「ヤバい、お前面白いよ、面白すぎだよ!!」
「ええっ!? 何でっ」
 
 談話室に入って来ながら反町と若島津が騒いでいる。爆笑しているのは反町で、そのシャツの胸元を握りながら若島津が「じゃ説明しろよー!」と叫んでいる。
「うるせえ」
 日向はソファの背に腕をかけてふんぞり返りつつ(別に偉そうにしているわけではなく、たまたま伸びをしながらその姿勢を取った瞬間だった)、二人を振り返って端的な台詞を投げ付けた。
「ぎゃあぎゃあ騒ぎながら入ってくんな」
「あ、日向聞いて聞いてッ 若島津がすげぇ勘違いをー!」
「反町ィ! 先に俺に説明しろってば!」
「───だからうるせぇんだよお前らッ!」
 ちょっとカオスる。
「もー、何がだよ。今度はどんな勘違いをやらかしたんだよ…」
 若島津のやらかす勘違い。
 実は昔から結構、色々ある。変に納得したくなるようなものから、『斜め』どころではなく90度直角の勢いで曲がってるのまで。(若島津は過去、『記者会見』というのを『帰社会見』と勘違いしていて、「自社(もしくはそれに準ずる施設。首相官邸とか)にわざわざ戻って行う会見」というように思い込んでいた)
 半端に説明がついてて、本人の中ではうまく組み上がってるだけに始末に悪い。が、繰り返すとあくまでそれらは『半端に』である。聞けば聞くほど突っ込みは盛大にしたくなる。
 
「今年、逆チョコって流行ってるじゃん」
「あー、あるな」
 マスコミやお菓子業界なんやらが頑張って喧伝してますねと。
「あれをさ、『嫌いな相手に渡すチョコ』ってこいつ勘違いしてたっぽいんだよねー」
「……はあっ?」
「え、だから違うの!? 他にどこが逆、何が逆になんのよ!?」
 す。
 ───すげー。
 率直に感心して日向は身体を起こした。
「その発想はなかったわ……」
「だろ!? おっかしいよなァこいつ!」
 若島津が時々おかしい(突拍子もない)のは今に始まった事ではないにしろ、
「だって…流行んねぇだろ。それどう考えても」
「だよな、チョコレート会社が気合い入れて広めまくる意味が全然ねぇよな」
「わっかんねえよっ? 意外と需要があるかもよ!」
 引っ込み付かない若島津が言い返す。
「いや、どう考えてもムチャだろ」
「どんな状態で発動すんだよ」
 日向と反町も思わず二人がかりで言い返す。
 えーと、と若島津は口ごもりながら、思案しいしい自説を展開。
「えーと…だから…迷惑な相手にコクられた時の返事とか? たとえばもう別れたいなーと思ってるカップルとか夫婦とかが…関係終了の合図にチョコを…渡したり……渡されたり」
「アタシ達これで終わりにしましょう的に?」
「あ、そうそう」
 真顔で頷く若島津に、反町はやっぱりこらえ切れずに吹き出した。
「お、おもしれぇ!」
「流行んねぇわなあ、確実に」
「───分かったよ分かりましたよ! 俺が間違ってるのはもう分かったから! で、結局なんだよ逆チョコってのはッ」
 またイラッときたらしい若島津が反町の胸元を掴み上げる。反町は目に涙を浮かべそうにヒーヒー笑い転げている。日向は変に疲れた気持ちでソファの肘置きに突っ伏した。
 
