高校生ともなると[道徳]の時間なんてのは睡眠学習の一環ですかってなもんで(だいたい課目にこれがあるって高校自体が珍しいんじゃなかろーか)、特に運動部員はグダグダに寝こけているケースがほとんどだ。それをモグラ叩きよろしく担任が出席簿で叩いて回る。叩かれたことがないサッカー部員は皆無に近い。
 本日、お題は禁止薬物うんぬんとか未成年煙草ナントカとか、まぁとにかくそーいったテーマで映画上映。大事は大事なのかもしれんが、さらさら自分ごとと思えず若島津の瞼は重い。しかも今どきフィルムで体育館まで使い、学年合同での上映なんですよこれが。必然的に全ての高窓のカーテンは厚く閉ざされ、暗がりの中で「さあ寝ろ!」と言わんばかりのシチュエーション…。
「……若島津!」
 横から日向につつかれる。
「お前、アタマ泳いでる泳いでる…!」
「んー…」
 パイプ椅子の上、腕組みのまま落ちかけていた体勢を慌てて直す。別クラスの日向が隣に居るのは、勝手に奴がそこに陣取ったから。
 クラスごとに縦に出席簿順で並ぶ以上、常に若島津は最後尾付近を居場所とする。隣のクラスの「ハ行」の日向は、まともに座れば若島津の三人ほど前の斜めに位置するはずだが、気付けばなぜか隣に座ってた。どうやら「和田」サンと勝手に席を交替しちゃって来たらしい。
 ちなみに女子と男子は交互に列を作るので、日向の今いる場所は女子の位置。本来、そこは女子の数が男子より一人足りずに空席になる。つまり正しくは、日向は「後ろに三人分、横に一人分」をズレてそこをキープしていることになる。
 こいつ何しに来たんだ。
 と最初は思った。だが、若島津は途中で気付いた。ああ要は俺、日向に心配されちゃってるわけですねー…。
 何で心配なんかされてるかと言えば、もちろん遠因が日向にあるからに他ならない。腰が痛ぇんだよ、今日の俺は腰が。おまけに眠いんですよ。頭起こしてるのもシンドいぜってくらい眠いんですよ。パイプ椅子に長時間座るにはサイッテーの条件です。
 ここで若島津が自覚していないのは、実は「眠い」んではなく「軽く貧血気味」って辺りだったりする。親しい者が顔を見ればダダ分かりなのに、どうしてだか本人にだけ自覚がない。自己過信とか、無駄に意地っ張りのせいかもしれない。
「若島津ー。もうお前、保健室行っちまえ」
「ヤだよ。この状況でサボりたいのバレバレじゃん…」
 さっきからひそひそと絡んでくる日向がうっとおしくてたまらない。喋るのもダリぃ。もーほっといてくれよ単に俺は眠いんだからさと思ってる若島津は、ここに至っても自分の顔色の悪さを分かってない。
 チッ、と日向が小さく舌を打った。
「…ったく、ヘタなとこでしぶといんだからよー」
「サボリ、いくない」
「サボリならなっ? マジ調子悪いだろって、てめぇは」
「……だーかーらー、眠いだけなの! 第一、誰のせいだと思ってんだよ…」
「ああ、俺ですよ俺のせいですよ。すいませんでした! ……ずっと謝ってんだろ」
 謝ってるからって大上段に構えられてもなんか納得出来ない。こいつナニサマ、と思ってから「あ、日向サマか」と変な結論で若島津は鼻息を漏らした。その後ろを咳払いしながら学年主任が通り過ぎる。慌てて二人して姿勢を正しながら声をさらに潜める。
「……とにかく行かねーから。日向、サボリたいんなら一人でサボってください」
「俺がサボりたいんじゃねーんだっつの」
 ふうん。また鼻を鳴らして若島津は視線をスクリーンに向け直した。エグい。ぶっちゃけ、かなり内容は深刻にエグい。しかしエグくないとこういうのは啓蒙にならんのだろうなと、そこは承知でドキュメンタリータッチの粗筋をぼんやり追う。
