第286回点盛り

季語としての夏足袋について考える(利孟)
 夏足袋は歳時記にも夏向きの涼しげな、麻などの薄手の足袋と書かれているのは、辞書に同じである。
 しかし、普段に足袋を履くような商売、職業では年中同じタイプの足袋を履くことがもっぱらで二枚合わせの綿足袋である。能では、仕舞ならともかく、能装束をつければ裏がネルの厚手の足袋を履くようで、装束に夏装束もないのだから足袋とて夏用のものなど使うこともないだろう。
 鑑みるに、足袋は冬の季語と定義はされるものの、夏にも足袋は履かれているのであって、これをどう俳句で詠み込むかと言ったときに夏に足袋が出てくれば夏足袋と言えば良いではないかくらいなことでこんな季語が生まれたのではなかろうかというのが拙の愚考するところである。というのも、同じ足袋ではあるが、夏の日差しの中での白足袋はくっきりとその白さが際だつもので、とくにそれを詠み込みたいという思いもまた多いのでは無かろうかと思われる。
 ちなみに、紺足袋なども夏仕様の足袋もあるかもしれないが、まあ、夏足袋と詠んだらまず白足袋のことと思って良いのではないだろうかとも思うのである。
 
 
利孟
身じろぎもならぬ熱湯に浸り夏至 雨比☆義
花四葩通園バスの路地抜け来 雨☆
心太これで痩せるかしらなんて 義比
木下へと入る夏足袋の白さかな
夕空に声啼き捨てて雲雀落つ
そういうもんじゃないんですか?と言われれば、ふむ
武甲
梅雨出水エリアメ△ルの着信音 利雨
出水は武甲さんて事のようで
酢醤油にむせてはすする心太 利△
夏足袋や老舗を仕切る若女将 利あ比
この業態がわかん無いんだ、故に老舗というのは雰囲気作りには良くても危険なんで
紫陽花や移り香まとふ貴賓室
ちょっと状況が分からない、紫陽花の移り香て事もなかろうし
比呂志
夏足袋の縁を摺り来る音のして 利△あ△
畳のフチとつい紛れるから、エンと読めるような作りにしたいし縁側を摺り足でって、どんな立派な作りかと思うんです
閉門に喧騒の引き濃紫陽花 利義☆
輪郭の微かに浮かび心太
あれこれと部下への小言梅雨湿り
夏至の日の鉄路の長く延びにけり
恵一
摺り足で夏足袋進む橋掛り 利義△
ひとがたを流す月山あふぎみて 利△
ニンギョウと読まれると分からなくなるから仮名で表記したのだろうが、形代なんてのもありでしょう
絵幟の鍾馗はためく甲斐路かな
刻み海苔振りかけ食ふや心太
食う手順を示しただけでは面白く無い、何か見どころが欲しい訳で
ベランダに猫伸びをりぬ濃紫陽花
をりぬ」て猫といえばそこにいるわけですからあえて主張するには相当の意味があるべきで
義春
天突きの役は祖母なり心太 利雨△あ☆
夏足袋の芸妓の白きふくらはぎ
あんまり見せるような事もないけど
安曇野の溢るる流れほととぎす
山葵田あたりかな、そうすると一般的な景としてカッコウを配したいよね
紫陽花も明るく送る庭の礼
退社時の白き天日夏至の空
あやの
渓谷の茶店満席ところてん 利雨比
空瓶にあぢさゐ一花ワインバー 利義
空瓶ていかにもまにあわせっぽい、少し格好をつけて見たらと思うわけ、紫陽花を何本いれるか?あんまり意味はない文字数合わせかもしれないけど
ひたすらに海沿ひ走る夏至夕べ 利比
車で海岸線をね、オホ△ツクあたりだと面白いのか?夕日が沈むなら日本海側か
夕映えに白の一団更衣
白の一団?高校のシャツ、私立女子校のワンピ△スとかあるけど
夏足袋の古りしバケツと金柄杓
打ち水かな?思い当たるまでにずいぶん考える、足袋履いててのもどうしたものかと
雨竜
夏足袋やすり足運ぶ能舞台 利△
夏至の日の朝食少し長きけり 利あ
けりは連用形に続くから長きけり」は無い、 一般には長きかな、だがなんとしてもけりなら長かりけりにすることになる
紫陽花の藍滴るや細き雨
細い雨ってあんまり言わないかも
母の箸夏の夕日の影の中
心太眼下眺望を飲み込んで
飲み込むのは心太だろうが、絶景に息を呑むというのも掛かって使ってるならやめた方がよい