登山パーティーの形態と登山の安全性
Style of moutaineering party and safety of moutaineering

溝手康史  Yasufumi Mizote
広島県、弁護士、広島山岳会、遭難分科会 
Hiroshima, Lawyer, Hiroshima Alpine Club

 登山パーティーの形態は登山の安全性に大きく関係する。登山パーティーの形態は、ガイド登山、ツアー登山、講習登山、学校登山など、あるいは、ハイキング、縦走、冬山登山、岩登りなどによって異なる。
 引率登山と自主登山は、引率者に参加者の安全を確保する義務が生じるかどうかの違いであるが、この点が、登山パーティーの形態を決定する。
登山パーティーの形態は、登山の種類と形態にふさわしいものであることが必要であり、
登山の安全性という観点から登山パーティーの形態を意識的に考えることが必要である。

1、はじめに
 単独登山の場合を除き、山岳事故は登山パーティーとしての行動中に起きる。登山パーティーの形態は登山の安全性に大きく関係する。登山の種類・形態と登山パーティーの形態はどのような関係があるのか、どのような形態の登山パーティーが安全なのか、引率者の安全確保義務の有無が登山パーティーの形態にどのように影響するのかなどの問題について、以下に検討したい。

2、登山の形態と登山パーティーの形態
登山パーティーの形態は、登山の種類・形態に応じて異なる。
(1)ガイド登山、ツアー登山、講習登山、学校登山、大学山岳部の登山、社会人山岳会の登山、友人同士の登山、公募ハイキングなどに応じて登山の形態が異なる。また、これらに応じて登山パーティーの形態も異なる。
 ガイド登山は、客の個性に応じて登山内容をアレンジする引率登山である。ツアー登山は、あらかじめ登山内容をアレンジしたうえで登山者を募集する引率登山である。両者は、オーダーメイド登山とレディーメイド登山という性格の違いがある。ガイド登山では、客の個性に応じて登山内容を考えるという性格から、参加者が少人数のパーティーの形態になることが多い。ツアー登山では、大量生産、大量販売という商品的な性格から、パーティーは多数の客を引率する形態になる。両者の中間的な形態のパーティーもある。
 講習登山は、講師と受講生という関係に基づくパーティーの形態になる。そこでは、教育、訓練という観点からパーティーが編成される。
 学校登山では、一般に、教師が多数の生徒を引率する形態のパーティーになる。ここでも、教育、訓練という観点がパーティーの編成のうえで重視される。
 大学山岳部の登山では、学生の学年の関係がパーティーの形態に反映しやすい。学生だけのパーティーもあれば、教師、OB、コーチ、監督が参加する形態もある。
 社会人山岳会の登山では、登山パーティーはさまざまな年齢、職業、属性の社会人によって構成され、その形態は多様である。公募ハイキングの集団のパーティー、ベテランと初心者のパーティー、対等の関係のパーティーなどがある。
 友人同士の登山では、友人関係が登山パーティーの形態に反映する。
(2)ハイキング、縦走、登攀、冬山登山、岩登り、沢登り、山スキー、高所登山などの登山の種類が、パーティーの形態に反映する。
 ハイキングや縦走は、参加者が多人数のパーティーとなるが、岩登りでは2〜3人で構成するパーティーの形態が多い。岩登りでは、パーティーの参加者が対等の関係であることが多い。
 ゲレンデで行われるフリークライミングは、個人が主体であって、パーティーの観念がないことが多い。ただし、マルチピッチのルートではパーティーが成り立つ。
(3)登山の対象となる山岳地形が登山パーティーの形態に影響する。地形的に山頂まで歩いて登ることができる日本では、登山パーティーが多人数・集団化の傾向があるが、climbing主体のヨーロッパアルプスの登山では、少人数のパーティーの形態が一般的である。日本の縦走や山歩きのパーティーの形態は、ヨーロッパアルプスのhikingのパーティーに近い。
(4)以上述べたことはあくまで理念型としての分類であり、それらの性格が混在したパーティーの形態がある。例えば、岩稜の縦走では山歩きの要素と登攀の要素があり、それに応じたパーティーの形態になる。また、もともと、日本語のハイキング、縦走、登攀の区別は明確ではない。