 ふっと、たまに意識が飛びかける。今、ここに布団があってダイブ出来たらどんなに極楽だろうなんて考える。ふかふかのやつ。寮のでもいいけど、ここはひとつ豪華に実家にある客用のでお願いしたい。敷き布団の厚みは10センチ以上もありそうなので。枕はいいや、なくてもいい。音を立てて顔を敷布に埋めて、両手両足を目一杯に伸ばしまくって、…──
 ガク、といきなり腰から滑って、その衝撃に若島津は両目を見開く。心臓の鼓動が妙に大きい。自分がコケかけただけだと気付くのにしばらくかかった。
「……おいっ」
 見ると、日向が横から腕を掴んでいる。このおかげで本格的に椅子から滑らないで済んだらしい。
「あ、…ゴメ……」
 呆れたような、情けないような、複雑な顔で日向が見ている。さすがに恥ずかしくなって若島津は謝罪を繰り返した。
「ゴメン、起きてる」
「お前なあ……」
 前の席の奴が「ナニ?」という視線を肩ごしに投げてくる。そっちにも「なんでもない」的な表情と視線で謝り、若島津はパイプ椅子に腰をズリ上げた。
 そうしてまだ腕を掴んだままの日向の指を、逆の手を添えて離させようとした。そこでまた気付く。やけに日向の指が熱い。
「……あれ?」
「あ?」
「日向……手、熱すぎない? 熱でもあんの?」
「バッ、……」
 叫びかけ、急いで日向は音量を飲み込んだ。
「──バカ、お前が冷たすぎんだよ」
 あ、そーか。なるほど。逆か。
 しかし何でだ、眠いと普通は体温が上がるもんなんじゃないのか。閉め切ってるとは言え体育館はそこそこ寒い。そのせいかなとも思ったが、だとしても自分だけ冷えてるわけじゃあるましいし。
 眉をしかめて考え込んでしまった若島津の手を、今度は日向の方からそっと離させて膝に戻した。
「……もーいい。寄っかかってろ」
「はあ…?」
「俺に寄っかかってろ…! ラクだろ、その方が」
 ラクはラクだろうが、そうしたら俺は本格的に寝ちゃうんじゃないか。そう若島津は反論したかったのに、なんだかもう爆発的に色んなことが面倒に思えてしまった。
 もしかしてやっぱり自分が少し体調が悪いかもしれないことも、今さら「分かった保健室行く」なんて言い出すことも、今ここで日向と言い争いまでして自分の主張を押し通すことも。
 なので、音を立てないようにパイプ椅子を数センチずらして近付いて来た日向の肩に、自分の肩をぶつけるようにして体重を預けた。(頭を預けるまではしなかった。それはちょっと。場所的に、うん)
 膝に投げ出すように置いた手を、日向の指が伸びてきて強く握り込む。強いけど優しい。優しくて温かい。思わず衝動的に握り返してしまったくらいには。

 誰かに見られたらどーすんのこれ。最後尾とはいえ、周囲が薄暗がりとはいえ、男同士で手なんか繋いじゃってんの、バッカみてえ。おまけに急にホッとしちゃったりしてる自分もバッカみてぇ。
 せめて首の角度だけは正面に保とうと努力しながら、それでもチラリと日向の横顔を伺ってしまう。その気配はバレたらしい。キュ、と握り直された掌の力に、若島津は慌てて視線を逆に逸らせた。
















いつもの人達。お題をリクで頂きまして『こっそり手をつないで』。
何やら最初に思ってた方向性と違う流れになってしまったような…。あ、あれ?

ちなみに「高校で道徳はあるのか」という疑問の声も頂きましたが、あるとこはある、…みたいです。てか、「やってる学校がある」のをニュースで見て思い付いたのがそもそも最初でした(笑)(訊かれるまで私も忘れてた)
そして視聴覚室でビデオ鑑賞でも別によかったんですが、なんかこう…体育館のほうが人が大勢で逆に隠微かつ淫靡(!)な感じがすんなーと、そこは私の趣味で。

 

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