歴史の定量分析的研究を拓く
                              河村 隆夫


        一、用語の定義
歴史の定量分析に必要な用語を、次のように定義する。

(ア)歴史線
 歴史上の人物、あるいは集団を、一つの点(歴史点)として表す。その点に、可能な限り正確な三つの因子、緯度(X)・経度(Y)・時間(T)を与える。  座標 XY平面(地図)に対して直交する時間軸をとり、x・y・t…におけるそれぞれの歴史点をXYT空間に印す。理想的には、それらの歴史点は歴史的時空連続体を貫く曲線として表現される。現実には、曲線ではなく、断続的な歴史点を結ぶ折れ線となる。その理想的曲線あるいは折れ線を歴史線と云う。

(イ)歴史面
XY平面上の特定の時点に於ける領域を歴史面と云う。

(ウ)歴史量体
歴史面を時間軸について三次元的に空間化したものを歴史量体と云う。

(エ)量体境界面
二つの歴史量体の接触境界面を量体境界面と云う。たとえば、上杉と武田の量体境界面における戦闘回数と、武田と今川の量体境界面における戦闘回数を比較するとき、
(戦闘回数÷量体境界面積)を小数化した値は、二者間の関係を比較考察するうえで、友好的か敵対的かを判断する指標となりうる。

(オ)歴史量
歴史量体を時間について三次元的に積分したものを歴史量と云う。この体積比較によって、たとえば、信長の支配地域に於ける歴史量と、信玄の歴史量とを比較したとき、二人の武将の定量的比較が可能となる。それぞれの歴史量の多寡は、日本史に及ぼした影響力の多寡を示す一つの指標となりうる。

(カ)歴史錘
歴史点を中心にして、その時代における移動可能距離円(主に人馬による)を、時間軸とともに拡大させるところに現れる錘体を歴史錘と云う。特定の人物の存在可能空間を、時間の推移とともに三次元的に表す。二人の人物の歴史錘の重なりは、ある期間における、接触可能な時空間を示している

(キ)活動度
ある人物のその時代における拠点を決定し、XY座標を定めて、それを三次元内の軸としたとき、歴史点とその軸との距離を、時間について積分したものを、活動度と云う。
(キ)歴史方体
歴史点の近傍に存在する他の歴史点を検索するとき、二つの経度、二つの緯度、二つの時間を入力することによって、歴史的時空連続体の一部分である直方体が得られる。これを歴史方体という。この空間内に点在する歴史点に関するデータは一覧表として得られ、検索できる。
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 各研究者からインターネット等によって、メインコンピューターに集積されるデータは、歴史点の場合は、(人物名あるいは集団名)・(緯度X、経度Y、時間T)・(メモとして出典、人物あるいは集団に関するデータ、研究者の氏名、所属等)が考えられ、歴史面の場合は、歴史点における緯度X経度Yのかわりに、時間Tにおける歴史面の境界をマウスあるいはペンによって入力する。集積されたデータは、メインコンピューターからそれを必要とする各研究者のコンピューターに電送され、データを解析処理した後、その結果は主にコンピューターグラフィックスによって、三次元的に表現される。

        二、歴史線の意義

 歴史研究は、「温故知新」によって深い知慮をもとに世界の将来を予測し、人類の行方を過たぬように指し示すところに本義があるのならば、歴史研究を専門研究者の独占とすることなく、多くの市民に参加への道を開き、より多くのデータや研究成果を集積する必要がある。インターネットによって、それが可能となった今日、私の提唱する「歴史の定量的分析手法」は、すべての市民の歴史研究参加への可能性を拓くものである。
 一人の歴史上の人物に関する知見は、研究室にあがってくる歴史史料以外に、その人物が活躍した地域に暮らす人々に語り継がれている伝承、日記、信仰、あるいは遺物などから得られることも多い。それらを総合することが可能であるなら、従来の歴史研究は、さらにその密度を加えることができる。これは、日本歴史のみならず世界歴史においても同様である。国単位で構築された歴史線空間が、インターネットによって接続されれば、世界歴史は、地球上のどの個人にもひらかれ、また参加可能となる。

    平成十一年五月五日(「歴史データ処理装置」特許出願の時に記す)