3、引率登山と自主登山
登山を法律的な観点から見た場合、引率登山と自主登山に分類できる。パーティーの中で特定の参加者が他の参加者の安全を確保する義務を負う関係を引率関係と呼ぶことができる。引率関係の生じる登山が引率登山であり、そうではない登山が自主登山である。
引率関係は、法律、条例、職務内容、契約、条理などによって生じる。職務として行われた訓練登山中に消防職員が不整脈で死亡した事故について、雇用主である自治体の損害賠償責任が肯定されたケースがある1)。法律や条例に基づいて雇用主である自治体は職員の安全を配慮する義務がある。新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」で描かれた軍隊の訓練登山では、本来、雇用主である国の安全配慮義務が生じるはずだが、戦前は、国は一切の責任を負わない法制度だった。現在の憲法のもとでは、自衛隊の訓練登山において、国は自衛隊員の安全を配慮すべき注意義務を負う2)。
 ガイド登山やツアー登山では、契約に基づいて、ガイドは客の安全を確保すべき注意義務を負う3)。
 学校登山では法律や職務に基づいて、教師は生徒の安全を確保すべき注意義務を負う4)。
初心者や未熟者を対象とする講習登山では主催者や講師に安全確保義務が生じることが多い5)。しかし、熟練者を対象とする講習会では、参加者の自己責任を前提とする訓練を実施することが可能である。山岳ガイド、登山指導者、ヒマラヤ遠征隊員などを対象とする講習では参加者の自己責任の範囲が広い。
 自治体などが主催する公募ハイキングでは主催者に安全確保義務が生じる。しかし、同じ公募ハイキングであっても、登山の仲間を募る趣旨の公募ハイキングでは、主催者やリーダーに安全確保義務は生じない。
 大学山岳部の登山、社会人山岳会の登山、友人同士の登山などでは、通常、安全確保義務が生じるような法律関係がない6)。ベテランが初心者を連れて登山をするケースは多いが、そのような実態が直ちに安全確保義務を生じさせるわけではない。個人はそれぞれ自由な主体として行動をすることができ、法律、職務、契約などに基づく関係がなければ、義務や責任を負わない(私的自治の原則)。ベテランと初心者、先輩と後輩、上級生と下級生、友人、夫婦、兄弟などにおける関係が安全確保義務をもたらすとすれば、人間関係が窮屈になり、個人の自由な活動を阻害する。私的自治の原則は自由競争や市場経済を支える法律の原則である。

4、登山の安全性と登山パーティーの形態

(1)引率登山における登山パーティーの形態

@、登山パーティーの安全確保機能
 登山パーティーの安全確保機能は、リーダーと参加者の関係、及び、参加者相互の関係によってもたらされる。
 引率登山では、登山パーティーの安全確保機能は、引率するガイド、教師、講師などと、引率される参加者の関係に依存する。法的に見れば、引率登山では、引率者と参加者の間に法律関係があるが、参加者相互の間に法律関係が存在しない。実態としても、引率登山では参加者相互の関係を通してパーティー全体の安全を確保する機能が弱い。
 特に、ツアー登山では参加者が互いに初対面のことが多いので、ツアー参加者が互いの安全を補助し合うことを期待できない。ツアー登山で遭難事故が起きても、無事に下山した人が救助活動に従事することなく、すぐに帰宅してしまうことが多い。ガイド登山、講習登山でも、程度の差はあるが、同様の状況が生じる。
 学校登山では、参加者が小学生や中学生の場合には、参加者相互間の安全確保機能を期待できない。新田次郎の「聖職の碑」で描かれた1913年の木曽駒ヶ岳での遭難事故では、教育・訓練的な観点に基づいて指示する引率者とそれに従うしかない生徒の関係が、大量遭難事故をもたらした。

