253点盛

253回点盛り
利孟
法師蝉つくつく木魚のぽくぽく 恵◎比義○
新涼やこすれば消えるボールペン 美◎比◎
すいません、句会の朝にこんなボールペンを購いました、目の前のものを即興でというのも重次の教えでした
とろろ汁擂るや漢の大胡坐 比恵
かたむきて咲けぬ痩せやう曼珠沙華
これはいけませんでした
夏痩せや喉鳴らすかに搾乳機
比呂四
終電の去りて膨らむ虫の声 利恵○義
ありがちな句
楚々と立つ受付嬢や曼珠沙華 利義恵
受付嬢は前身を見せて立っていることは珍しすぎるのです、それにしても中年オヤジの句だ
新涼や深々と湯に浸かりけり 利○
多分自宅の風呂での話しながら、そんな立派な風呂はなかなか自宅に無いのが庶民でして
手加減でゆるさを計りとろろ汁 利美
法師蝉遠くに聞きてまどろめり
美子
臍の緒の片端は亡母曼珠沙華 利◎義
明確に4音にしないと「カタワ」の読みになってしまう、亡母をハハと読ませるのはお涙頂戴、亡くなっているというのを明示せずに読みとらせる亡いようであって欲しい
擂り鉢も小振りになりてとろろ汁 利比○
時間経過で、家族も減ってあんなに大きな擂鉢を使っていたのにというのを詰め込もうというのがいけません、小振りの擂鉢だけで読み手に任せるのです
新涼や撫でて整ふ猫の髭 利○恵
整ふ」は自動詞では?
嘆息のやうやうとぎれ法師蝉
登山道塞ぐ一群赤蜻蛉
登山は夏の季語、景はよく分りますが
恵一
コスモスやパラグライダー地を離れ 利義◎
一面のコスモスを描きたい
新涼や頭上に運ぶ甕の水 利○比
南方の水汲みの風景だろうが、頭上に運ぶというと、捧げているという読み方もあろう
仄暗き森に迷ひて法師蝉
曼珠沙華熾火のごとく野辺にあり
ごとき」が俳句の本質ゆえ、ごときを使わないのが俳句の骨法でもあります
麦とろや牛タン焼いて飯にのせ
焼肉屋で出てくるとろろは、年中で季節感を感じさせない
義春
小鮒取り戻るや朝餉とろろ汁 利○美○
朝飯のとろろ汁というのは利孟には理解不能にて、また朝飯前に小鮒を取りに行くというのも納得がゆかない
生きているとの叫びかな法師蝉
新涼の風に振り向き澄みし空
「澄む」は秋なんです
昼下り緋よりも赤きカンナかな
畑さわぐ風にも凛と曼珠沙華
凛と」という抽象的なことばでどう読まれるでしょうか