人間が自然を利用するには、自分で考えて工夫し、リスクを回避する必要があり、それが自立と自律、リスク回避の能力を育てる。
 民主主義社会はひとりひとりの国民が自分で考え、判断できることが前提であり、国民に自立や自律がなければ民主主義が機能しない。北欧、ドイツ、ニュージーランドなどでは民主主義のシステムが日本よりも機能しているが、この点は、これらの国で国民の多くが小さい頃から自然との深い関わりを持っていることと無関係ではないだろう。
 自然へのアクセスを広く保障することは、健全な社会の人間形成の過程の制度的な保障になる。その意味で、自然へのアクセスの保障は健全な民主主義社会の礎になる。

4、まとめ
 日本では、公有地、私有地を問わず、多くのアウトドア活動が土地所有者、管理者の黙認のもとに行われている。長年、登山が慣行として行われてきた場所では、土地所有者、管理者の黙認が慣行化しており、簡単にアウトドア活動を制限できない。しかし、そうではない場所では、土地所有者、管理者がアウトドア活動を禁止するケースが増えている。
 アウトドア活動をする者は、このような日本の法的な実態を理解し、公有地、私有地を問わず土地所有者に損害を与えないように慎重な行動が必要である。日本では、アウトドア活動の価値が国民に十分に理解されているわけではないので、アウトドア活動で目立つ行為や事故が起きれば世論から叩かれやすい。その結果、土地所有者、管理者がアウトドア活動を禁止することがある。
 山岳地帯などの自然へのアクセスはアウトドア活動の前提である。自然との関わりは、人間に幸福感を与えると同時に、国民の自立や自律の精神を養い、健全な民主主義社会の形成につながる。アウトドア活動が持つ価値を実現するために、今後、国民の自然へのアクセスを法的に保障することが必要である。そのためには、新たな立法が必要であり、ヨーロッパには立法的に解決する国がある。日本でもそのような立法が可能である。

[注]
1)2013年に、富士山における適正利用推進協議会が制定した「富士山における安全確保のためのガイドライン」は、夏期シーズン以外の富士山登山を原則として禁止している。ただし、これは法令ではないので、法的拘束力がない。
2)山の「禁」を考える、岳人728号、2008、p.62、フリーファン64号、p.28、2011 野村仁:岩場のアクセス問題を考える、日本山岳文化学会論集16号、2018、p.91 日本では、「アクセス問題」が岩場の利用禁止問題を通して広く認識されるようになったが、それ以前から「アクセス問題」はあった。イギリスやドイツでは19世紀以降、「アクセス問題」が議論されている。土地所有権に基づく自然へのアクセスの制限を「アクセス問題」と考えることが、問題の本質を理解し、解決策を考えるうえで有用である。
3)両神山 登山道閉鎖&廃止、岳人728号、2008、p.58
4)愛知県鳳来で使用禁止問題が起きた岩場は、岡崎市の所有地にある。野村仁:岩場のアクセス問題を考える、日本山岳文化学会論集16号、2018、p.91
5)自然公園の特別保護地区、特別地域では工作物の設置に国や自治体の許可が必要であり(自然公園法20条3項1号、21条3項1号)、テントの設営は「工作物の設置」にあたるというのが行政解釈である。
6)自然公園の特別保護地区では焚き火が禁止されているが(自然公園法21条3項4号)、特別地域、普通地域では焚火が制限されていない。家庭や事業所で出たゴミ(廃棄物)を屋外で燃やすことは、法律(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)や各地の条例で禁止されるが、焚き火は禁止されていない。ただし、土地所有権、管理権に基づく焚き火の禁止が可能である。
7)この縦走禁止は土地所有権に基づく禁止かどうかは不明であり、行政指導としての「禁止」の可能性がある。行政指導は市民を拘束する法的な効力はない。なお、積雪期の縦走の方が危険だが、これは黙認されている。 
8)イングランドとウェールズでは、The Countryside and Right of Way Act 2000により、登録されたオープンカントリーやコモンランド、海抜600m以上の土地などがアクセス可能な土地とされた。スコットランドでは、2003年の法律により、スコットランド全域でアクセスが可能とされた(ただし、一定の除外地がある)。自然へのアクセスの内容は歩く行為が中心だが、スコットランドではキャンプなども可能である。平松紘:イギリス 緑の庶民物語、明石書店、1999、p.168 平松紘:ウォーキング大国イギリス、明石書店、2002、p.43  John Riddall, JohnTrevelyan(2001):Rights of Way, Open Spaces Society and Rambler’s Association、p.305  Malcolm M.Combe,John Donald(2018):THE LAW OF ACCESS to LAND IN SCOTLAND、p.33 平野悠一郎:イギリスの野外トレイルにおける多様な利用の調整、森林経済 Vol.71 No.9、2018
9)万民利用権などと呼ばれ、歩く行為や自転車の通行のほか、キャンプや果実採取も含まれる(一定の除外規定がある)。畠山武道:自然保護法講義、北海道大学出版会、2004、p.49、阿部泰隆:万民自然享有権 法学セミナー1979年10、11、12月号   
10)岸修司:ドイツ林業と日本の森林、築地書館、2012、p.45 ドイツの森林法は、市民が森林を自由に利用できること、ただし、利用者の自己責任であり、森林所有者に安全義務がないこと、販売目的でなければ手で抱えられる程度の量の果実を採取できることなどを規定している。
11)平松紘:イギリス 緑の庶民物語、明石書店、1999、p.196
12) 平松紘:ニュージーランドの環境保護、信山社、1999、p.143
13)村上宣寛:米国ハイキング大全、竢o版社、2018、加藤則芳:ジョン・ミューアトレイルを行く、平凡社、1999、加藤峰夫:目的地は国立公園、信山社、2001
14)笹倉秀夫:法思想史講義、上、東京大学出版会、2007、p29、篠原昭次:土地所有権と現代、日本放送出版協会、1974、p.192
15)自由な時間を意味するleisureは「余暇」という日本語に翻訳されるが、これは、自由な時間を「余った時間」とみなしている。「余った時間」とは労働などの社会的生産に関与しない時間を意味し、leisureに対する低い価値評価を示している。その「余った時間」に行うのがレクレーション、スポーツ、アウトドア活動などのレジャーである。人間が生きるうえで自由な時間に行うレジャーに重要な価値がある。特に、アウトドア活動は、それが競技として行われる場合を除き、「自然の中で行われる遊び」の性格があり、「自然との関わり」と「遊び」に人間の幸福に深く関わる重要な価値がある。
16)裁判例として、柵に関して東京地裁昭和53年9月18日判決、判例時報903号、p.28、判例タイムズ377号、p.103、吊り橋に関して神戸地裁昭和58年12月20日判決、判例時報1105号、p.107、判例タイムズ513号、p.197がある。

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(日本山岳文化学会論集19号、2022)