駄菓子屋ゲーセンというのをご存じだろうか?簡単に言ってしまえば駄菓子屋に
TVゲームが設置されているレトロだかサイバーなんだかよくわからん場所だ。店主は
もちろんすがすがしいまでにひからびたおばあちゃんかおじいちゃんだ。でもゲームの
管理は別の業者さんがやっている。オレはガキの頃から、そんな奇妙なスポットで、
結構な時間を過ごさせていただいた。思い出は山ほどあるが、今回はその中の一つのお話。
世間じゃスーパーファミコンが独走状態だった時、オレは高校に進学して、バスケ部
にも入って、人生の新しいステップを元気よく駆け出すはず・・・だったが、高校の場所
がまずかった。交通手段は1時間に1回やってくる電車。1つ乗り逃がすとまた1時間
待ちぼうけという、枯れたサラリーマンの通勤より極まった通学事情だった。でもって
運動部の部活動ってのは、熱血しすぎて、たいてい日が落ちてからの終了になる。
遠くで汽笛が聞こえる。ああ、また1時間後の電車だ。
そんな時、頼りになるのが駅の近くの駄菓子屋ゲーセンだった。(コンビニなんてブルジョアな
店など皆無)ティーンエイジャーの最たる燃料であるジャンクフードの山!でもってゲームで
暇つぶし!椅子もある!!言うこと無しだ。金さえあれば一生暮らせる。店に入ると、オレ達
「乗り遅れ組」はゾンビのように菓子に群がる。とにかく腹が減っている。しかし金は無い。
そういう意味でも、単価の安い駄菓子は大助かりなのだ。10円スナックをわしづかみにして、
チューブに入った三原色全開のジュース(香料入り砂糖水?)を冷蔵庫から引っぱり出す。
ムカつくことに、金のある奴は、カップラーメンとか、ビンのジュースだとかを優雅に取り、
オレ達に見せびらかす。くそお。
でもって、ここの駄菓子屋は、ゲームがある以外にも、もう一つの名物があった。
経営者のバアちゃんだ。バアちゃんはお年寄りのくせに終電が出るまで、この店を
開けておいてくれる。オレ達はいいお客さんだったのだ。バアちゃんは何気ない心
遣いをしてくれる。暑い日はクーラー(駄菓子屋にあるまじきハイテクと言うな)、
寒い日はストーブと、万全の体制だ。ゲームに関するアフターサービスもイケてた。
ある夏の午後の事だ。雷が鳴っているのに、調子に乗ってオレを含めた数人は
ゲームを楽しんでいた。すると突然の停電!!ややパニックになっていたオレ達に、
バアちゃんは「遊んでいたのにかわいそうに」と言って、一人一人に1回分の
ゲーム代金を与えてくれた。本当だったら機械を壊してしまったかもしれないのに、
オレ達はありがたいような、申し訳ないような気分でいっぱいだった。
そして、このバアちゃん、カップラーメンを買うと、自らお湯を入れてくれる。
(ふつうの駄菓子屋はこの辺はセルフサービスだ)さらにカップ焼きそばを買うと、
サービスは拡大する。バアちゃんはわざわざ焼きそばを作ってくれるのだ!お湯を
入れて時間を計って、お湯を捨ててソースを入れてかき混ぜる。さすがに最初バア
ちゃんのこの行動を見た時はビビッた。オレ達は何度も「自分でやるから!!」と
言ったのに、バアちゃんは「好きでやってるんだから」と笑顔で答えるばかり。
そんなバアちゃんの優しさが身にしみるのか、出来上がった
焼きそばがやけに美味かった。
そんなこんなで3年間。ただ退屈だった卒業式。門を出た時が本当の自由だったその日も、
オレはバアちゃんの店に行った「バアちゃん、オレ、卒業したぜ!」「あら、もうそんなになる
んだね、おめでとう」そして、いつもの通りに、菓子食ってゲームをプレイして、いつものように
バアちゃんの店を出た。そう、いつものように。
−2年後−
専門学校でグダグダしていたが、ギリギリの努力で就職が決定したオレは、高校でお世話に
なった恩師の元へ報告に向かった。久しぶりの訪問で、妙なワクワク感を覚えていた。もちろん、
バアちゃんの店にも寄るつもりだった。ところが、そんなオレを打ちのめした最悪の出来事。
バアちゃんは亡くなっていた。
前の年に、風邪をこじらせて、あっという間だったと、隣のタバコ屋のおっちゃんに教えられた。
2年前に足繁く通っていた愛すべきボロ家は叩き壊され、更地と化していた。すさまじい喪失感
を覚えながらも、先生に報告を済ませ、駅に1人佇む。待ち時間はあと1時間。もちろん、ヒマを
潰せる場所はもう無い。輝いていた高校時代。夢、希望、友情、恋、挫折・・・すべてが存在し、
様々な色の青春のページを生み出してくれた。そして、オレの中では、バアちゃんのあの店で
過ごした事が、黄金色に輝くページの1つだったのに、バアちゃんは冥土の土産にその部分だけ
持っていっちまったのだ。二度と取り戻せない場所に。
家に帰る途中、ふと思い立って、コンビニに立ち寄る。バアちゃんの店でも売っていた
焼きそばを買って、自分で作って口いっぱいに頬ばってみた。やっぱりあの時の味じゃない。
おまけに、ソースがやけに塩辛かったのは、涙のせいじゃないだろう、きっと。