A、引率登山における参加者の自己責任
 引率登山においても参加者の自己責任の部分がある。自分の体調管理や、転倒、転落しないように歩くことなどは参加者自身が自分で管理しなければならない。引率登山における参加者の自己責任の範囲は、登山の種類や態様によってさまざまである。歩くことを主体とするハイキングや縦走の場合には、参加者の自己責任の範囲は広い。
引率者が安全管理する範囲と参加者の自己責任の範囲を明確にすることが重要である。それが曖昧になった場合に事故が起きやすく、法的紛争が生じやすい。
 4月の終わりの八ヶ岳での残雪期ハイキングで、横岳付近の岩稜をトラバース中に参加者が滑落して死亡した事故がある。登山の引率者は、アイゼンを持参するかどうか、アイゼンを使用するかどうかの判断や、岩稜の通過方法を参加者の自己責任に委ねたが、参加者にそれだけの技量がなく、滑落事故が起きた。この事故の民事裁判で裁判所は、引率者が安全確保すべきだったとして、登山の主催者と引率した職員に損害賠償を命じた7)。
 参加者の自己責任の範囲は、法律、契約、条理などによって定まる。ツアー登山において、「添乗員は道案内をしますが、ガイドはしません。参加者の自己責任で行動してください」という条項をツアー契約書に記載したとしても、効力を持たないことが多い。リスクの低い観光旅行的な登山では、引率者の安全確保義務の範囲が狭いが、リスクのある登山では、引率するガイドの安全確保義務の範囲を道案内に限定する契約条項は効力を持たない。
 引率登山では、一般に、危険性が高い登山になるほど、また、参加者の能力が低いほど引率者の安全確保義務の範囲が広くなる。

B、引率登山で求められるパーティーの形態
引率登山における登山パーティーの形態は、引率者が参加者の安全を管理可能かどうかという点から規定される。以下、具体的なケースについて検討する。
 9月下旬に、羊蹄山で旅行会社が募集したツアー登山に参加した14人の客のうち2名が凍死した事故がある。引率した添乗員は、刑事裁判(業務上過失致死罪)で、禁錮2年執行猶予3年の判決を受けた。札幌地方裁判所平成16年3月17日判決は、「ツアー客を引率する添乗員としては、ツアー客が自集団に合流するのを待ち、その安全を図るべき業務上の注意義務がある」と述べた8)。
 この登山は、天候が悪い中で登山を実施したことやツアーガイドの判断ミスなどが事故の要因になっている。ツアーガイド1人で14人の客を引率し、登行の遅れた客がルートに迷い、遭難した。ツアーガイドが遅れた客に合わせて行動すれば、パーティー全体のペースが遅くなり、登頂できないことがある。体力のある客にとって、自分の体力に余力があり、十分登頂できたにも関わらず、ツアーガイドの「先に行くな」との指示で登頂できないとすれば、不満が生じやすい。客の間に信頼関係のないことが、パーティーの統一的行動を難しくする。また、客に何らかのトラブルがあってパーティーから離脱する場合に、ツアーガイド1人では対応できない。ツアーガイド1人で14人の客を引率するパーティーの形態に無理がある。
 2002年7月に、トムラウシで、台風が接近中、ガイド1名、客7名というガイド登山が実施され、山頂付近で客の女性が死亡した。刑事裁判で引率したガイドは禁錮8月、執行猶予3年の判決を受けた9)。この場合も、客が動けなくなってガイドが客に付き添えば、他の客はガイドなしに行動することになる。全員が一緒に付き添えば、客の全員が犠牲になりかねない。一般にガイド1人で対応可能な客の数は限られる。
 2009年7月のトムラウシでの遭難事故では、3人のガイドが15人の客を引率していた。ガイド1人当たり5人の客の計算になるが、パーティー全体の客の数が多すぎたことが、パーティーの迅速で臨機応変の行動を妨げた。18人のパーティーでは、ひとつひとつの行動や判断において時間がかかる。増水した沢の渡渉に時間がかかり、待機時間の長さが低体温症につながった。危険が生じた時にテントやツエルトでをビバークするにも18人は多すぎる。
 この遭難と同じ時に、伊豆ハイキングクラブの6人パーティーが同じコースを歩き、1人が低体温症になりかけたが、全員無事に下山した10)。本来、この6人パーティーは、「よく無事に生還した」と賞賛されてよいのだが、逆に、この6人パーティーに対し、「なぜ、そんな危険な行動をとったのか」という非難がなされた。日本には「危険な行動をする」ことを非難する文化がある。この構図は、2004年に3人の若者がイラクで拉致された後に解放された時、日本の世論、マスコミ、政治家が3人の行動を非難した現象に似ている。
 生還した6人パーティーの判断は、当日朝の出発の決定やその後の行動において、遭難した18人パーティーと大差ない。遭難したパーティーと生還したパーティーの違いは、生還したパーティーの数が6人ということ、参加者の体力の程度、参加者が互いの力量を把握していたこと、参加者相互の信頼関係や協力関係などの点にある。遭難したパーティーとパーティーの形態が異なったことが、6人パーティーの迅速な行動やパーティー内の援助、協力関係を可能にし、遭難を回避できたと考えられる。この2つのパーティーの生死を分けたものは、リーダーの判断の違いではなく、登山パーティーの形態と参加メンバーの違いである。旭岳・トムラウシ縦走のようなルートでの引率登山は6人程度のパーティー編成がふさわしい。
 2004年に旅行業ツアー登山協議会がツアー登山運行ガイドラインを制定したが、これによれば、標高3000メートル内外の一般登山道では、引率者2〜3人に対し、参加者15〜25人が目安とされている。日本山岳ガイド協会のガイドレシオでは、中級者向きのルートでは、引率者1人に対し参加者10人が目安とされている。ツェルマットの登山センターのパンフレットには、登山に熟達した客の場合には、4000メートル峰に2人ないし例外的に3人のグループの引率が可能、山によっては3〜5人の引率が可能と記載されている11)。
 登山は多様であり、安全管理が可能なパーティーの形態は一義的に定まらない。一般ルートの場合でも、誰でも山頂まで歩いえ登ることができる日本の山岳と、岩稜や氷雪の多いヨーロッパアルプスでは安全管理の可能なパーティーの形態が異なる。
 登山パーティーの安全管理が可能かどうかは、引率者の数とパーティー参加者の数だけでは判断できない。ルートと参加者のレベルに応じて、パーティーの安全性を判断する必要がある。その際、引率可能な最大限の人数を引率するのではなく、余裕のあるパーティー編成にすることが重要である。誰でもミスを犯す可能性があり、仮に人間のミスがあっても、致命的な遭難に至らないためには、余裕のあるパーティーの形態が必要である。

