ボーイスカウト運動とは?

<ボーイスカウト運動の始まり>
 ボーイスカウト運動は、1907年にイギリスのベーデンーパウエル卿が、20人の少年達とブラウンシー島で実験キャンプをし、その経験に基づいて著した「スカウティング・フォア・ボーイズ」という本が、イギリスの少年たちによくく読まれ、この本に書かれた野外活動(斥候に必要な知識や技術をもとにしたも ので、スカウティングと呼ばれた。)を行ったことから始まりました。それがまたたく間に外国に広がったのです。
<ボーイスカウト活動の目的>
 スカウティングが行われる場所では、少年たちは常に快活に活動し、時には胸を躍らせ、緊張し、五体五感をフルに使います。体験することを通して知らず知らずのうちに、自立に向かって多くのことを学んでいくのです。ボーイスカウト活動は、少年たちがその自発的活動により、自らの健康を築き、社会に奉仕できる能力と人生に役立つ技能を体得し、誠実、勇気、自信及び国際愛と人道主義を把握し、実践できるようにする「人間教育」なのです。・ 少年たちの自発的活動であること。
              
  ・ 少年たちの人格、健康、技能、奉仕の精神を高める活動であること。
              
  ・ 幼年期から青年期まで年齢に応じたプログラムがあり、そのプログラムが一貫していること。
   
  ・ 班(組)制度があること。
   
  ・ 進歩制度があること。
              
  ・ 「ちかいとおきて」・「やくそくとさだ
   ボーイスカウト運動の創始者   B-P

ベーデン―パウエル・オブ・ギルウェル卿

  ロバート・スティブンスン・スミス・ベーデン・パウエルは、1857年2月22日イギリスのロンドンで生まれた。父はオックスフォード大学教授のベーデン-パウエル牧師、母は,W・H・スミス提督の娘だった。彼の曾祖父ジョゼフ・ブルーワースミスはアメリカで生まれたが、アメリカ革命の時英軍に加わり、結局イギリスに移住した。

 ロバートが3歳ぐらいのときに父が死に、14歳を頭に7人の子どもが母の手に残された。ロバートは、4人の兄と、イングランドのいろいろな所で、ハイキングをしたりキャンプをしたりして、すばらしい野外生活を楽しんだ。

 19歳の時、陸軍の試験に合格し、すぐ見習士官として、インドの第13軽騎兵連隊に赴任することになった。軍務に優れていた彼は、26歳で大尉となった。1887年、彼はアフリカに行きズールー族との戦い、後にはアシャンティの諸部族との戦いに参加、部族民たちは彼の勇気、斥候の技術、驚くべき追跡の能力を見て,彼を恐れ尊敬した。

 1901年、大人からも少年からも英雄として迎えられ、南アフリカからイギリスに帰った彼は、インド、アフリカその他世界の各地で得た自分の経験を基にかつて軍人のために書いた「斥候の手引」が、少年達にも大きな影響を与えていることを知り、祖国の少年が力強イ男性に育っていくことに、自分が協力する機会があるのだと自覚し、これを基に少年達の訓練を行うための構想を練っていった。

 この構想がうまくいくかどうかを確かめるため、1907年の夏、20人の少年達をプール港内にあるブラウンシー島に連れて行き、世界で始めてのボーイスカウトのキャンプを行った。この実験キャンプは大成功であったため、これを機会に訓練の手引≪スカウティング・フォア・ボーイズ≫を著した。

【この項目は、スカウティング フォア ボーイズから転載しました。】

  《 ベーデン-パウエル卿 》


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