101−C 向山型社会のドラマ
雪谷小向山学級参観「1枚の写真の読みとらせ方」からはじまった
TOSS兵庫播磨むしあなごの会 松本 俊樹
住所:675-0057兵庫県加古川市東神吉町神吉475-27 勤務校:加古川市立志方小学校
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1 子どもの内部情報を蓄積させる
法則化合宿での論文審査場面。全国各地から向山氏に追いつくために自分の実践を論文に書いて持ってくる。向山氏に自分の一番自身のある実践を評価評定してもらうのである。
社会科の論文が発表された。松本には斬新な発問に思えた。これなら子どもの意見は二つに分裂するだろう。活発な討論が成立するだろうと予想できた。これはAだろうと予想した。ところがC。「子どもが考える情報が圧倒的に不足している。」というコメント。
その時にはどうすれば授業が改善できるか見当もつかなかった。どのように情報を与えればいいのかも分からなかった。「○○を調べなさい」という指示だけでは子どもが動かないということ走っていた。しかし、何か情報を与えた上で子どもに考えさせなければならないのだと見通しは立てた。
91年1月、向山学級を参観できるチャンスに恵まれた。向山氏の勤務する雪谷小が公開発表するからだ。松本は兵庫の法則化の仲間と早朝から参観。全国からぎっしりと集まった参観者。1枚の写真から読みとった情報を向山学級の子どもたちはどんどんノートに書いていく。やがて指名なし発表。さらに討論というところで向山氏からサイクル図の提示。
授業後、子どもたちに社会科ノートを見せてもらった。環境問題について様々な情報を集めているノートだった。新聞記事や事典類の情報である。
どのように情報を蓄積させればよいかが少し見えてきた。
2 「社会科における基本的な授業の流れ」に学ぶ
向山洋一氏による「社会科における基本的な授業の流れ」が初めて示されたのは85年12月号の向山論文である。
まずは次のような学習活動をさせるのである。
1 ある限定された場面の写真・表・絵・実物などを示し、できる限り
多くの考えを発表させる。
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このときの発問は次の通り。
資料(写真、絵、グラフ等)を見て分かったこと、気がついたこと、思ったこ
とをノートに箇条書きにしなさい。
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まさしく子どもたちに情報を蓄積させる発問である。
次の学習活動は次の通り。
はじめは何をするのか全く見当もつかないことだった。いくつか授業記録を読んで多分次のような活動ではないかと推定した。
例えば「米作りのさかんな庄内平野」での学習。写真からたくさんの読みとった意見が出される。次のような指導で分類をする。
発問ア 出された意見で「米作りに関係する意見」はどれですか。
指示ア 番号を書きなさい。(発表させる)
発問イ 自分の書いた意見で「米作りに関係する意見」はどれですか。
指示イ ○をつけなさい。(発表させる)
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分類させたあと何をするのか。
3 分類したいくつかの課題に対して、それを確かめる授業をする。
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次のような指導を松本は行った。
指示ウ 「庄内平野は米作りが盛ん」らしいのですがその証拠を見つけなさい。
指示エ 証拠を見つけたら
ア「〜〜だから米作りが盛んである」
イ「米作りが盛んだから〜〜である」
という文にしなさい。
指示オ 一つ書けたら持ってきなさい。
指示カ 黒板に書きなさい。(→発表)
指示キ このような文を「仮説」仮の説と言います。
仮説の中から一つ選んで詳しく調べなさい。
発問ウ 調べるときにどのような方法で調べますか?
指示ク 調べる方法をノートに書きなさい。(発表させる)
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この後の指導の流れは次の通りである。
4 それ以外の課題を子供に調査させる。
5 調べたことを発表させ、討論させる。
6 「分かったこと」と「分からなかったこと」を確認する。
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向山氏の「社会科における基本的な授業の流れ」に学んだおかげで行き当たりばったりではない安定した社会科授業が実践できるようになった。
3 「向山型社会」を追うと決意した
2000年11月23日、向山型社会の全国大会。松本は実践発表をさせていただく。どのように向山型社会を追うかを3つのポイントをレポートに書いた。
ポイント1 追試するときはそっくりそのまま追試せよ。
2 まずは1枚の写真(絵)の読みとり授業からはじめよう。
3 問題づくりは内部情報蓄積・再構成の授業にも可能
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それぞれのポイントと松本の実践報告を示した。
ポイント1の「追試するときはそっくりそのまま追試すること。」は谷和樹氏の次の論文に学んでいる。
私たちが雪小モデルを追試するにあたって最も大切なのは、これを「そのまま正確に追試すること」である。「T0SS社会ネットワーク」(2000,10・1116)
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この主張は雪小モデルだけではなく向山型社会のにもあてはめることができるのだ。もちろんすべての向山実践にもあてはまる。
私たちが向山実践を追試するにあたって最も大切なのは、これを「そのまま正確に追試すること」なのである。
どこまで「正確に」追試し得たかはなはだ心許ないが「ペリー来航と開国」の授業(1998,4京都)の追試実践報告と「文明開化」の追試実践報告を示した。
どちらも知的好奇心に満ちた授業になった。
ポイント3は「 問題づくりは内部情報蓄積・再構成の授業にも可能」は1枚の絵や写真からたくさんの問題を作らせるという実践である。向山氏の「大造じいさんとがん401の問い」実践から学んだ。
次のように学級通信に授業記録を示した。
