全国大会、準決勝。
 後半途中で日向は派手に出血した。相手DFのスライディングが後ろから左足に入って(もちろんそのDFはイエローどころではなく一発退場くらった)、顔面から地面に激突の勢いですっ転んで、顔をすり剥いたのはともかく左の脹ら脛に裂傷を負った。
 幸い、神経や筋肉を傷つけてはいないようだった。応急処置の血止めだけして、すぐに日向は戦線に復帰した。その後に島野のアシストから日向のヘッドでさらに1点追加、3-1で試合は終了。

「くっそ、大会無失点狙ってたのになあ…」
 ロッカールームで荷物をバッグに詰め込みながら愚痴る若島津に、先輩MFがハイテンションのまま軽く蹴りを入れた。
「上出来上出来ッ あのコーナーはお前のせいじゃねえって!」
 そうは言われてもなんか納得出来ない。でもここで不満を口にすると別の先輩を責める形になりそうなので、「うー、…っすねー」と若島津は半端に言葉を濁した。
「おーい、サッサと片付けて全員退室! バス待ってんぞ!」
 コーチが手を叩いて皆を急かす。まだ浮かれムードが多少は続くロッカールームは、その声で一気に人数を減らし始める。
 あれ、日向はどうしたかな。
 思って若島津は振り返った。さっきまで日向は傷の手当てを受け直していた。シャワー浴びれたのかな、んでもって一人で荷物の片付け出来たんかな。
 怪我したのは足なんだから、まぁ冷静に考えれば荷物を詰めるのにさほど支障はない。はずだ。が、さっきから全然声がしないし、かと言って日向が若島津を置いて一人で出て行くとも考えにくいし(!)、負け試合でもないのにあいつ静かになって何やってんの。
「……ひゅーがあ?」
 居た。居るには居た。自分のオープンロッカーの前に腰掛けて。
 髪は濡れそぼったままで、バスタオルも頭に被ったままで、日向はシャワーから出たばかりのようだった。着替えたジャージのズボンは左足だけ膝までまくり上げられ、止血帯でぐるぐる巻きにされていた。
「なに。痛ぇの?」
 近付いて行って若島津は尋ねた。
「んー…。痛ぇは痛ぇ。そんなでもねえ」
「どっちだよ」
 てか、お前早く仕度を終わらせろよ。いくら治療で時間くったからって、お前が実質最後になってるよ。
 自分のバッグを日向の足許の床にバフン!と落として、とりあえず若島津は日向のバッグにまだ出しっぱなしのシューズやら何やらを突っ込んでやる。
「おつかれーっす!」
「先しつれいしまーっス!」
 後ろを下級生が通り過ぎて行く。見回すと慌てて荷物をまとめているメンバーが後二人。このままだとマジでバスを待たせかねない。なのに日向が動く気配を見せないもんだから、
「日向ってば、オイ!」
 思わず若島津は怒鳴り付けた。
 と、頭に被ったタオルを目深に、俯いた日向がちょっと笑った。
「……?」
「いてぇ」
「え、ヤバい感じ!?」
「でもない。───けど、痛ぇ。すげぇおかしい」
「はあー?」
 傍らに片膝をついた姿勢で、若島津は間抜けに口を開けて日向を見上げた。
「なにお前、……頭も打った!?」
「ちっげーよ、バカ」
 日向は前屈みに、無事な方の右足で若島津の膝を軽くこづいた。
 そんな、バカってナニさ。いやもう、本当にこいつが何を言いたいのか理解出来ない。
「俺さあ。すげー転んでるよな」
「…あ? ……はい?」
「転んでるよな。フツーに生きてたら考えらんねぇくらいの数、毎回毎回突っ転ばされてるよな。土だったら口ん中まで入るし、あれ最低マジぃし、芝ん時でも食っちゃったりするしよ。今日のなんか、マジでぶん殴ってやろうかと思った。顔面から落ちたからなアレ」
「えーと、…そこで殴らなかった事は評価する」
「しねぇよ」
 日向のドリブル切り返しとスピードはかなり、凄い。テクニックってんでなく、なんかもうとにかく迫力とスピード勝負なとこが見てて凄い。
 あれを止めに行くには少々のラフプレーも致し方なしという気分に確かになる。実際、焦ったDFが無茶な当たり方で来る事が圧倒的に多くて、倒された日向がFKを取る場面も結構あった。それはそれでひとつの戦術の形になってもいる。
「この先もさぁ、転ぶんだろうな」
「………」
「俺、何度でも倒されて転ぶんだろうなあ。サッカーやってる限り、もうずっとさ。生きてる内に何度くらい転ぶんだろうなって、それが笑えるっつーか、すげぇって思った。我ながら」
 ───何回くらい。
 日向は倒されて、転んで、芝に身体を打ち付けるんだろう?
 考えた事もなかった。変な事をいきなり言い出す奴だなあと若島津は少し呆れた。
 でもこうも考えた。その同じ数だけこいつは立ち上がって、また走ってきた。何度でも。何度でも、日向。そして俺は全部それを見てきた。お前の後ろでずっと見てきた。何度突き転ばされても立ち上がって走るお前を。
 100回倒れたら100回、1000回倒れたら1000回、必ず立ち上がるお前の背中を。

