第66回原宿句会
平成7年3月18・9日

   
 蔵の街栃木・渡瀬遊水池吟行
  ホテル鯉保・割烹思水荘

第一句会


            晶
春陰や土蔵の窓の嵌め殺し
春雷や胎内ほどの蔵あかり
おぼろ夜の土蔵の根ッこ生えてゐし
農耕車優先道路山笑ふ
馳けたがる炎宥めて畦を焼く

            白 美
身幅ある皮半纏に菜種梅雨
三椏の猫の手のごとあまた咲き
へた残る柿の裸木峡の里
春時雨寄附で購ふ花車
濡れしまま蘂小紫節分草

            千 恵 子
寄付帳の日付は明治春の雨
マネキンの祭法被や春館
どの家も蕎麦の生業春みぞれ
理髪屋の灯うつして春の川
のぞき込む花と私に雨しとど

            杜 子
往きもどる山の辺の径節分草
かたくりを教へし人の指の泥
三叉路に三椏の花雨しとど
杉花粉赤ぐろく山迫り来る
木の芽雨堀の緋鯉の腹太き

            京 子
仕立屋の止った時計花の冷え
白梅や蕾は紅の衣着て
春寒やブタの蚊遣りを売る小店
山茱萸のほつそりと咲く雨の山
山静か節分草の濃紫

            希 覯 子
異国種の節分草は室の中
色恋や県庁堀の水温む
芽柳や巴波川にも悲話ありて
紅梅と言へど濃淡ありにけり
春雨や一夜の宿り蔵の町

            利 孟
首の無き踊り人形春の雨
髭抜けし関羽の頭春の雨
濡れそぼち縮みあがりし犬ふぐり
目を残す防塵マスク山笑ふ
雨粒を溜め三椏の蕾かな

            良 子(堀江)
雨露の重みにうつむくせつぶん草
荒梅林枯草の中花白し
春雨や県庁堀の鯉しづか
野の花に小さきしづく春の雨
春雨をついて群れ交うしじふから
第二句会
袋廻し
薬 筆 緑 物 訃 使 粉


            利 孟
春泥や煎じ薬の湯気甘し
春燈や海の香あふる乾物屋
緑錆をまとふ四神や春の雨
筆ペンの穂先整ふ孔子祭
使者捧げ持ちたる幣や杉の花
春の夜の扉をたたく訃報かな
地粉で打つ蕎麦山茱萸の花盛り

            杜 子
春愁や色鉛筆の赤き粉
訃のメモの文字の不揃ひ鳥雲に
春おぼろ深き廂の勅使門
てんぷらの種物にしてふきのたう
三鬼忌や筆ペンの腰頼り無き
目薬を片目づつ点し花の冷え
雨けぶる緑の中の節分草

            千 恵 子
幸薄き友の訃報や鳥帰る
羽根たたむ天使の姿白木蓮
紅筆の落ちてる道や春おぼろ
首に刷く水白粉や春座敷
薬包紙母の手先で蝶遊ぶ
白壁に柳緑の巴波川
菜の花やほのぼの物言ふ人と居る

            京 子
取り廻す粉引の鉢の桜餅
筆筒に桃の浮き彫り春季展
筍を盛りて伊万里の使ひ初め
花見客物見やぐらを取り巻きて
蔵の町屋根に緑青木の芽立つ
春浅し婚約の娘の薬指
金縷梅や師の訃を聞きし季めぐる

            白 美
物置に糸くづ運ぶ孕み鳥
三鬼の忌干したる木皮目の薬
花冷や知らず目で追ふ訃報記事
春浅し九分ほど入れる緑茶かな
春深し手伸べパイ皮強力粉
例幣使街道今日も暮れ遅し
仲春や父によく似る筆遣ひ

            希 覯 子
蔵の町緑十字の春灯
巴波川物の芽多き狭庭かな
あぢさゐの芽ぐみ大筆小筆かな
受験子に訃報のごとき電話来る
粉薬いささかこぼす春の風邪
春一番使ひ古りたる天眼鏡
薬局の女主人や猫柳

            ま り も
山越えて光あたたか薬売
土筆の子片目つむりて顔を出す
漁夫の利の怪物現る春の海
夏近し忘れたき訃報忘れられず
緑の羽根コインの代はりに桜貝
我忘れ散らす小麦粉春深し
冴返る使ひ古しの実験台
第三句会
    渡瀬遊水池吟行  小山思水荘


            法 弘
やはらかく踵しづみぬ若草野
父が娘へ言葉素直に犬ふぐり
白椿思水に橋のありどころ
廃村の廃寺の墓石囀れり
妻と来て土筆摘み尽したりし罪

            京 子
鳴き終へて風に身を乗せ揚雲雀
刻々に点となりゆく揚雲雀
点々と野辺に土竜の散歩跡
墓守りは桜の一樹廃れ村
鳥曇り空を分け合ふ熱気球

            利 孟
春霞音追ひ現るるラジコン機
春霞抜け色戻る熱気球
摘み草の午餐に拡ぐ布の椅子
鉱毒の池散兵の鴨の陣
囀りにもがきを重ね揚げ雲雀

            晶
枯葦原入りて忽ち神隠し
葦原の光かへさずにはたづみ
浅春や凋落といふ風の葦
長堤の日を渾身のつくしんぼ
さへづりへ一つ近づく熱気球

            杜 子
青き踏む広さ深さのはかられず
土筆挾み句帳に緑にじみけり
野の蒜や旧谷中村役場跡
草萌える遺跡保存の基金箱
春浅し芦原ささやくごときかな

            登 美 子
休み田に人の出入りや芹生うる
遊水のはぐくむ区画ほとけの座
遊水池萌える堤が囲んでる
うす曇る地に屈みこみ土筆摘む
句帳より植物図鑑春の土手

            千 恵 子
捨てられし共同墓地や鳥交る
ここにもと足で教へてつくしんぼ
緑踏む谷中公害原点地
上空に気球いくつも末黒野
芦原に入って童心揚雲雀

            白 美
揚げ雲雀賽銭箱はブリキ缶
捨てられし僧都の墓に鳥曇り
山桑に背中もたれて揚雲雀
白杭は村役場跡春浅し
春光やせはしなく押す空気入れ

            希 覯 子
鉱毒は昔語りや草萌ゆる
宿あるじ杉風が末裔猫柳
一本の土筆に六の瞳かな
廃村の役場跡なり裸木林
春の土起して土竜何処へやら

            郁 子
春寒や空に動かぬ気球かな
ほとけのざ咲くひとところ風光る
藪椿咲いて囀りの声あらた

            良 子
枯葦の穂の向く先は利根川か
葦焼に耐えてしたたか原中の木
春がすみ熱気球の色淡し
緑なす堰堤間近か葦の原
葦焼きを知ってか知らずかひばり舞ふ