仕立てのスーツに絹地のネクタイ、お堅い革靴といったお決まりの格好が、今日ほど煩わしく感じられた事はなかった。彼が自分のこの姿を暗に気に入っているらしいと知ってはいても。いや逆か。彼が気に入っているから自分はこれが気に入らないのか。
 日向は腹立ち紛れ、前髪に指を差し入れてわざと額に崩した。そうするとほんの少し胸を通る息が楽になる。以前の自分に戻る気がする。
 そんな日向の口許へ、不意に若島津は何気ない仕草で指先を伸ばした。触れる直前で日向は避ける。何のつもりだと目だけで問う。
「相変わらずセクシーだなと思って」
「……からかうな」
「そう? 本気なんだけどな」
 冗談には聞こえない。だが額面通りに本気だとも思えない。日向は返事と自分の表情をくらませるため、上着のポケットから出した煙草を口にくわえた。カチン、と音がしてライターの火が差し出される。それに気付かない素振りで愛用のライターで火を付ける。
 
    ・・・・
 
「愛されてるかとか愛されてないかだとかは俺にとってはどうでもいいんだよ。俺が日向を愛してるから」
 お前それじゃストーカーの発想だろと日向は呆れ混じりに笑った。
「ストーカー? それは俺じゃないよね。俺は日向の身体には固執してない。その意味で言えば俺よりむしろ、」
 今度は彼が笑う番だった。ただし日向の笑みよりももっと歪な、嘲りとも憧憬ともつかないものを含んだ複雑な笑みだった。
「……むしろ、日向の方に言える事じゃない?」
 その端正な顔立ちには似つかわしくないような、あるいはどの笑みよりも彼に相応しいと言えるような、ある種の毒さえ含んで見える。
「俺が? お前の?」
「日向は俺に固執してる。俺に触る事にこだわってる。違うかな?」
 違わない、と日向は思った。俺はお前に触れる事に固執している。もっと有り体に言えばセックスそのものに固執している。服を脱いで、裸の肌と肌とを触れ合わせ、彼の漏らす細い哀訴や嬌声に固執している。混じりあいたいという自分の欲望に振り回されている。
 時折、それが自分でも鬱陶しくなる。無防備に巻き込まれる相手はそれ以上だろう。
「イヤか」
「さあ」
 返事の曖昧さに苛立ったのは顔に出たらしい。若島津はまた口許を微かに歪めた。
「正直に言ってどちらでもない。日向がしたいならすればいいと思う。本当に俺にとってはどうでもいい事だから」
 じゃあ手前ぇはどうでもいい相手に勃つのかよと、赤裸々な侮蔑の言葉を投げ付けたい、もしくはその整った横顔を殴りつけたいような衝動に駆られたが、結局どちらも日向はしなかった。無意味さや馬鹿ばかしさをより感じたからだ。
「そうだな。ただ、日向は───」
「…俺は?」
 そこで彼は一度言い淀み、言い回しを注意深く変えた。
「ただ、日向にそれを愛情だとか言ってほしくはないよ。勘違いもいいとこだから」
「俺が勘違いしてるって何でお前に分かる」
「分かるよ、それは。伊達に付き合い長くない。……だから、少し日向が可哀想かな」
 可哀想、という意味深な言葉をしばらく日向は舌の先で転がす。分からない、ひょっとしたら単に勝手に『意味深』に聞こえただけなのかもしれない。
 
 彼を好きだ、と思う。愛しているとさえ思う。それは証明出来るようなものでもないし、掌に乗せて差し出せるようなものでもない。若島津がさも自信あり気に日向を愛していると言うなら、その言葉こそ何の証明も持ってはいない。
 そして欲望や情動に振り回されない事が若島津の言う愛なのだとしたら、一生、日向には証立ては出来そうにない。
 なので日向は若島津の薄く形のいい口許を眺めながら思う。愛情は要らない。情動が欲しい。毒の杯だと分かってそれを飲み干す自分に、ただ酔い痴れるだけの愚かさしか残らないとしても。
 ───掠れた息で自分を呼ぶ彼の声、肩に立てられる爪の痕が今は恋しい。
 










10.02.  改稿10.04
拍手10連打目のお礼に置いてた超!SSの、ちょっと改稿書き足し。(※今はありません)

書き切れそうにないので一部分だけ捻り出してみましたシリーズ。
設定→なんかヤクザっぽい二人…というか、殺し屋っぽい(笑)のと経済ヤクザの二人で妄想してたようなそうでもないような。若島津は中華系マフィアかも。馳星周な世界。いっそ戦中上海で生島治郎ワールド繰り広げてもイイかもしんない!?
学生時代から昔(幼)馴染みでね、そん時には日向は言い出せずじまいでね、再会したらなんか今は殺し合う立場になっちゃいましたね、──みたいな!!

『あらしの夜に』でネタひねくり回してたの時のイメージ派生っちゃ派生です。て事はこの二人も最終的には駆け落ち…なのかっ?? しかしこれじゃむしろ若島津が肉食系、日向がメイ(笑)

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