(2)自主登山における登山パーティーの形態
 引率登山におけるパーティーの形態は、安全管理の観点から制約を受けるのに対し、自主登山では登山者の自己責任に基づき、どのような形態のパーティーでも可能である。しかし、登山の安全性という観点から考えれば、望ましいパーティーの形態がある。
 登山パーティーの形態について以下のように分類できる。

@、上意下達型
 引率登山では、リーダーが他の参加者に指示を出し、参加者がそれに従う上意下達型の関係があるが、大学の山岳部や社会人の山岳会などの自主登山でも、ベテランと初心者で構成される登山パーティーでは引率登山に似た上意下達型の状況が生じる。しかし、自主登山ではリーダーが安全確保義務を負うわけではなく、参加者の自己責任が原則である。自主登山では、リーダーの権限は、あくまで参加者の総意と信頼関係に基づく。
 しばしば、会社などの組織におけるリーダーと部下の関係が登山パーティーのリーダーと参加者の関係に例えられることがあるが、両者の性格は根本的に異なる。会社などの組織におけるリーダーと部下の関係は法律的な権利義務の関係であり、関係者の意思によって選択できる関係ではない。これに対し、一般の登山パーティーの形態や参加者の関係は、登山の参加者の意思によって選択される。この点は上意下達型のパーティーであっても同じである。
 上意下達型の登山パーティーでは、リーダーが判断を間違えれば、遭難や事故につながりやすい。登山パーティーの参加者相互間の安全確保機能を発揮するためには、参加者のある程度の自立的な判断が必要である。軍隊のように、参加者がリーダーの指示に服従し、自立的判断が許されない関係のもとでは、参加者相互間の安全確保機能もリーダーの指示に左右される。
 上意下達型の登山パーティーでは、リーダーが判断不能になった時に備えてサブリーダーを決めておくことが多い。このようなパーティーで事故が起きれば、リーダーの安全管理が問題とされ、法的紛争が生じやすい。大学山岳部の上意下達型の登山パーティーで事故が起きれば、大学生を子供扱いする風潮も影響して、法的紛争が生じやすい(ただし、今まで、山岳事故に関して学生リーダーや大学の法的責任が認められたケースはない)。
 上意下達型の登山パーティーは、リーダーが絶対に判断を間違えない山域やルート、リスクの低い登山に向いており、リスクの高い登山には向かない。

