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      名張事件第7次再審請求審
 
      再審開始決定(要旨)

                            (2005年4月5日、名古屋高等裁判所刑事第1部)

平成14年(お)第1号
                                        請求人 奥  西    勝
                 決定要旨

1 事件の内容
 本件は、昭和36年3月28日、三重県と奈良県の県境の村落の住民らで構成する団体三奈の会の総会後に行われた懇親会に出されたぶどう酒に毒物である有機燐テップ製剤が混入されており、それを飲んだ女性会員らが有機燐中毒を発症し、うち5名が死亡したという事件であり、殺人、殺人未遂事件として被告人が起訴された。第一審判決は証拠不十分として無罪としたが、控訴審で死刑が宣告され、上告棄却を経て確定した。

2 確定判決の有罪認定の根拠
 確定判決が被告人が犯人であると認定した根拠は、その判決内容及び第5次再審請求に対する特別抗告審決定を踏まえると、次のとおりであったと認められる。
 すなわち、(1)犯行の機会、場所に関する情況証拠として、本件の現場である公民館内から本件ぶどう酒瓶のものと認められる王冠(耳付き冠頭と四つ足替え栓)及び封緘紙の破片が発見されていること、その封緘紙の破片と瓶口に付着する封緘紙の破片の各形状から元は一体のものであったと認められること、開栓が2度された形跡がないことなどからすると、本件の毒物の混入されたのは、ぶどう酒が三奈の会の懇親会会場である公民館に持ち込まれた以後であり、公民館囲炉裏の間においてぶどう酒瓶が開栓されたときであったと認められ、したがって、本件犯行の実行が可能だったのは、三奈の会の総会が始まる前に請求人がただ一人公民館にいた10分間の機会以外にはなく、他の者には犯行可能性がなかったことが認められる。(2)現場で発見された四つ足替え栓(ぶどう酒瓶の二重王冠の内栓)の表面にある傷痕は請求人の歯の跡であると認められるという鑑定結果が確定判決での根拠とされていたところ、第5次再審請求で提出された新証拠としての新たな鑑定によりその証明力は大幅に減弱されたものの、請求人の歯の痕であったとして矛盾しないとの証明力を有している。(3)請求人の捜査段階における自白は信用できる。以上によって、請求人が犯人であることにつき合理的な疑いを入れる余地がないとされたものである。

3 新証拠および新旧証拠の総合評価
 本請求の新証拠は、次のとおりであり、刑訴法435条6号の新規定が認められるところ、新旧全証拠を総合評価した結果、次のような疑問が生じている。

(1)偽装的な開栓方法と犯行の機会
 弁護人らにおいて、本件ぶどう酒の耳付き冠頭、四つ足開栓、封緘紙について、証拠物の観察、分析及び当時のデータを基にして複製をし、これらを用いて開栓実験をした結果、その開け方によっては、封緘紙を全く破損することなく開栓することができ、その後閉栓することにより、外見上元どおりの状態にしておくような偽装的な方法による開栓が可能であることが判明し、実験の報告書及びその状況を収録したビデオが提出された。
 この新証拠を含めて新旧全証拠を再検討すると、毒物混入のための開栓時封緘紙が破れたことを前提にして、封緘紙の破片の発見場所を根拠に毒物混入の場所を特定することはできないこととなり、本件ぶどう酒が公民館囲炉裏の間に持ち込まれる以前に毒物混入が行われた可能性も生じている。すなわち、ぶどう酒が三奈の会会長宅に届られた時点から、同宅での保管を経て、請求人が公民館に運ぶまでの時間帯においても、何者かによる毒物混入の機会があった可能性があることになる。そのため、ぶどう酒が届いた時刻に関して新旧全証拠の再検討が必要となった。その検討の結果は、ぶどう酒が三奈の会会長宅に届いた時刻は請求人が公民館に運ぶ直前ではなく、その1時間以上前であり、その間にも何者かによる犯行の機会があったという疑いが生じている。その一方で、本件では他のものに毒物を入手する可能性がなかったとの立証は十分に行われていない。したがって、時間的な犯行の機会としても、毒物を入手する可能性という手段としても、他の者による犯行可能性が否定できないこととなっている。

