ギャルゲー嫌い


 恐らく「迷える電人」最強の敵であろうギャルゲー。今回はソレについて語ってみようかと思います。現在進行形で萌えてる人は見んな。

 さて、腐ってもゲーマーであるオレは風評に流されることなく、常に自分自身のプレイで善し悪しを判断しておりますが、ギャルゲーをこれだけ毛嫌いするのは、ちゃんとプレイしているからです。

 例えば、

 ときめきメモリアル

 サクラ大戦

 Kanon

 To Heart

 EVE

 野々村病院の人々

 まじかるアンティーク

 全部ダチからの借り物です、きっちり最後まで行かせてもらいました。が、ツッコミ所が天文学的数字に登るのでここには書き切れません。

 何というか、簡単にまとめちまえば、「現実の埋め合わせをするにしては、あまりにも安易な妄想で溢れていて、あまりにも予定調和過ぎていて、秋葉原の大多数の住人のように「はにゃ〜ん」という感じにはなれない」のです。

 ゲーム中で多々現れる「萌えシーン」ですが、確かに現実の恋愛でも萌えシーンは存在します。もちろんオレもそれに萌えます。しかし、ゲームのそれはその萌え濃度が尋常ではない。濃縮カルピスです。アダルトビデオばかりで処理してる人が、実際の行為に及ぶ時に色々と障害が出るのと同じように、濃い萌えばかり体験していると、実際の恋愛の萌えとのギャップに戸惑い、ヘタをすると相手の女性に自分勝手な恋愛幻想を押しつけてしまうという状況が発生するような気がするんですけど。

 それに、最近のギャルゲーの大半は文章ばかり垂れ流しなのもいただけないです。「ときめきメモリアル」なんかは主人公のステータスを自分自身で調整できたし、「サクラ大戦」なんかもシミュレーションはわりと遊べるからまだいいけど。プレイヤーのゲーム的なスキルアップに何ら寄与出来ないモノはゲームではないと思います。つぎ込んだ金と時間に比例して、自らの技術も磨かれていくことに快楽と達成感を感じることが出来るモノこそが「ゲーム」であるべきなのではないでしょうか。だから最近の萌えギャルゲーは「パソコン小説」と名乗る方が良いのでは。

 たとえ精神的・経済的、時には肉体的消耗が激しかろうと、オレは現実の恋愛に生きたいです。痛さも快楽も享受して、それを自分の肥やしに出来るのがいいんじゃないですか。やっぱまだまだ成長したいですし。いくらいいストーリーでも、それで貴方の考え方や価値観が変わったくらい影響したとしても、断言します。ギャルゲーやってるだけじゃ女にモテんよ。風呂入って清潔な服着て盛り場のオネエチャンでも口説いてこい。

苦労せよ、若人よ!!


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