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沈黙のタクト

振ると頭の中に曲が聴こえてくる不思議なタクト(指揮棒)
思いを込めて振ったならば、周りにいる人にも聴こえてくると言われています。
魔力もないごく普通のタクトなのに、なぜ、このようなことが起こるのかは未だに解明されていませんが、このタクトには次のような話が伝えられています。

新王国期が始まってまもない頃、とある王国で建国XX周年を記念する1つのイベントが開催されました。
そのイベントでコンサ−トを行うため、ある楽団の一行が王国に向かっていましたが、王国まであとわずかと言うところで強盗団に襲われ、彼等は無惨にも殺されてしまいました。

ところが、楽団の一行で唯一人、この災難を逃れたものがいました。
楽団の指揮者をつとめる彼は、体調不良のため直前の村で一人療養したために、一行と行動を共にしていなかったのです。
一日遅れで村をでた彼は、街道に横たわる仲間の死体を目撃するのでした。

そんな彼にも、強盗団の魔の手は伸びて来ますが、なんとか王国の城門まで辿り着きました。
一人しかいないことを不思議に思った衛視が彼にたずねます。
「音楽団と聞いていたが、あとの人間はどこにいるんだい?」
彼は答えます。
「僕一人、遅れてでたのですが、どうやら途中で追い越してしまったみたいですね。
 大丈夫、すぐにあとから来ますよ。」

楽団の一向が到着しないまま、慌ただしくイベントの準備は進められて行きます。
開演の時刻、幕が上がり舞台の上にいたのは指揮者一人でした。
ざわめく観客に向い、一礼をした後、彼はおもむろにタクトを振り始めたのです。

「なんだ?」「なにが起こったんだ?」「あいつは何をしている?」「あいつはばかか?」
とまどい、罵声、怒号が飛び交う中、それでも彼は黙々とタクトを振り続けました。

やがて、彼の動作が第二楽章の始まりを告げる頃、観客達の耳に微かに音が聴こえて来たのです。はじめはほんとうに微かに、そして、それはしだいに大きくなり、観客の耳に、頭に、心に響いて来ました。
とても美しく、荘厳で、そして、どこかもの悲しい組曲の調が

その曲が終わりを告げると、観客は皆立ち上がり、感涙するものもいました。
彼はふたたび観客に一礼をすると、静かにタクトをその場に置き、そして、ゆっくりと消えて行きました。
穏やかな微笑みを残して・・・


−−名も無き国の、名も無き指揮者の、静かなるタクトの物語−−
          ~fin~