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1 黒船が来た時、日本の政治をしていた人々(幕府)の気持ち(反応)
は? 次のうちどれに近いと予想しますか? ( )内が予想人数
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A 黒船の意味そのものが分からない ( 0人)
B びっくりしておろおろするばかり (29人)
C すごいなあ。でも、まねして日本でも作ってしまえ ( 5人)
予想したわけをたずねました。
<Bのわけ>
「いくら日本の武士や政治家が勇気があっても大砲がずらっと並んでいる戦艦が来た のだからどうしていいかおろおろしただろう」
「いくら何でもいきなりこんな大きいのがやってきたらびっくりするに決まっている」
「日本の船の何倍も大きい黒船が4せきもきたらびっくりしておろおろするだろう」(黒船来航の絵を見ると日本の船と黒船の大きさの違いがよく分かる。)
「こんなでっかいふねがいきなり来たらだれでもびっくりする。私でもびっくりする」
「黒船は恐いしえらい政治家でも、もちろん私でもびっくりするから」
<Cのわけ>
「新しいめずらしい物はぜひとも手に入れたいだろうから。こういうすごい物は私で もまねしたいから」
「黒船にびっくりして、すごい!!と思って、これではこりゃぁ負けられへんと 思 って、よーーーーし作ってしまえとなったと思う」
「まねして作ればこっちにも黒船があるぞーーと言えるようになるから」
それぞれ自分の考えを色濃く出して理由づけているのでおもしろいですね。
2 では、実際に黒船に乗り込んで交渉に当たった幕府の役人はどうだったでし
ょうか。
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1の問題と同じように予想してもらいました。
A:1人 B:29人 C:4人
CにはAさんとBさんが加わりました。理由を聞いて多少考えが変わったのかも知れません。
3 ペリーが幕府に持ってきたみやげは何だったでしょうか。
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すでに調べているので知っています。
・動く蒸気機関車(1/4の大きさだけれど人を乗せて動く)
・モールス信号機(1〜2Km離れて実際にやってみせたらしい)
・地球儀(6の1にもあるが・・・・)
・顕微鏡
・図鑑
*C君によると全部で60種類ものみやげを持ち込んだらしい!!
4 これらのみやげは何のために持ってきたのでしょう。
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ノートに書いていくつか黒板に書いて発表してもらいました。( )内は支持人数。時間の関係で「気になる意見」に対して反論や質問の時間をとりませんでした。聞いてみたかったなぁ。
(1)アメリカの技術がすごいだろうと見せびらかせたい(16人)
<D君も見せびらかせたいタイプ?>
(2)自分の(ペリーの)国のすごさを見せるため(18人)
(3)力のすごさを自慢するため(21人)
(4)日本が遅れていることを分からせて開国させるため(35人)
(5)みやげで喜ばせて開国の話をうまく進めるため(15人)
(6)日本をうまくおとしいれ条約を結ぶため(29人)
(7)日本との文明の差を見せつけて開国させるため(35人)
(8)外国の文化を尊敬させるため(26人)
(9)日本を遅れているぞと馬鹿にするため(9人)
(10)日本の機嫌をとるため(24人)
(11)おみやげのお返しがほしかったから(16人)
5 ペリーは江戸湾の奥深くに黒船を動かし江戸の町並みをながめたといいま
す。ペリーの見た江戸の町並みはどんな様子だったでしょう。
150年前の町並みを予想してみて下さい。
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資料集や教科書の絵などから予想しています。絵にかいている人もありました。「江戸城が見えただろう」「民家が見えた」「1階建てだったのではないか」「店がいっぱい」「人もいっぱい」「かわら屋根の家がある」「いや、かわら屋根の家は余りなかったのではないか」「板やわかぶきの家が並んでいたと思う」
<かわら屋根の家々と予想:3人 かわら屋根の家々ではないと予想:32人>
「幕末の日本」という本にある当時の江戸市中の写真をみんなに見せました。
食い入るようにみてくれます。コピーを何枚か配りました。
「先生、瓦版屋さんみたい」との声。
『そりゃあ瓦がいっぱい写っているもん』と返事。
「もっと人がうじゃうじゃいて多いかなと思っていたけど意外にすっきり」
「瓦屋根の家が並んでいてびっくり」
「もっと家は少ないと思っていたけれど家がいっぱいでびっくり」
予想外に立派だと思った人:34人
予想通り : 0人
予想レベル以下 : 1人
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7 黒船に乗った幕府の役人の気持ちや考えたことを予想して下さい。
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次々と発表させる。「黒船は広いなぁ」「船にはめずらしい物がいっぱい。ほしいなぁ」「とにかく立派だ」「外は黒いけれど中は黒くないなぁ」「ぜひこの船を手に入れたいものだ」「日本でも作ってみたいなぁ」などなど。以下の展開を示す。
8 黒船に乗った役人は何かを残しています。何を残しているでしょう
(船の設計図)
9 もう一度聞きます。
A 黒船の意味そのものが分からなかったのか
B びっくりしておろおろするばかりなのか
C まねして作ってしまえなのか (全員がC)
10 堂々と交渉して作ってやろうと思ったわけです。
みやげにもらった蒸気機関車を何年後に作ることができたでしょうか。
鉄を使って、蒸気を出して、レールを敷いて、人を乗せて動かすのです。
11 黒船その物を作ったのは何年後でしょうか。
12 最初の軍艦を作ったのは次の年。何と1年後なのです。幕府の他に4つ
の藩で作っているのです。ペリー来航後翌年には蒸気機関車と黒船を作
った。私達先輩に対する感想を書いてみて下さい。
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向山型社会科にはまだまだ解明可能な実践が眠っている。ぜひ解明していきたい。