 若島津は自分のバッグの一番上に突っ込んであったタオルを引っ張り出し、日向と同じように頭に被って立ち上がった。なんだ?、という顔で日向がこちらを見上げる。その頬には消毒されたばかりの擦り傷がある。
 若島津は答えずに無言のまま腰を折り、日向の顔へ覆い被さるように自分の顔を近付けた。
 二枚分のタオルで隠された中で軽いキス。一瞬だけの静かなキス。
 理屈なんかない。とにかくその時はそうしたかった。宿舎までの1時間弱なんて我慢しきれず、突発的にそうしたかった。

「まーアレだ、倒されまくるってのはボディバランスが悪いからっしょ。上半身、鍛えれば済む話じゃねえの」
「──るせぇ、バカ」
 日向は立ち上がりながら若島津の首元にぶら下がるタオルを掴み、それを若島津の顔に押し付けた。
「ぶっ ちょっ、」
「オラ、グズグズしてんな。行くぞ」
「お前なァ! 俺が待っててやったんだよ!」
 若島津が荷物を詰め込んでやったバッグを、ひょいと日向は肩にかける。そして若島津の脇を通り過ぎ間際に、何気ない仕種で若島津の髪を一房掬った。
 すぐに指は髪から離れてしまう。そのまま日向は振り返りもせず戸口にスタスタと歩いて行く。左足は引きずっていない。痛くないはずはもちろんないのに、そんな表情を日向が見せる事は滅多にない。
 ───でも、見てるよ。
 今までもずっと見てきた、これからも俺はずっと見てる。

「おいッ、電気消すぞ!」
 気付くと最後の一人は思いっきり自分になっていた。若島津はため息でバッグを肩に担ぎ直した。
 明後日。冬の高校サッカー全国大会、決勝。
 晴れるといいなあ、馬鹿みたいに晴れるといい。冷たい風が雲を全部吹き散らして、国立競技場の上は真っ青に晴れ渡るといい。

 思いながら、若島津は電気の消えたロッカールームの扉を閉じた。











09.01
いつもの人達。学年は2年生で。何だか珍しくちゃんとサッカーやってます。

今回は若島津さん、ちょっとだけ日向を甘やかし過ぎ……? というか、どんだけ私は高校サッカーに夢持ってんのかと!(日向の怪我自体は本当に大した事ないので、決勝には包帯付きでも出場する予定)

インスパイア元はもちろん、日テレ系高校サッカー特番『最後のロッカールーム』特集です。あれは毎年必ず泣かされるー。
 

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