(2)四つ足替え栓の証拠物としての特定性
 本件事件の発生後、公民館の四畳半の間で発見された四つ足替え栓の足は1本が極端に曲がっているが、新証拠として提出された、この形状原因を解析した塑性力学の専門家である石川孝司作成の鑑定書等によれば、その曲がりは人の歯によって形成されたものではなく、替栓が瓶口に固定されている状態のまま栓抜きのような平らな物が横から当てられた場合に形成されることが判明した。
 この新証拠を含めて新旧全証拠を再検討すると、本件ぶどう酒に装着されていた四つ足替栓にはそのようなものによる力が加えられた証拠はなく、替栓の内側の色、古さ、発見場所等旧証拠から認定される事実からも、本件の証拠物である四つ足替栓は本件ぶどう酒瓶のものではなかった疑いが生じている。したがって四つ足替栓の痕跡が被告人の歯によるとしても矛盾しないとの証明力を有していたとされる鑑定書は、その前提が揺らいでおり、歯で開けたという請求人の自白を補強する意味は大幅に失われた。

(3)本件毒物の特定
 本件の毒物は、ぶどう酒の飲み残りを検体として実施されたペーパークロマトグラフ試験による鑑定の結果、テップ(テトラエチルピロホスフェート)が検出されたため、有機燐テップ製剤であると特定された。当時の有機燐テップ製剤には数種類があったところ、ニッカリンTには、その特有な製造方法から必然的に含有されることとなる成分(トリエチルピロホスフェート)があり、同試験で対象物として検体と同様の処理を経て検査され、比較対照されたニッカリンTの試験結果にはその成分が検出されている。しかし、検体からはそれが検出されていなかった。当時の研究者は、その原因を加水分解したためと推測していた。しかし、新証拠として提出された有機化合物の研究者である宮川恒及び佐々木満作成の各鑑定書等によれば、当該成分(トリエチルピロホスフェート)の加水分解速度はテップのそれよりもかなり遅いことが分かった。このため、本件の毒物がニッカリンTであったならば、テップが検出される以上は当該成分が当然に検出されるはずであって、加水分解により検出されなくなるということはまずあり得ないといえる。したがって、本件の毒物は、ニッカリンTではなかった疑いが生じている。この点は、請求人がニッカリンTを所持していた事実は請求人を犯人と推認する意味を弱めるとともに、請求人の自白についても客観的事実と相反する疑いを強めている。

4 自白の信用性の再評価
 これらの新証拠を含めて、新旧全証拠を総合評価によって、請求人の捜査段階の自白の信用性を再検討すると、自白には、ぶどう酒瓶を開栓した方法や、ニッカリンTを使用したことなど客観的事実に反する疑いがあり、犯行の機会の特定などの重要な点を含む多くの事項について合理的な理由のない不自然な変遷があり、赤色に着色されたニッカリンTを使用することについての不安、前夜の準備の際に来客があったことなど、真犯人であれば当然言及したはずであると思われる事項に関する供述がないことが目立ち、内容的にも動機、準備、実行、事後の行為の全部にわたって不自然、不合理な点が多く、したがって、自白の信用性には重大な疑問がある。

5 結論
 したがって、情況証拠からは請求人が犯人であるとの推認はできず、自白の信用性には重大な疑問があるから、確定判決の有罪認定は、新証拠を加えることによって、合理的な疑いが生じているというべきであり、したがって、これらの新証拠が確定裁判における審理において提出されていたならば無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠に該当するというべきであり、本件については、刑事訴訟法435条6号の事由がある場合に該当するから、本件につき再審を開始すべきである。

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