 
「その発想はなかったわ……」
「まだ言うか、キサマ」
 自室に帰って、明日の時間割もとりあえず準備終わって、今は就寝直前のなごやかタイム。…のハズが、日向はさっきの談話室のインパクトを未だ引きずっていた。
「日向、しつっけえよ!」
 いや本気で驚いたのよ。そして先週からのモヤモヤがやっと晴れたのよ。あー、どうりでねー。あん時の若島津の反応が妙だったわけだよねー、と。
「お前、念のため確認すっけど、ずっとあれを勘違いしてたんだよな?」
「……う。まあ」
「こないだ俺が話した時も?」
「ハイハイ、今日の今日までカンペキに勘違いしてましたともッ」
 先週。日向は何気なーく話題を振ったのだ。お前、俺にチョコとかくれちゃったりする気あんの?、みたいに。そんで「だからってコレ催促してるわけじゃねーし、お前を女扱いしてんでもないからな!」という意味合いを込めて(ベッドでは女役振っちゃってるけどさ…)慌てて最後に言い足した。「何なら俺からお前に渡しても別にいいけどなー。今年は逆チョコってのもあるからさー。あれならどっちから渡してもフェアだよなあ?」なんつって。
 その時、若島津は動きを止めた。しばらく口を開きかけの姿勢のまま止まった後で、日向を見て、また何か言いかけて止まり、「そっか」と呟いたきり終わってしまった。
 アハハハハ。
 そりゃー、──…止まるわな。
 つか、止まってくれてよかった。その勘違いの状態で、「あ、じゃあ俺からも逆チョコね!」と元気よく納得されてもすげぇ困る。何はともあれ、ショック受けててくれないと俺の立つ瀬も泳ぐ瀬もない。
「もしかして今週、それでお前態度ビミョーだった?」
「微妙っつか、…微妙っつうかさ? 言いたい事あんならハッキリ言えとは思ってたよ」
「なんだ、言いたい事って」
「えー、だからー…」
 イヤッそーに若島津は顔を逸らした。でも次の言葉を日向が大人しくいつまでも待ってるので、
「だから日向がー、他にコクりたい子が出来たからー、俺とのこーいう…なんつーのかな、セフレっぽいのを解消したいのかなーとかー…」
「待てこら、セフレってなんじゃい!」
「え? セックスフレンド、の略でしょ」
「意味訊いてんじゃねーよ!!」
「うるせぇな叫ぶなよ!!」
 吐き捨て、まだ寝巻きに着替えてないクセに若島津は梯子を上って自分のベッドに逃げようとする。慌てて日向は下からその足首を引っ掴んでストップをかけた。
「お前なあ! 今さらセフレだの何だの言うかあ!?」
「言いたくて言ってんじゃないし!」
「じゃ簡単に口にすんな! 今、ホンッキで俺はムカついたぞ!」
 蹴り飛ばされるかと少し身構えたのに、若島津は足を掴まれたままなぜか梯子に顔を伏せた。
「……ムカつくのはこっちだっつーの………」
「ああっ!?」
「あんな軽く言われたらさ!? 俺に他にどう取れってんだよ! 本気で言い返したらバカみてぇじゃねえかよ。俺だけ本気みたいで、…バカみてぇじゃねえかよ…!」
 ───や、だから。
 それ最初からお前の勘違いだから。
 そこを突っ込んでやろうかと思ったが日向はやめた。つまり、何だその、ちょっと若島津のその「ヘコみ加減」が可愛いなー、とか…思っちゃったもので。おまけにうっかり顔がニヤけた。何だお前、ちゃんと俺の事好きなんじゃーん、みたいな感じ!?
 ので、自分も大概にヘタレと言うか、こいつに甘いなあと思いながら「ごめん」と謝った。
「……。も、いい」
「スネんなよ」
「スネてねえよ!」
「分かったから機嫌直せって」
 ぐいと握った裸の足首を強く引っ張る。一瞬コケかけながら、渋々と若島津は梯子を降りてきた。そこを全身でとっ捕まえて盛大にハグ。
「チョコ、やるからさ」
「あー、…逆チョコ?」
「正しい意味での逆チョコな」
「ちゃんと買いに行けよ? てめぇが貰ったの横流しすんなよ? コンビニじゃなくデパ地下かなんかの高価いの寄越せよ? プランドもん以外は不可にすっからな?」
「何でそんないきなりハードル上げてんだよ!」
 だって、と若島津は日向の肩に顔を埋めたまま笑って言った。
「───高価ぇだろ、俺」
 復活。意味不明なまでにタカビーなお猫様が復活しとる。
 ま、お前はそのぐらいがいいよと、反論はせずに日向も笑った。
 半分は冗談なんだろうが、いいっすよ、バス代使ってデパートでも何でも行ってやるよ。死ぬほど恥ずかしいのを承知でフェミニンな売り場に一人突入かましてやるよ。
 てめぇ、当日驚け。俺の本気を舐めんなよ。

















09.02
14日を過ぎた後でアップするバレンタインデーネタ。
台詞と比べて地の文がいつもより少ないのは急いで書いたからです……。

そして若島津は小学生の頃、「汚職事件」を「お食事券」だと思っていた事があるハズです。「赤い靴履いてた女の子」は「ニンジンさんに連れられて行っちゃった」と思ってたりとか。

───私にも頑張れば甘系時事ネタ書けるんだ!(誰への宣言)
 

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