「なーなー、こたつ欲しー、こたつー!」
「反対。ゼッテー反対」
「なんで」
「狭ぇから」
「狭くてもいいじゃん」
「よくねぇわ!!」

 これで何度目か分からない言い争いに、何度目か分からない同じオチで日向は吐き捨てた。
「なーんでだろ。日向ってそういう和風?、な風物詩好きそうなのになあ…」
 二段ベッドの上段、顎を柵に乗っけるようにして若島津はボヤく。
「それ以前の問題で、部屋がこれ以上せせっこましくなんの嫌なの俺は!」
 上から降ってくる視線を避けて、日向は勉強机に向かい直した。さて、とさっきまで見ていたはずの教科書に引いたマーカーのラインを目で探す。えーとどこまでチェックしたんだったかな…。
「けちー。日向のけちー」
「ああ? 何がケチだよ、知らねえよ。ったく、何百回言わせりゃ気が済むんだ…」
「そんなら俺が何千回頼めば日向は折れてくれるんだろうか」
「折れねえし」
 ギシッ、と音がして後ろの二段ベッドから若島津が起き上がる気配がした。そして起き上がるだけならともかく、梯子を踏んで床に降り立つ気配もした。嫌な予感。日向は慌ててまた椅子をそちらに向けた。
「待った! 色仕掛け禁止ッ!」
「………チッ」
 どこまでマジだったんだか、若島津は舌打ちで前髪をかき上げた。
「いいと思うんだけどなあ。こたつでミカン。こたつで宿題。こたつでうたた寝…」
 その最後のがヤバいんだっつーの。朝練以外、寝起きがサイテーに悪い若島津を毎日いちいち起こしてベッドに追いやるこっちの身にもなってみろ。おまけにそんな時の方が、無闇に色気ダダ漏れになるくせしやがって。──とは日向は言わなかった。言ったら殴られそうだと本気で思った。

 最近、少し若島津が扱いづらくなってきた気がする最大の要因。おそらく奴は『色仕掛け』という卑怯な技が日向に通じる事に気が付いた。まっこと卑怯極まれる戦法なり。
 そんなんが通じちゃう自分が最悪なのはこの際こっちへ置いて(置かせてくれい!)、全勝ほどの割合はなくともこれは困る。友人関係とレンアイカンケーがごちゃ混ぜで生活する中、変な弱味を握られちゃったよという感じ。

「若島津、…お前さあ」
「なに」
「なんか要求通してぇ時だけ絡むの、ズルくねえ?」
「絡む?」
 一瞬、言葉の意図が通じなかったらしい。ちょっと考え、ああそっち方面のか、という顔で若島津は日向の机の端に手を付いた。
「分っかんないよー、本気かもよー」
「今のは違うだろ!」
「ああ今のは…違うけど。うん、違うけどさ……」
 喋ってる内になぜか若島津は顔を背けた。あれ、と日向はその横顔を見ている内に思った。
 あれ? て事は、本気で日向とジャレたい(註・『そっち方面』で)時もあったわけか? 若島津から積極的に?
「お前、分かりにくいなあ…」
「そっちが察しが悪ィんじゃねーのっ」
 そうか? そうかなあ。この手の問題においては、若島津の全部チャカした態度がイカンのではないかなあ。

 日向が向き直って「ほいよ」と手を広げると、いかにも不承不承と顔にデカく書きながら、若島津は日向の片膝の上に腰を引っ掛けた。
「バランス悪ィな、ちゃんと乗れよ」
「んなバカップルみたいな体勢、ヤに決まってる」
「この時点でもうバカップルなんだよッ」
 半端に変なゴネ方しやがってもー。
 ───色仕掛けと『本気』の区別。
 分からねぇよ、分かるわけねえよ。たとえばお前が無自覚の時にだって、俺はけっこー簡単にノックアウトくらえるんだから。
「……、も、いいよ」
 なんだか居たたまれなさそうに、若島津は日向の膝の上で俯いてしまった。何が「もういい」なのかすらも分からない。なので日向は勝手に解釈させて頂く事にした。
 前髪で隠そうとする目許を下から覗き込み、避けようとする顔を手を伸ばして押さえ込み、まずは唇がちょっと掠るぐらいの軽いキス。
 がっつりキスするより、こちらの方がどうしてだか恥ずかしい。若島津もそう思ったらしい。カーッと耳の後ろまで赤くなった。
「も、ホントに……バカじゃねえの!」
「俺が? お前が?」
「どっちもだよ、バカ!」
 怒鳴る唇をわざと舐める。ますます若島津は赤くなって、日向の頭に握りこぶしをゴツッ、と落とした。








08.12?
バカ二人。(冒頭、少し台詞を直しました)
 

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