「百マス」計算では
       「できない子」を救えない
 
時間で追い立ててもできない子はできない。
がら空きのマス目を前にした涙を忘れない。
                      松本 俊樹

1 「百マス」は岸本裕史氏から聞いた
  今から20年近く前。新卒1年目。12月ごろだった。
組合の研修会で岸本裕史氏の講演を聴いた。
「基礎学力の付け方」「落ちこぼれをなくす実践」など歯切れのよい話だった。
 その中に「百マス計算」も「エレベーター計算」などとともに紹介された。

1・縦11マス、横11マスの表を作るだ
 け。手間がいらない。
2・1,2,・・0の数字をランダムに入
 れるだけ。毎日、問題が変わる。
3・計算力の伸びは時間で見える。
 
 以上のような内容だったと思う。
 大変新鮮に思い効果があるのだろうと思った松本はさっそく教室で試した。
 
2 集中するではないか
 当時6年生担任であった。
ろくな授業をしてなかったのだろう。
何か目新しい実践があればすぐに飛びついて教室で追試していた。
 岸本氏に教えてもらった「百マス」計算もさっそく追試した。
 まず、マス目を書かせる。
黒板に同じようにマス目を書いて見せて。
おそらくスムーズに行かなかったのだろう。
1,2,3の数字を入れるとなぜか10個の数字全部が入りきらない子があったと記憶している。
 「定規を使う」「表にする」といった基礎技能をしっかり身につけさせることができていなかったのだ。
 足りないマス目を付け加えさせ、教師の見本の通り一桁の数字を書き入れさせる。
「+」マークを左上のマスに書き入れて足しざんの説明をしたのだろう。
「縦の数字と横の数字を足して答えを書き入れます。」などと言って。
 「はじめ」の言葉でスタートさせた。
「こんな計算嫌や」と言うだろうかと懸念していたが
意外にも子どもたちは集中して取り組んでいるではないか。
それまでの松本の授業がどれだけダメだったかを物語っているのだが。
 4分過ぎだっただろうか。
算数が一番できる女の子が手を挙げる。
時間を告げて記録させた。
やがて堰を切ったように次々と手が挙がる。
松本は時間を言うだけ。
 先ほどの静けさとはがらりと変わり計算を終えた子ががやがやし始めた。
「静かにしなさい。」「まだやっている子がいるんです。」などと注意しただろう。
 10分たっても終わらない男子があった。
 しかし、当時の松本はさして気にはとめ得なかった。
「この百マスを繰り返せば出きるようになるだろう。」と。
 他に「10いくつ−1桁」「かけ算九九」も百マス計算させた。
 数分だが教室に集中を生んだ。
ただし、終わった子は相変わらず騒がしくなる。
「きちんと見直しをしなさい。」と注意したがさしたる効果はなかった。
 
3 効果は疑問
 松本の1年目、6年生での百マス実践はどのような効果があったのだろうか。

1 数分だが集中させることが出来た。
2 計算練習時間の確保は出来た。
3 時間短縮の子があった。
 
 当時の記録・データがないのでどの位の短縮だったか、
どのような取り組みだったかは定かではない。
 しかし、次のような事実は残った。

1 できる子はだんだんいい加減な数字
 を書くようになってきた。
2 計算の不得意な子はできないままだ
 った。
 
 なぜいい加減さが出てきたのか。
必要以上に時間を強調したからであろう。
したがって正確さにも乏しくなってきた。
ある時、児童の百マス計算の結果を集めて愕然としたときがあった。

まちがいだらけ
 
 十分に答え合わせをしてなかったから仕方がない。
時間に追われて間違って覚えた子は間違ったままだったのである。
 答え合わせをしないのはいかがなことかと思い答え合わせをしてみた。
 これが意外に時間がかかる。
何しろ100問の答えを読み上げなければならないのだ。
答え合わせ中にどの答えを言っているのか分からなくなる子も続出した。
前に100マスを示して答えを示しても分からなくなるようだった。
今思えば当然だ。
縦横10行もあり数字がランダムに並んであるのだから。
 すると答え合わせもいい加減になってくる。
間違っていても○をつけるという事例も出てきてしまった。
やがて答え合わせをしない時が多くなった。
何しろ膨大な時間を使うからだ。
 中にはずらっとまちがいを赤で書き加えている女子があった。
できない子ではないのにどうしてだろうと答え欄をよく見てみた。
すると1列間違って答えを記入していたのだ。
本人の計算力以外のところで「出来ない」事実をわざわざ作ってしまったことは後悔している。
 中には奇妙な答えの書き方をする子があった。
宿題にも出していたから親からの指摘で分かった。
「列を決めて計算せずに順に数字を書き入れているだけです。」と。
 言われて初めて納得した。
「このような決まりを見つけるのも大事です。」などといい加減な返事をしたように思う。
 百マス計算では計算の力がつかない事実を目の当たりにして松本は百マス計算を止めた。