A、集団登山型
 ツアー登山や学校登山などでは集団登山型のパーティーが多いが、自主登山でも集団登山型のパーティーがある。ハイキングクラブなどが主催する登山では、リーダーが旅行会社の添乗員のように多数の参加者の世話に追われることがある。地図や磁石を持たない参加者がおり、参加者が集団から離れると迷うことがある。このような集団登山は、外形的にはツアー登山に似ているが、法律的な引率関係がない。
 この形態の登山パーティーでは、リーダーが判断ミスをした場合、参加者相互の補助関係による安全確保機能が発揮されにくい。山麓に近い低山での登山や観光旅行のような登山では、このような集団登山で仮に何らかのトラブルが発生しても、無事に下山できることが多い。しかし、リスクを伴う登山ではこのような集団登山はふさわしくない。岩稜や鎖場などの縦走、2日間以上に及ぶ縦走、一〇キロ以上の荷物を背負う登山、テント泊登山を集団登山型のパーティーで行うことは危険である。
 また、鎖場や梯子あるルートを集団登山型のパーティーで行うことは、登山道の渋滞の原因になる。
 集団登山型の登山を自主登山として実施する場合は、主催者は参加者に登山のリスク等を説明し、自主登山であることを明示することが必要である。

B、対等型
 アルパインクライミングでは、参加者が対等の関係であることが多い。高山でのクライミングやマルチピッチのルート、アイスクライミング、冬の登攀などでは、参加者にある程度の経験が要求され、対等型のパーティーが向いている。
 ベテランと初心者の間では上下関係が生じやすく、@に述べた問題が生じる。リスクの高い場面では対等型の関係が望ましい。
 対等型の登山パーティーでは、参加者のレベルによってパーティーの安全度が決まる。パーティー参加者の能力が高ければ難度の高い登山を実現でき、初心者で構成される対等型のパーティーの安全度は低い。
一般に、上意下達型のパーティーや集団登山型のパーティーは効率という点で優れている。集団内で議論をして決めるよりも、リーダーがすべてを決定し、参加者がそれに従う方が迅速、効率的に行動できる。しかし、ひとたび事故が起きれば、上意下達型のパーティーや集団登山型のパーティーでは法的紛争が生じやすい。
 また、人間は誰でも判断ミスを犯す可能性があるので、リスクの高い登山では、対等型の登山パーティーが望ましい。1人が判断するよりも、全員で慎重に判断した方が、より賢明な選択が可能である。対等型のパーティーは、参加者相互の補助関係による安全確保機能をもっともよく発揮できる。
 他方で、この形態のパーティーでは、参加者間に強い信頼関係がなければ、さまざまな意見が出て意見がまとまらず、パーティーが空中分解する恐れがある。しかし、リスクの高い登山では、パーティーが空中分解して登山を中止しても問題はない。リスクの高い登山をどうしても行わなければならない理由はない。

C 以上の区別はあくまで理念型であって、現実の登山パーティーには@〜Bの要素が混在している。リーダーが参加者の意見をある程度尊重し、参加者に指示命令する形態の登山パーティーは多い。これは、@とBの折衷型のパーティーである。現在では、軍隊のような厳格な上意下達型の登山パーティーは稀である。また、厳密な意味では対等な人間関係はありえず、人間関係には常に微妙な上下関係が存在する。
 ヨーロッパアルプスの登山はclimbingが主体であり、対等型の登山パーティーが多い(ただし、ガイド登山や山麓でのhikingは別である)。これに対し、日本では、地形的に山頂まで歩いて登ることができ、集団行動を重視する文化の影響もあって、従来、上意下達型や集団登山型のパーティーの傾向があった。しかし、この点は、時代とともに変化しつつあるように思われる。
 上意下達型のパーティーは事故が起きることを想定しないパーティーの形態であり、対等型のパーティーは自己責任を自覚したパーティーの形態である。上意下達型や集団引率型の登山パーティーはリスクの低い登山に、対等型のパーティーはリスクの高い登山に向いている。
 どんな形態の登山パーティーであっても、自主登山では参加者の信頼関係が前提である。それがなければ、上意下達型のパーティーは楽しくなく、集団引率型の登山パーティーは統率がとれず、対等型のパーティーは簡単に分裂する。

