5月のもう一言

ミヨ
酸葉食み畦また畦の古墳群
二世帯の暮らしそれぞれ粽結ふ
当たり前としか思えないが、粽をみんな作ってるてのがすごい
石仏の膝に蕊置く五月闇
火渡りや秘めたる護摩木夏書とす
夏書きてそう勝手に決め込めるもの?、秘めたる護摩木も分からん
経の声入るる火渡り夏始め
昭雄
駐在の赤灯滲む五月闇
五月闇一灯点る伎芸天
つまんないけどね、これだけじゃ
小面の薄き唇五月闇
陳腐な発想かな
まず粽解いておろすランドセル
こら、ランドセルくらい下ろしてからになさいとか言われてるんですかね
粽結ふ昭和の母の気骨かな
昭和生まれが昭和の母の何て言ってもしょうがないが、昭和だと気骨があるのかね?、気骨と粽がどう響くの?
聖子
降り出してすぐの大粒走り梅雨
田の水に映る里山初夏の風
流れ込む水は暗渠に五月闇
大木の揺るる林や五月闇
実際に揺れてたかはどうでも良いのですねこの句は、心象句としても出来てます
二畝を鋤いで一息粽解く
農作業中にそんな面倒なおやつか?、訛りが生きてない
比呂
青嵐や羽裏に睨み写楽の絵
下闇や伝小町墓苔の下
伝とか言わなくていいんじゃ無いの
抜きたての草の匂へり薄暑光
雑草抜いて匂うかどうかて面白くも無い
寄進瓦に記す家族名笹粽
ちょっと離れすぎでしょう
次々と立ち読み続け桜蕊
そりゃ大変でしたでしょう
良人
五月闇レールの影消す無人駅
五月闇衣新たに六地蔵
お地蔵さんの衣てのもあるんですかね、普通なら涎掛け位だろうけど
店棚にみどりを競ふ笹ちまき
山峡の天地閉ざす五月闇
音連れぬ雷光まぶし五月闇
雷光だって雷ですからいずれにせよ季語がふたつです
信子
五月闇水車の紡ぐ水の音
蔵町の蔵隣り合ふ梅雨の闇
穏やかな日和三日や笹粽
郭公の鳴く日日となりにけり
なるほど、日日にワザワザニチニチと振り仮名つけるくらいなら別表現なり考えてみたら
木綿糸通す凹針麦の秋
こう添削したところでそれがどうした、凹針なんてものも無いし、困った句です
輝子
五月闇社の結界天狗をり
粽食べ従兄弟どうしの笑い声
そういうこともありましょうが、それで
天と地の境さ迷う五月闇
五月闇時の流れに昼夜無し
そうなんですけど、どんな季語でもありそうです
蒸したての粽頬張る手は赤く
そこまでして食べたいか?
敬子
教会の窓辺明るき花水木
芝桜白の縁どり小川めく
芝桜奇遇の友と手をとりて
それは宜しゅう御座いました、が私らには何の感動も御座いません
同窓の友との旅や五月闇
長生きしてよござんした、だけどお仲間のお話でしか無いわけで
粽食べ料理教師の母偲ぶ
そうでしたか、ご母堂は料理教師でいらっしゃった、しかし俳句の評価には何の意味もありませんなあ
巴人
かさこそと樟の葉音や五月闇
樟の葉がかさこそてのはいささか雰囲気違う気がするけど
粳粉が鼻筋通す粽結ひ
粳とか、鼻筋通すとか理屈が多すぎるんです、粉が鼻に付いただけでしょ
とぶ光淋しく遊ぶ五月闇
多分ホタルなんだろね、だったら蛍で詠むんでしょうね、暗くなきゃ蛍の光は見えませんからわざわざ五月闇を持ってくることは無い
母と子の粽結ふなり膝頭
膝の上で作業するならそう詠みましょう、母と子なんていう演出はいらないのです
蔵の町巴波流るる五月闇
巴波川としてもローカルでしか無いし
手探りや道なき道の五月闇
照らされし車のライト五月闇
車のライトは照らすもので照らされるものではないでしょう
今は昔あの味忘る粽かな
幼少の思い出詰まる粽かな
闇づくし心の闇に五月闇
確かにそうだが、二つじゃ尽くすまではいかない
素足にて砂場に遊ぶ幼児達
素足は季語ですから俳句の要件の一つは満たしています、が、砂場で素足はおかしくもない、他に何も無いの?
五月闇ライター点けて池を見る
蛙が飛び込みでもしましたか?、池をライターの火で照らすなんて異常じゃ無い?
久しぶり粽作って家族会
家族会に粽作るって変わってるとしかいいようがない、どうして家族会なんかが俳句に出てくるか?相続のゴタゴタ?
早乙女の姿見えたり千枚田
良い光景です、そこで一句作ってくださいというのが俳句です、これはただのスナップ写真でしかありません
木瓜
向かひ合ひ粽頬張る子の和み
和やかな光景だけどそんなのただの日常でしょ、そこから何を見つけるかです
粽解く浮かぶ姿は祖母の結い
意味不明!
端居して今断崖の際に立つ
端居しながら絶体絶命の心境にいるてどこをどう突いたらりかいできるひとがいますか?、独りよがりも甚だしい
五月闇銀河鉄道突き抜かん
銀河鉄道って秋か冬のイメージ、突き抜けるってスピード感も無いし
ハラハラと見つめるグラフ五月闇
何のグラフかね?、株、血圧、イメージがぼやけすぎて何が言いたいのかわからん