11月のもう一言

新駅舎前の大路と紅葉山  
駅舎より眺める」というような見る菊味わう、聞くなどの五感の作用はその対象を提示すれば自然にその行為が出てくるので不要な同志なのです

三色の鬼座す古寺やうそ寒し  
かくまふ三鬼尊(さんき)万福寺」としていますが、三鬼尊、万福寺いずれも何のことか分からない、まして「かくまふ」となってはローカルの話しすぎます

小春日や広場に磧の波模様  
瓦の波に石の舟」では現場を見た人以外にはまったく理解不能

散り銀杏貝の鐙に金の鈴  
金鈴鳴り止まず」としていますが、飾ったものが鳴るわけも無く

添ひし木の紅葉明りや石灯籠  
障り木」という造園の特殊用語を使ってみても俳句が出来るというものではない、新しい言葉すなわち「発見」ではない

★繋がれて昏るる平舟冬の川  
捨て舟でしたが、なら繋がなくてもでしょう

秋麗ら川に張り付く蔵の街  
訪ね歩きぬ蔵の街ではただの日記

勤皇の志士翻す菊羽織  
ちょっと菊羽織が苦しいが、

冬紅葉照らせる村の奥の墓  
照らす一村眠る墓」の元句では村にハイライトが当る、そこに墓が出てきても焦点が定まらないので、墓に収斂するように表現します

三匹の鬼祀る寺秋深し  
添削してたら昭雄の句と同じになってしまいました

綿虫や軒より暮るる蔵の街  
中句良いフレーズだが見たことがあるという印象でしょ

秋深し頭皮を走る整髪料  
冬浅しでしたが、やはりこうでしょ、ただ、読んで嬉しくないね

もみぢ葉の水面を分けて鯉の鰭  
水面覆ひて鯉隠すでは、鯉がいるのが分からないはずでは?

石階に菊の袖引く七五三  
吾子の七五三」でしたが、吾子など使わずに、思い入れを排除して見ましょう