第105回原宿句会
平成10年3月7・8日 伊豆荘

   
原宿・春月・みかさ合同
   伊豆伊東吟行


  東人
路地ごとに連で小売りの目刺かな
読めぬ字の句碑をあれこれ山笑ふ
物見坂降りて丁字のよく匂ふ
磴のぼり来れば初島遠霞
脳病院の附箋に透かし鳥曇り
春光の湯気溢れしめ朝の風呂
永き日や詩人遺愛の顕微鏡

  紫野
潮風に福耳のぞく春帽子
「平民」と記す戸籍や余寒なほ
碑文字の裏に碑文字山笑ふ
春浅し隅に寄せらる無縁墓
春陰や綱の支ふる仁王像
春暁や浅葱に顕ちし島の影
うららかや小鳥の声の青信号

  杜子
春潮の砕けて青をとどめざる
遅日かな鰻、鶉の供養の碑
トンネルの入口出口梅の花
直立の小猿の芸や春の昼
沈丁や廻り続ける風速計
ものの芽の犇めく中を抜けて海
パンジーや按針像は海を背に

  千恵子
ステッキの先遊ばせて蕗の薹
へつつひに焚き口二つ鳥帰る
水吐かぬ龍吐の口や鳥交る
流し場のポンプの錆や春寒し
直筆の茂吉の書簡猫柳
下萌えや踏切越へし先は海
犀星の字のホツホツと木の芽風

  隆
囀りや巌の句碑の自由律
春の昼波止場食堂戸を鎧ふ
箍〆る音の幽かに花辛夷
傾ぎたる土間に収まる春の翳
誰も読めぬ天狗詫状比良八荒
一夜干す烏賊の瞑りの透き通る
五十路越し八十路を語る朧かな

  利孟
鰺開く小出刃で血糊しごきては
万祝の鶴亀に松春灯し
飛砂に刻む風紋浜焚き火
料峭や抱へ畳みにヨットの帆
春風やステッキ遊び突きにして
風に坐す干物売り女の頬被り
花誘ふ風を捉へて鳶あがる

  浩史
一湾に波絞り込み春の海
道標の右は修善寺紅椿
春めくや黴のにほひの記念館
春寒し朱線で消さる戸籍かな
春風を自在に遊びゆりかもめ
手入れ良き枝に整ひ梅真白
幾度も時計を見やり春の昼

  希覯子
椿園太郎冠者てふ名の蕾
卜伴てふ椿活けあり葱南居
小兵なる祐親公像春浅き
大寺に巨いなる句碑下萌ゆる
春光を返へす大屋根緑青す
初島は指呼の間なり朝霞
啓蟄や句材となりし杖を曳く

  久嘉
かの雲が行けば春潮耀けり
雪柳明かりいまだになさず垂る
流れゆく枝の緑や春の川
白梅やかすむ初島雨催
春潮や雲と鴎と話すごと
山門を溢れて海へ囀れり
潮騒や座の満ちたりて春の月

  白美
春嵐ガラス写真の武士の顎
春光や浚渫船は大海へ
詩人生れし家の椿の白き蕊
鶯や御手洗の水枯れてをり
春風やダイヤ改正の時刻表
端に干すタオルに湯の香春の宵
春山の峡丸く切る望遠鏡

  健一
春燈や木目黒々歴史館
記念碑の馬の鼻筋風光る
春昼の店の看板「しわし干し」
春の海鴎の群に遊ぶ波
沖合の白波廻はす赤きブイ
春浅き旅の料理の金目鯛
初島の海を広げる春の朝