寮の一室、消灯前の自習時間に、若島津が頬杖をついて突然に言い出した。
 
「日向は俺のどこが好きなのかなあ…」
「ああっ? 何だそれ」
「あ、ごめん。言い直す。……俺は日向のどこがいいのかなあ」
「言い直された方が余計にムカつくってーか、逆になってんぞ」
「逆? 同じつもりなんだけど」
 それで日向にも何となく若島津の言いたい事が分かった。学習机に斜めに座ってる若島津の傍まで近寄り、わざわざ顔を覗き込む。
「こういうハナシか?」
「こういうって言うか、──うーん。まあ、そんな感じの範疇ではあるハナシか」
 ここまで顔を寄せても若島津は目を閉じないし、視線すら合わせなかったので、キスはしないで仕方なく日向は体を起こした。
「何でまたいきなりンなこと」
「いや、だって俺らって一応不自由はしてないじゃん? その気になったら相手はいくらでも居そうだし」
「特にお前はな!」
「日向もだと思うよー。言い出せないコが多いだけで」
 言い出さなくていいです。あれはあれでコワいから。本気で思って、日向はため息で若島津の机に腰を引っ掛けた。
「結局、お前は何が言いてぇわけ?」
「うーん。…俺は何をどうしたくて、日向とこんなことになっちゃったのかなあと、たまに不思議になんだよね…」
 うーん。それこそ、そんなことを言われるとこっちも困る。日向はつられて、腕を組んで自分も首をかしげた。
「したかったからとしか…」
「ケダモノっぽいなあ」
「そもそもやってることがケダモノ系だろ」
 無理に理屈をくっつけてもなあ。『なぜに同性の幼馴染みを押し倒したか?』と訊かれたら、『したかったから』『好きだったから』としか日向には答えられない。他の答えがあるとも思えない。
「ホント不思議なんだよ。日向、根っからホモってんじゃないよなあ?」
「殴るぞ」
「殴られるとこなの、これ」
「お前、じゃあ自分がホモだから手近なとこで俺とヤるのかよ」
「その発想はイヤだな」
「だろ?」
「だな。そっか」
 
 その時、日向の頭には結論めいたものが閃いた。だが口にする前に赤面した。これは…さすがにちょっと自分からは口に出せない。発想が乙女っぽくて、自分で自分がいたたまれない。
 なのに若島津ときたら、
「運命の相手だったりして」
「──ああッ!?」
「あれ、ダメ? どこで会ってもさ、どんな状況でもさ、最後には日向って決まってたんだったりして。それだったら俺もしょーがないと思えるかな」
「しょうがないって、…お前な…」
 微妙に失礼な言い回しだ。だけどその前半部分はちょっといいなと思った。どこで会っても。どんな時でも。たった一人の人間が決まっているなら。
「じゃ、俺らすげぇラッキーじゃん」
「ラッキー?」
「最初っから会えてさ。寄り道ナシで最初から、お前と一緒だったしこの先も、…」
 あ、ヤバい。また赤面入ってしまった。日向は思わず口許を掌で覆って視線を逸らした。
「最後まで言いマショー」
「何で俺ばっかなんだよ、いつも…っ」
「いつも?」
「いつも、俺から言ってんじゃねえかよ! ズリぃぞ!」
 ああ、だって。と、楽しそうに若島津は下から日向の顔を覗いて笑った。
「言われたいんだもん」
「もん、じゃねえよ『もん』じゃ! 何ブってんだよ、こういう時だけ!」
「こういう時にしなくていつするんだよ、日向も矛盾してるなあ」
 
 このヤロウ。いっそ胸倉掴んで押し倒してやろうかと考えたら、逆の事をされたので日向は真剣に驚いた。いきなり立ち上がった若島津は勢いつけて、日向の胸元を掴んで体勢を入れ換え、日向を背中から机に押し倒した。
「イテ、馬鹿! 足、俺の足が、椅子に…ッ」
「あ、ゴメン」
 捻られそうに右足と絡んだ椅子を、若島津は踵でコンと蹴って脇によけた。
「何やってんだよ、お前はッ」
「可愛いのは日向がヤだっつーからさ」
「だからってここまで極端から極端に走るなよ!」
「もー、ワガママだなー」
 どっちがだ。とは、日向は口には出来なかった。若島津がドアップで迫ってきたからだ。見慣れた顔のつもりだったが、真顔になるとやはり迫力のある二枚目だった。ギリギリまで日向が目を閉じなかったら、今度は頬をつねられた。
「テッ」
「目ぇ閉じろよ!」
「…珍しくてもったいない」
「……もっと珍しくしてもいいけど」
「ハイ、すいません」
 海老反り体勢で背中が痛ぇ。でもやっぱりもったいないのでそこは我慢。日向はそろそろと足を伸ばして姿勢を整えながら、体を支えていた腕の一本の力を抜いて、若島津の首の後ろにまで何とか回した。
 
「……、…だろ?」
「…バーカ…」
 
 もし、運命が違う人を自分にあてがっても。
 大丈夫、神様をぶっ飛ばしてでも運命をねじ曲げてでも探しに行くから。
 




















若島津は猫気質だという事を主張してみたかった1本。
日向が微妙にヘタレてるのは当社デフォルト設定です!(えー…/泣)

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