5、まとめ
 登山パーティーの形態は、登山の形態、登山の種類、引率登山と自主登山の違いなどに応じて多様であり、それらに応じてパーティーの形態を考える必要がある。
 例えば、妙義山の縦走路でツアー登山を実施すれば、事故が起きやすく、事故が起きれば、引率者に法的責任が生じる。妙義山の縦走路でハイキングクラブが集団登山を実施すれば、事故のリスクが高い。しかし、これは自主登山であり、リーダーに法的責任は生じない。このルートは、参加者が相互に安全確保できる対等型のパーティーがふさわしい。また、熟練したリーダーが必要に応じて参加者をロープで確保する前提であれば、上意下達型のパーティーでも対応可能である。妙義山の縦走路は、縦走路としては危険であるが、登攀としては危険性が限定されており、クライミング経験のあるリーダーが絶対に判断を間違えないように対処することが可能だからである。
 ゲレンデの岩場では、危険性が予想可能な範囲に限定されており、熟練したリーダーが絶対に判断を間違えないように対処することができる。したがって、熟練したリーダーによる自主登山としての上意下達型の講習や、ガイドによるクライミング講習が可能である。
 これに対し、不確定の危険性を伴う本格的な登攀の場合は、上意下達型のパーティーではなく、対等型のパーティーがふさわしい。また、このようなルートでガイド登山を行う場合には、少人数のパーティーの形態になる。かつて、ヨーロッパアルプスでフイックスロープを張って多数の客にクライミングさせた日本人ガイドが、地元市民から激しい非難を受けたことがある。これは、ルートにふさわしくないパーティーの形態で登ったからである。同様に、ガイドが、穂高の屏風岩でフイックスロープを張って多数の客を登らせることは、あるべきパーティーの形態に反する。
 その登山にふさわしいパーティーの形態で登山を実施することが、安全な登山につながる。通常、無意識のうちにこのようなパーティーの編成がなされることが多いが、この点を意識的に行うことが必要である。
 

[注記]
1)津地方裁判所平成4年9月24日判決、判例タイムズ802号、p.130。職務中の事故は労働災害や公務災害になるが、それ以外に雇用主の安全配慮義務違反の有無が問題になる。
2)最高裁昭和50年2月25日判決
3)静岡文体協遭難事故・地方裁判所昭和58年12月9日判決、春の滝散策ツアー事故・札幌地方裁判所小樽支部平成12年3月21判決、羊蹄山ツアー登山事故・札幌地方裁判所平成16年3月17日判決、トムラウシ登山事故・旭川地方裁判所平成16年10月5日判決、屋久島沢登り事故・鹿児島地方裁判所平成18年2月8日判決など
4)朝日連峰遭難事故・山形地方裁判所昭和49年4月2日判決、木曽駒ヶ岳事故・最高裁平成2年3月23日事故など
5)五竜岳遠見尾根事故・長野地方裁判所松本支部平成7年11月21日判決、大日岳事故・富山地方裁判所平成18年4月26日判決
6)石鎚山武蔵工大事故・東京地方裁判所昭和58年9月9日判決、弘前大学医学部山岳部事故・名古屋高等裁判所平成15年3月12日判決、神崎川沢登り事故・名古屋高等裁判所平成13年6月20日判決
7)静岡地方裁判所昭和58年12月9日判決、判例時報1099号、p.21
8)札幌地方裁判所平成16年3月17日判決。刑事裁判では「業務上の注意義務」が問題とされるが、民事裁判では「安全確保義務」が問題となる。
9)旭川地方裁判所平成16年10月5日判決。
10)当時の新聞報道による。伊豆ハイキングクラブの6人パーティーの行動については、その後クラブの内外から激しい非難がなされたためか、ほとんど情報を得ることができない。
11)内田陽一(2005):五十歳からの挑戦、東京新聞出版局、p139

[文献]
1)羽根田治(2003):ドキュメント気象遭難、山と渓谷社、p94
2)本多勝一(1997):リーダーは何をしていたか、朝日新聞社、p195
3)内田陽一(2005):五十歳からの挑戦、東京新聞出版局、p139
4)辻次郎(1995,1996):登山事故の法的責任、判例タイムズ997、p.38、同998、p.78 
5)星野雅紀(1998):安全配慮義務をめぐる諸問題、現代裁判法体系27、p201
6)齊藤隆(1998):学校事故に関する国家賠償、現代裁判法体系27、p119
7)佐々木正人外(2006):スポーツツアー事故における旅行業者の法的責任に関する一考察、文教大学国際学部紀要16-2、p13
8)溝手康史(2007):登山の法律学、東京新聞出版局
9)トムラウシ山遭難事故調査特別委員会(2010):トムラウシ山遭難事故調査報告書
10)トムラウシ遭難事故を考えるシンポジウム報告書(2010)
11)羽根田治 外(2010):トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか、山と渓谷社
12)羽根田治(2010):山の遭難、平凡社、p224
13)新田次郎:聖職の碑、講談社

(日本山岳文化学会論集10号所収,2013)